2013年4月30日火曜日

「復興」と「復旧」、その意味合い。

あるコラムに「復興とはなにか」ということを書いた。この場でも時折書いた。

「復興」と言う言葉、猫も杓子も復興、復興。それを言えば事足れりとする何にも考えていない人達の群れ・・・。その言葉の定義も内容もイメージも確たるものを持ち合わせていない人達が叫ぶ「復興」。それらを踏まえての疑義。

よく考えてくださいよ。考え抜いてくださいよ。何をもって復興というのか。
復興と言うことが何故必要なのかを。

多分こういう答えが返ってくる。「元に戻す」ってことだ。との答えが。
それは「復旧」だ。

神戸との比較、街は一見“復興”し、栄えている。復興住宅と言う名の高層「マンション」も出来た。しかし、住民はすべてが一人暮らしになった年寄りだけ。
そこで孤独死が・・・。日常の出来事のように。それが復興なのだろうか。

コンクリートで固めた防潮堤を作り、名ばかりの復興住宅。賑わいの無い場所に作られた住宅。入居者は少ないと言う。南三陸の話し。

津波で流された町。“復興”をめぐって様々な議論が、話し合いが交わされている。時には町を二分するかのような様相も。

神戸の例をあげるまでも無く、人は“復興”というと、いわゆるインフラ、建造物をまず思い浮かべているのではないか。

仮の多額の予算を投じて、元の町を復元できたとして、その町が高いコンクリートの防潮堤に囲まれていて・・・。それは中央政府の官庁の机上の復興プランだ。

町の賑わいを取り戻す。津波に襲われた地域。すでにあの大震災の前から、過疎化や高齢化は進んでいた。自治体はその対策に追われていたはずだ。
その「過疎の町」を復元してどうなるというのか。

家を流され、家族を失った人たちの、そこへの「想い」と“復興”との間に違和感があるように思える。

高台への集団移転を決めた地域もある。

そもそも「復興」とは何か。建物や道路の再建か、もっと高い防潮堤を作ることか。違う。

福島に話を移そう。今も立ち入りが制限、禁止されている区域。そこの復興とは何か。原発があって栄えていた町。原発が“正常”だった時の町には、戻れるはずもない。戻ろうとはしないだろう。

郡山の復興とは何か。古いビルを解体することか。寂れていた中心市街地に人を呼び戻すことか。それは都市計画の分野だ。

復興とは、日常生活を取り戻すということかもしれない。その日常生活とは。
「お互いさま」と「持ちつ持たれつ」の“伝統”を持った地域社会の在り方。

こじんまりとしていてもいい。もう戻ってこない人達も多いのだから。お互いが助け合える町。それがあちこちに出来あがる。それも“復興”の要なのではないかと。

大和の国。その大本の「和」は「輪」である。和の精神はここ東北の地の根幹を為していた思想。それを取り戻すことも復興だ。
東北学というか東北論というか。

「復興」を巡る話し・・・また、さらに記し続けなければならない。

震災後、目に触れた女川中学の1年生の言葉が忘れられない。

「女川は流されたのではない。新しい女川に生まれ変わるのだ。人々は負けずに待ち続ける。新しい女川に住む喜びを感じるために」。

復興とも再生とも元にともこの子は言っていない。新しいと言っている。
東北論の重要なヒントであり、“復興”の、大人が、その誰れしもが示し得ない、その「定義」を教えてくれているような気がする・・

2013年4月29日月曜日

「通り一遍の言葉は意味をなさない」

昨日行われた政府主催の「主権回復の日」式典。安倍首相は式辞を述べた。
やおらポケットから紙を取り出し読みあげた。
「沖縄の人々の戦中、戦後の苦労に通り一遍の言葉は意味をなさない」。

まさに至言である。“がってん”がいった。通り一遍の言葉は意味をなさないのだ。あらゆる事に於いて。

そのあとに続けて読み上げる。
「沖縄が経て来た辛苦に深く思いを寄せる努力をすべきだ」と。これって通り一遍の言葉のように聞こえてしまうのだが・・・。

福島の地に居る時、福島を語る「通り一遍の言葉」のなんと多い事か。それは国から発せられる言葉だけではない。県外からだけでもない。県内からも。
多くの通り一遍の言葉。

通り一遍の言葉に我々は翻弄され、挫折を味わい、なお、それに僅かな期待をもつという・・・。

例えば「復興」。これについてはまたあらためて書く。これまでも各所で書いたが。“被災地を取り巻く通り一遍の言葉の典型”のようだ。

好むと好まざるとにかかわらず、我々は安部晋三なる男に身を託し、“支配”されている。誰が書いたかわからない原稿を読み上げる彼の言葉。紙を読んだにしても、口から出された言葉は彼の「言葉」なのだ。

これからあらゆる面で、彼が「意味のある言葉」を発し続けて行けるのだろうか・・・。時には“感情的”になって発せられる彼の本音とも思われる言葉にいかなる意味を見つけていけばいいのか。

式典に臨席された天皇陛下のお言葉はなかった。黙して語らずであった。主催者の、政府の要請が無ければ陛下は言葉を発する機会を持たない。その事情は百も承知だ。

主権回復について、沖縄について、もしかしたら、いや、当然、陛下には語りたい想いがあったのではないかと思量する。陛下に政治的発言は許されていないが、“政治的”では無いにしても、もしかしたら、陛下の言葉に政権は怖れを抱いていたのかもしれない。

陛下の政治的利用だ。そんな通り一遍の言葉では語りたくはないが。

陛下の想いを推測することは不可能だ。しかし、それが要請がなかったという事だけが主因では無く、「沈黙」を貫いていたということに陛下の無言の意思を感じる。

きょうは昭和の日とされている。昭和天皇の誕生日だ。かつて天長節と言われた。
昭和天皇は一度として靖国神社には参拝されなかった。参拝要請はあったはずだ。昭和天皇はそれを是としなかった。その一事をもってしても、そこに、戦時中からあった昭和天皇の確固たる“意志”を感じる。

辛酸を舐めた。その一語に限っても、沖縄の辛酸は筆舌に尽くしがたい。60年後の今も沖縄では多くの人が屈辱の日という。

福島の辛酸、国家によって強いられた屈辱。まだ、始まったばかりかもしれない。少なくとも“廃炉”の期限とされた40年後までは続く・・・。
通り一遍の言葉の渦の中で。

穏やかな春の日。郡山では市民マラソン大会が開催され、子供も交じって2キロから10キロを走った。福島市では10キロの歩け歩け運動が開かれている。

誰しも“放射線量”を気にしていないわけではない。いわれなき“過敏”や“中傷”を歯牙にもかけていないだけだ。
普通にイベントに参加し、春を謳歌している。
東日本駅伝の時に盛んに言われた“放射線量の高い中を走らせるなんて・・・”
という言説。

無知をもって語られる屈辱を無視するように、汗を流す県民の多く。

春の陽光は誰にでも平等なのだ・・・。

2013年4月28日日曜日

「屈辱の日」、沖縄そして福島

きょう4月28日は不可思議な日となった。

政府はこの日を「主権回復の日」として、お祝いの記念式典が開かれている。1952年、昭和27年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効し、日本が占領国から独立国になった日、主権を回復した日だから。

その頃すでに、4年前か、憲法は発布されていたのだが。主権在民をうたい、独立国としての最高法規が。

サンフランシスコ講和条約締結と同時に、日本は沖縄を“放棄”した。沖縄はアメリカの施政権下に置かれた。沖縄の本土復帰が成ったのは、施政権を取り戻したのはそれから20年後、1972年のことである。「核抜き、本土並み」と言いながら、米軍基地はそのままの本土復帰・・・。

よって、沖縄の人は、その多くは、この日、4月28日を「屈辱の日」と呼ぶ。

アメリカの施政権下にある沖縄に行くには“パスポート”が必要だった。空港には“デユーティーフリーショップ・免税品店”もあった。そこはまさに“アメリカ”だったのだ。

沖縄の米軍基地、県外移転と騒いだ政治家がいた。沖縄の人達は、それにかすかな望みを抱いた。
所詮、叶わぬ話しだった。その責任はアメリカ側にだけあるのではない。つとめて、日本政府に帰すべきところ大である。

誰にでも「屈辱の日」がある。ボクにもそれはあった。何年も経ってもそれは拭えない。その日は何年も前の4月28日だった。

4月のある日、ある人がテレビを見ながら言った。
「東北の人ってどこか顔立ちが沖縄の人に似ている」と。

沖縄にとっての屈辱の日。それは本土からの“差別”に他ならない。そして“裏切られた”という思い。

数行で語るべきことではないが、東北人はまさに蝦夷である。大和朝廷から敵視され、差別された。そして歴史を消された・・・。

沖縄も琉球人である。やはり、歴史として“差別”の対象であった。そして、それらを、国は今や「無きもの」としているようにも見える。

米軍基地について、時折なんらかの動きを見せる。関心を寄せているようなふりをする。しかし、そこの現実から逃避しようとしているようにしか見えない。

基地は沖縄の中に押し込めておく。

福島県にとっても「屈辱の日」がある。それは古くは戊辰戦争であり、近くは「3.11」だ。福島県民にとって3月11日と言う日は屈辱の日でしかあり得ない。

沖縄と同じような光景がある。汚染物質の中間貯蔵。30年後には県外に本格的貯蔵施設を作ると言った。受け入れる県外なんてありえない。それを承知で、その場しのぎで言った公約。
汚染物質は県内に固定化される。それは米軍基地が沖縄に固定化されているように。

そしてさまざまな意味で「福島」を阻害する。歴史は繰り返されているのかもしれない。

今、TBSが必死で「特ダネ」をやっている。最終処分場の移転先を巡って暗躍した「X」という男と南大隅町長、民主党幹部、東電幹部の仔細な動き。
これを以って、極秘の内部文書、委任状があったからと言って、果たして政府は最終処分場を県外に持っていこいうとしていたのだろうか。

なぜ、これが“リーク”されたのか。極秘に、しかも謎の人物を介在させると言ったミステリー小説のような動き。それがあったということ、それに向けて政府は動いていたということをポーズとして見せたかったのではないかとも。

それをリークという形でマスコミに報道させる。それは、「どこも受け入れ先が無い」という一つの事実としようとしたのではないかとも。

まだ定かな場所も明らかにされていないが、中間貯蔵はすなわち最終処分場なのだ。

福島県は、3月11日を「屈辱の日」とすればいい。毎年、その式典に総理大臣や東電の社長を招こうではないか。

福島県に沖縄県と同じような「気骨」があって然るべきともとすら思えるのだが。

2013年4月27日土曜日

「詠む」ことでの証し

家の脇の田んぼに水が入った。はられた。他の田んぼも綺麗に畝らされている。
どこからともなく鴨がやって来た。綺麗な小鳥も水の中の餌を啄ばんでいる。

そんな風景を心地よいものとしながら・・・・。

新聞記事から摘む。俳句と短歌を。

炎天の 海流となる 屋根瓦

須賀川市に住む人が、「3・11」前に詠んだ句である。
その句は「3・11」後、こうなった。同じ屋根瓦を見ながら・・・。

激震や 水仙に飛ぶ 屋根瓦

俳句の常道を無視するかのように季語をもたない句。前者は季節感あふれる美しい風景を詠んでいる。
後者は震災を、ありのままに表現している。

「3・11」は、一人の俳人の作風をこんなにも変えた。

同じ屋根瓦という言葉を用いながらも、それの後と先では、句の世界が違う。
それをすることが、句として残すことの、この時代に生きていることの「証し」だったのだろうか。

原発事故後、“配給”の列に並び、賞味期限の切れたおにぎりをわたされ、こどもの分は数を減らされた。「情けなかった。人間扱いされていない。私たちは見捨てられたんだ」。そう感じたいわき市在住の女性歌人は短歌に思いを託す。

あをいろの雨はしずかに浸(し)みゆきて 地は深々と侵されてゐる

生きた証としての想いで歌を詠む。

ふきのたう、つくし、はこべら春の菜の 人触れざれば いよよさみどり

南相馬の一部で山菜の出荷停止が命令された。そのニュースをこの人はどんな思いで見たのだろうか・・・。


彼女は、自分の“使命感”として詠む。

深くふかく 目を瞑るなり本当に 吾らが見るべきものを見るため

自主避難した人も詠む。

晩春の自主避難、疎開、移動、移住、言ひ換へながら真旅になりぬ

自主避難が“逃げた”とされ、後ろめたさを感じていた時の歌。

「原発事故は東電や政治家を批判してすむ問題ではない。自分たちの社会システムの根幹にかかわっている。それを短歌を通じて考え続ける」と言う。
見るべきものを見るためと詠んだ人は。

俳句にしても短歌にしても、そこに言葉を凝縮させた、それこそ「言葉を編む」作業なのだ。一切の無駄な言葉を排しての・・・。

時折、こうした歌や句を繰り返し読み返す。卑怯なようだが、人の言葉を借りて、自分の感性を“安全地帯”に持って行かないためにも。

政治家という人達、テレビのキャスター・・・、それらの人達のなんと“饒舌”なことだろう。それらの言葉は、多くが無意味であり無味であり、乾燥しきっている。

見るべきものを見るためにしばし目を瞑っている。そこにある“覚悟”。今を生きている証し。

見るべきものを見ない。見なくていいものだけを、心地よいものだけを見ている人達のなんと多いことか・・・。あらためて思う。

やがて田んぼは緑を纏うはず。

2013年4月26日金曜日

電力会社と株主

東北電力が東京電力に「損害賠償」を求めることにしたという。ある意味“痛快”なニュースである。

原発事故によって、双葉郡8町村への電力供給が無くなった。小高・浪江原発の建設が不可能になった。それにこれまでかかった“資金”の補償だとか。

東北電力の決算は大赤字である。株主総会で追及される。株主への言いわけにその補償を言うということらしい。

これを巡って東電は相変わらずのらりくらり、内容は承知していませんとの広報発表・・・。

マスコミのコメントが笑えるし、この人達は何を学んだのかとさえ思う。
「東電への賠償請求は驚きました。あれだけ一致結束していた電力業界が。東北電力の言い分もわかります。しかし、賠償すれば、その分、また電気代の値上げになったり、政府が支援機構にカネを増やすということになれば、それは我々の税金ですよ」というような。

言ってみればもはやあの事故は他人事。「東京人の感覚」でしか物が見られない。

全国で全国民で痛みを分かち合おう。もうそんな“発想”は無くなってしまったようだ。

「電力業界結束ひび割れ」。新聞の見出しだ。電事連と言う組織を作り、各電力会社は結束していた。そんな「先入観」が書かせているのだろう。

一昨年、電力の融通も埒があかなかった。どこの電力会社も自社の採算を考えていた。結束なんて実態は無かったのに等しい。マスコミの思いこみだ。

「東電」は各電力会社のスケープゴードなのだ。

結束ではない。お互いがお互いに気を使い合っていただけ。東電は東北電力に異常とも思えるほど気を使っていた。

例えば、あの事故の前まで、福島県内に民放には短い時間の天気予報番組があった。
「提供は東京電力と東北電力」とクレジットのついた。
広告料は東電が出している。しかし、東北電力の名前を入れるように指示される。そりゃそうだ。原発で使っている大量の電力は東北電力の電気なのだから。

負い目があったのかも。

今更ながらの話しだが、東北電力の電気を使って“生産”された電気は東京に送られている。滑稽として言えない。

双葉郡8町村は、あの土地ではほとんど電気を使っていない。今は。人がいないのだから当たり前。それで「減収」・・・。県内に避難した人たちは、その場所で電気を使っている。大量需要者の企業が無くなったことが大きい、コンビニなども。もろもろなんだろうが、なんとなく、理屈が合うような合わないような。

「結束」云々がニュースの主題なのか。現実に即した記事があって然るべきなのに。

型にはまった観点からしか報道出来ないということ。

最近聞いた話。東電の株価が上がっているという。アベノミクスなるものの“効果”だという。

一昨年、東電の株価がどうにもならないくらい下がった時、東電の端株を買った人達がいる。一株250円くらいで。

その中には、東電の株主総会に行って一言物申そうと買った人達もいる。
どれくらいの株数を買ったのかは知らないが。
カネだけのことで言えば、その人達は「儲かって」いる。
株価が上がったからと言って、それがアベノミクスのおかげだとして、原発再稼働を言う安倍政権にどんな感情を抱いているのか。

こんな話は何処も書かない、どこも伝えない。

最安値の時、東電の株を買い、兜町界隈をうろつき、日がな証券会社の店頭で電光掲示板を見入っている個人投資家と称するあの人達。
赤エンピツを耳にはさんで、場外馬券場や車券場に巣くっている人達の姿と重なって見えてしまうのは“貧乏人”のヒガミか・・・。

“先見性”があり、投機目的で、最安値の東電株を買った人は、とにかく“儲かっている”ということ。

今は凄い雷雨。停電も心配だ。パソコン落としておこうかな。

2013年4月25日木曜日

「監視カメラ」の謎

一昨年、問いかけてみた。原子炉建屋やタービン建屋の備え付けてあるIAEAの監視カメラの行方を。もちろん、誰からも、何処からもそれについての“返答”は無かった。きのうIAEAの事を書いて思い出した屁にもならない話しだが。

あらゆるところに張り巡らされて監視カメラ、防犯カメラ。それは犯人検挙の有力な武器だ。あまねくそれは活用されている。

アメリカのボストンでの爆発事件。犯人にたどり着いたのは監視カメラによるものだ。カメラが犯人を暴き、追いつめ、武装した警察が犯人に銃弾を叩きこむ。一人は死亡、一人は重傷で逮捕。
犯人擁護の意図は全く無いが、あの銃弾を叩きこむ警官隊の姿、そして、犯人逮捕と同時に「正義は勝った」と叫ぶアメリカの指導者。
銃弾が正義なのか。時々、憧れのアメリカが嫌になる瞬間。

1Fには東電の説明に、かつてよく“見学”に行っていた時、「あれがIAEAの監視カメラです。安全性に問題がないかどうか、24時間監視されています」。東電の社員に説明された。そして、そのカメラを確かに見た。カメラは。
それがIAEAのものかどうかの真実はわからない。

それが確かにIAEAの物だったとしたら、あの爆発の瞬間、カメラは何を捉えていたか。それが知りたい。ずっとそう思っている。ビデオだってあるはずだと。

このカメラの事を問い質した人はいない。マスコミももちろん東電も、事故調でも、いや、当事者のIAEAですら。

ネットにしきりに登場する元東電社員、福島に居たと言う人も、連日書かれているものを見ているがそのことには触れていたことがない。

謎の監視カメラ。

安全とされていた原発に安全だと信じて、あの日の前まで、多くのマスコミが建屋の中に入り、その存在を聞いている、見ているはずだ。
マスコミが激しく公開を迫ったのは東電の内部会議の映像。たしかに、それからは、様々な事がわかってはきたのだが。

もし壊れていたのならそうだったとIAEAは言えばいい。もともとこけおどしの役立たずのものだったのなら、そうだったと言えばいい。
その事に誰も、何も触れられていないこと。

まさに国際機関を巻き込んだ“闇”だ。

かりにその映像が何にも役立たない物であったとしても。

とにかく・・・増える一方の冷却水。流れ込んでくる地下水。冗談めかして言うが、まさに水攻めだ。

あと数カ月で満杯になる貯水タンク。汚染水を濾過するための装置はどうなったんだ。フィルターで除去って可能なのか。

IAEAはじめ、国際的な「知見」を集めてもその解決方法は無いようだ。

林立するタンク。その何キロか先では中間貯蔵施設の立地調査。

科学の英知が開発した“核”。それの不始末の後処理も出来ないまま、再稼働論議や核燃料サイクルの議論。

国土の一部を“汚染”の集積場にして、なに憚ることなく、それこそ原子力政策の片手間仕事で“福島”を捉えているのか。

権威ある機関ならば、権威ある解決方法も提示すべきなんだと思うけど。
とにかく原発は「国策」だったのだから。国際的要請だったのだから。

2013年4月24日水曜日

「恒久的」・・・、「仮」の反意語として。

昨日、「仮」という言葉をめぐって書いた。その続きのようだけど・・

IAEA,国際原子力機関の調査団が第一原発を視察して、報告書の概要を政府に提出した。
「原子炉の冷却にかかわる部分などに、仮設の機器を用いていることに関し、恒久的な設備に置き換える」ことなどを助言したとある。

当たり前だ。しかし、このIAEAという“権威”もどうもおぼつかない。
「福島第一は安定化を達成したが、さらに高める余地がある」なんて言っているんだから。
「地下貯水槽にためていた放射能汚染水の漏えい、汚染水の増加は最大の課題、監視強化が必要」とも言っている。

なんだか、何を今更って感じだ。そんなこと普通の人でもわかる。普通の人が言ったのでは政府は言うことを聞かない。なんたって「権威」が好きなこの国の政府、お墨付きが好きなこの国。IAEAのお言葉賜ったらさっさと動くのか。

仮じゃなくて恒久的。恒久ということが、この事故の処理の困難さを物語っている。恒久とは永久ということと同義。
40年で廃炉。それはあり得ないということを暗に伝えているような。

だから・・・仮の町構想なんて止めようよ。恒久的な集団移転先を探そうよ。
“恐怖”を抱えながら、そこに住むという“無いものねだり”みたいなことはやめようよ。
双葉郡一帯が一つの町になって、どこかに新しい町をつくろうよ。

双葉郡一帯は国に買い上げて貰おう。国有地にして、そこを“無人地帯”にして、人が住まない国土にするしかない。尖閣を国有化したのと同じように。

なんとか区域内の除染は不可能だ。当事者は知っているはず。知っていながら、あたかもそれが可能なように見せている。
住民の中にはそれを知っている人も多い。本音と建前。

しかし・・・。恒久的なものってあり得るのか。何を指すのか。恒久平和をうたった憲法だって、それがあたかも仮の憲法のごとく言われている時代に。

避難住民は、多くの「自由」を奪われている。それは基本的人権にかかわるような。改憲なるものの、それをすら奪おうとはまさかしないだろう。

3・11をどう捉えるか。災後をどう生きるか。それをボクは文学に求めた。反発も貰った。文学が解決策を提示出来るわけがないと。

その文学とは大江文学を指すのもでは決して無い。

ボクが求めた文学は震災とか原発という字に網羅された文学ではない。深淵を探るためのよりメタファ的なもの。

村上春樹の新作、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」。それは、多分、1Q84の続編を諦め、なお震災、原発事故のことを書きたい、書かねばならないとする作家のアプローチが書かせた災後の文学だと勝手にとらえている。

その中にこんな言葉が引用されている。
「自由を奪われた人間は、必ず、誰かを憎むようになる」。
イギリスの劇作家アーノルド・ウエスカーの言葉だ。この引用が、災後の文学だと認識させられた一つ。

政府と東電を一生憎み続けるのか・・・。ユダヤ人を譬えて書かれたウエスカーの言葉だが、たしかに、その憎しみの連鎖は消えていない。

日本人同士が憎み合うということ。それは何をもたらすのか・・。

日本人とユダヤ人。イザヤベンダサンの本をもってしても見えてくるような、こないような・・・。

憎しみの言語が飛び交っている。今、この悲しみの国で。せめて憎しみだけは恒久では無いことを。仮であることを・・・。

2013年4月23日火曜日

全ては「仮」ということ

この世は仮の世だという。あの世こそ真の世だという。
だから全てが「仮」ということを是とするわけにはいかない。

仮の世だから、命には限りがあって、あの世では未来永劫の命が保障されているという。

未来永劫の命なんていらないな。とてもじゃないが、そんなに無限大なんて。
限りがあるから一生懸命生きられるんじゃないかな。

だけどね・・・。

仮という言葉の曖昧さや欺瞞性を許すわけにはいかない。仮という言葉が仏さまの思想であっても、それは目に見えない仏さまが言ったことであり、万人に共通することであり、人が作った「仮」とは違う。

人が作った「仮」――
例えば仮設。仮に設けられた住宅。それは2年と決められていたものであって、2年は、許容出来る範囲の仮だ。それが4年に延長された。
もはや仮では無い。本になるのではという危惧。いや現実。

仮置き場。

そして原発事故現場での様々な仮・・・。きのうも冷却水が一時止まった。
原因はまたもネズミだという。
仮工事の配電盤でのショート。
ネズミ一匹通さぬ。そんな厳重な施設だったはずの原発。その設計。それがネズミによって“危機”を呼ぶと言う。

地下水の漏えい。それもネズミの仕業とされるのか。

お粗末としか言えない。本気でやっているのかと。

嗤っている話しではないが、笑ってはいけないのだろうが、笑えてしまう。
ネズミが人間社会を脅かしているということに。

それを“予見”して、村上春樹がかつて作品の中に「ネズミ」と言う名の少年を登場させたわけではないだろうが。

仮の町。最近、話題に上らなくなった。区域再編に気が取られていたせいか。
集団移住する仮の町。その町へのイメージが湧かない。そうなれば、そこに行かざるを得ない人達には申し訳ないが、そこが永住の町になることを覚悟してもらわねばならない。
今もって立ち入り出来ないところは、仮に戻れるとしても何十年後なのだから。

何かと批判もあった双葉の町長が、帰還は30年後と言ったことは町民を絶望させただろうが、真実を言っていたに等しい。

除染で出た土。仮置き場なるところに置かれている。その仮置き場は、もっと増えるだろう。庭に“汚染土”が置かれた、広いところでは穴に埋められた光景。

仮置き場の設置場所をめぐって住民同士がいがみ合う。

中間貯蔵施設なるものも、もちろん見当もつかないし、国の何処が、国の誰が、それに真剣に携わっているのか・・・。わからない。

「仮」という言葉は「暫定」という用語にも置き換えられよう。
例えば暫定予算、暫定内閣。今の内閣はもはや暫定なんて位置付けは見られない。
永久とはいわないけれど、やがては終わる。

永久という言葉は「福島」の一部には存在し続ける・・・。
「仮」が「幻」とうことであってくれればいいのだが。

仮に馴らされてしまって行く・・・。仮面舞踏会のごとく、仮面をかぶった“偽善者”たちも蠢いている。春だからというわけではないだろうが。

地震に対するあらゆる仮説は証明されていないし・・・。仮の世、どうそこに住めばいいのか。