2013年4月23日火曜日

全ては「仮」ということ

この世は仮の世だという。あの世こそ真の世だという。
だから全てが「仮」ということを是とするわけにはいかない。

仮の世だから、命には限りがあって、あの世では未来永劫の命が保障されているという。

未来永劫の命なんていらないな。とてもじゃないが、そんなに無限大なんて。
限りがあるから一生懸命生きられるんじゃないかな。

だけどね・・・。

仮という言葉の曖昧さや欺瞞性を許すわけにはいかない。仮という言葉が仏さまの思想であっても、それは目に見えない仏さまが言ったことであり、万人に共通することであり、人が作った「仮」とは違う。

人が作った「仮」――
例えば仮設。仮に設けられた住宅。それは2年と決められていたものであって、2年は、許容出来る範囲の仮だ。それが4年に延長された。
もはや仮では無い。本になるのではという危惧。いや現実。

仮置き場。

そして原発事故現場での様々な仮・・・。きのうも冷却水が一時止まった。
原因はまたもネズミだという。
仮工事の配電盤でのショート。
ネズミ一匹通さぬ。そんな厳重な施設だったはずの原発。その設計。それがネズミによって“危機”を呼ぶと言う。

地下水の漏えい。それもネズミの仕業とされるのか。

お粗末としか言えない。本気でやっているのかと。

嗤っている話しではないが、笑ってはいけないのだろうが、笑えてしまう。
ネズミが人間社会を脅かしているということに。

それを“予見”して、村上春樹がかつて作品の中に「ネズミ」と言う名の少年を登場させたわけではないだろうが。

仮の町。最近、話題に上らなくなった。区域再編に気が取られていたせいか。
集団移住する仮の町。その町へのイメージが湧かない。そうなれば、そこに行かざるを得ない人達には申し訳ないが、そこが永住の町になることを覚悟してもらわねばならない。
今もって立ち入り出来ないところは、仮に戻れるとしても何十年後なのだから。

何かと批判もあった双葉の町長が、帰還は30年後と言ったことは町民を絶望させただろうが、真実を言っていたに等しい。

除染で出た土。仮置き場なるところに置かれている。その仮置き場は、もっと増えるだろう。庭に“汚染土”が置かれた、広いところでは穴に埋められた光景。

仮置き場の設置場所をめぐって住民同士がいがみ合う。

中間貯蔵施設なるものも、もちろん見当もつかないし、国の何処が、国の誰が、それに真剣に携わっているのか・・・。わからない。

「仮」という言葉は「暫定」という用語にも置き換えられよう。
例えば暫定予算、暫定内閣。今の内閣はもはや暫定なんて位置付けは見られない。
永久とはいわないけれど、やがては終わる。

永久という言葉は「福島」の一部には存在し続ける・・・。
「仮」が「幻」とうことであってくれればいいのだが。

仮に馴らされてしまって行く・・・。仮面舞踏会のごとく、仮面をかぶった“偽善者”たちも蠢いている。春だからというわけではないだろうが。

地震に対するあらゆる仮説は証明されていないし・・・。仮の世、どうそこに住めばいいのか。

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