2011年4月13日水曜日

この国の姿 その17

事務所の近所に住んでいるおばさん。金持ちで暇を持てあましておる。そして恐がり・・・。毎日、新聞を見て、テレビ見て、週刊誌買い込んで来て”情報通”になっている。
放射能に怯えながら帽子かぶって、大きなマスクして近所の喫茶店へ。週刊誌で得た、まったく事実や真実とかけ離れた奇想天外のような”記事”を吹聴する・・・。居合わせた人は街の噂として、口コミで喋りはじめる。どっか人のいるところに行って。おどろおどろしい風評、いや、嘘が”拡散”されていく。

テレビに出ていた、しかもNHKに出ていた解説委員か専門家か。ツイッターが災害時には大活躍した、もっと利用すべきだと言っていた。
たしかに、ツイッターにはマスメディアが伝えないような細かい情報や現場の状況も書かれている。逆にとんでもない嘘、デマがまき散らされている。あれを信じれば福島県民の死者は何百人にもなっている。町の一つや二つ消えている。避難所は機能しなくなっている。
大きな地震がくれば、電気が止まればパソコンもケータイも機能しなくなる。それを使えという専門家。
ツイッター。まさに諸刃の剣である。それは便利と恐怖をもたらす原発にあまりにも酷似している。

福島にくる新聞、中央紙は東京では、ほぼ、夕刊にあたる。今朝の中央紙の見出し。「福島原発事故、最悪レベル7。チェルノブイリ級に」。各紙とも最悪、最悪。発表直後にたたき込んだ記事なのか。書いている記者も興奮している、舞い上がっている。そう見える。
東京の今日の朝刊。はげしくトーンダウン。政府は後追い会見。実態ではなく数字の上での評価と。もう遅い。

放射性物質から新しい物が出た。テレビでアナウンサーが興奮気味に言う。新聞後追い。ベタ記事。本文最後にある。健康に影響ないと。最早遅い。不安は増幅されている。

今、この国に一番必要なもの。冷静な気持ち。人心の安定。

みんながいろめきたって、興奮して騒いでも、怯えてもなんの解決にもならないのに。メディアに求められるのは冷静な報道。きちんとした報道。一番先に目に入る見出しの作り方。

今、「メディア力」が求められている。メディアの正念場。

数日前、知り合いの結婚式があって東京に行って来た人の話。「東京の
人にとっては東北の事は他人事のようだった」と。そんな人達もいる。しかし、街頭で募金を呼びかける若者がいる。福島県産の野菜を販売すると列を作って買っていってくれる人達もいる。めげないでねって声をかけて・・・。

団結すれば乗り切れる。一人じゃないよ。みんな仲間だよ。相変わらずACは垂れ流されている。殆どの被災者はこんな言葉の虚しさに気づいている。テレビへの不信感が増す。

明治の海国以来、日本人は基本的には舶来崇拝主義者になった。外国が言っているんだから。それがまともだと信じている。
80キロ圏退避。アメリカがアナウンスしてから日本人はパニックになった。その後修正。30キロは適切な判断だったと言っても、もうそれを聞く耳を持たなくなっている。国外への脱出も相次いだ。アメリカという”権威”に弱い国民。

福島県民、只今漂流中。あらゆる情報の洪水の中で。大雨の中で。
一つなんだろうか、つながっているんだろうか。いや、そういう人達もいる。同じ境遇にある人達だけは。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...