2011年9月13日火曜日

十五夜、そして十六夜

昨日は十五夜。仲秋の名月。日の暮れ頃から東の空に見事な月が上がりました。

わが心を しずむるごとき輝きを、帯びてのぼりくる月に出会いぬ

大震災、原発事故以来、花鳥風月を言うのはよからぬことと思いこんでいた節があります。
でも、間違いだったことに気付きました。
地球上で、この日本列島で何があろうと、何が起きていようと、月は月。その季節になるとちゃんとあらわれてくれる。

窓越しに月を愛で、戸外に出て重ねて月を眺めました。月はいつものように月でした。お月さまでした。村上春樹の小説のように二つはありませんでした。
1Q84に生きているのではない。2011に生きている・・・。

東北の被災地の人も、避難所の人も、仮設の人も。紀伊半島の被災した人たちも、それぞれがそれぞれの想いで月を眺めていたのではないでしょうか。

ツイッターやフェイスブックにも全国各地からの月の写真が載っていました。載せていました。

早く「普通の生活」に戻りたい。被災地の人たちは皆そう思っています。仲秋の名月を眺める。月を愛でる。日本人にとっては普通の生活。農事暦を含め、月の満ち欠けに合わせての“日常”。

津波に襲われた瓦礫の間からも花が咲いたと聞いています。仮設の玄関脇にプランターで花を育てている人もいます。

どんな環境にあっても花鳥風月を語ること、それは、人が人であることの証なのかとも。

我を連れて 我が影帰る月夜かな

放射能の恐怖を感じながら毎日を送っている子供たち。避難せずに郡山に残っている子供たち。

近所の子供がギュウヒで作った「お月見団子」ならぬ「ウサギ」のお菓子を手作りして持ってきてくれました。赤い目がちゃんと入ったうさぎ。母親と一緒に作ったのでしょう。その子の家でも、そのお月見だんご、うさぎを供えて月を眺めていたのかも。
その子にとっては「特別なお月見」だったのか、いつものようなお月見だったのか。
無性に嬉しかった子供からの贈り物。

おじさんはダメでもお月さまは一生キミのことを守るとおもうよ。

今夜は十六夜。塾生の一人からメールをもらいました。ちょこっと欠けた月の方が味わいがあると。人は完ぺきじゃなくてもいいんだよと祖母から言われたメッセージに思えたと。

もしかしたら、月も被災地を照らすことにためらいがあったのかもしれません。しかし、月はいつものように普通に月でした。

李白の詩。月下独酌。
「杯を挙げて名月をむかへ、影に対して三人を成す」。
十六夜の月に会えたら、今夜も杯を挙げてみます。この半年を振り返りながら。

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