2012年10月7日日曜日

言葉は選んで慎重に

言葉遣いとは本当に難しい。時と場所、その他含めて。言葉は時として武器にもなり、身を滅ぼすことにもなりかねない・・・。

三重県での講演で岡田副総理はこう言ったという。
「福島の原発事故の影響は非常に深刻だが、いろいろな関係者が『これは幸運だった』と言っている。最悪の場合は東京圏まで汚染される可能性があった」。

確かに、4号機の爆発はなかった。2Fは無事だった。いわゆる「最悪の事態」には至らなかった。しかし、それが幸運だったのだろうか。事故に遭遇し、避難し、塗炭の苦しみを、辛酸をなめている人たちを「運」とう言葉で解決させるのか。

要は「東京が汚染されなくてよかった。東京が汚染されていたら、この国は終わりだし、福島に対して何も手を打つことが出来なかった」というのが釈明から読みとれる真意のようだが。

これをして「東京目線」と言う。東京が助かったことが幸運だったということ。

そして「幸運」という言葉で、原発事故を“総括”してしまっているよいにも聞こえる。

たまたま岡田が口に出して言っただけで、多くの政治家や多くの人たちが「幸運」だと思っているのかもしれない。

例えばこれを沖縄問題に敷衍する。オスプレが普天間基地内で事故を起こす。県民には死傷者は出なかった。「基地内出の事故であったことは幸運だった」と言うのだろうか。

福島県内に、汚染された地域に住んでいた人達は不運だったということなんだろうか。

岡田発言に対してのマスコミの反応は小さい。新聞記事の一つの読み方。大見出しのトップ記事よりもベタ記事に価値があるということ。

岡田をあえて非難する気はないが、大方がこういう感覚でいるだろうということの悲しさ。
言葉の使い方を知らないということ。政治家の言葉がいつの間にか劣化度を高めているということ。

3・11直後の石原東京都知事の発言にも共通するものがあった。しかも彼は文学者であるにもかかわらず。
「震災は天罰であった」といい「我欲を津波で洗い流せ」と言った。

日本人が我欲に走ったことは否定しない。同意する。原発も、我欲による一つの結果だ。

しかし、なぜ東北が天罰を受ける場だったのか。1万数千人の人が津波で命を亡くしているのに、洗い流せとは何事か。
これとても「対岸の火事」視的な東京目線だったと。

まさに時と場所をわきまえない、言葉を書くことを生業としてきた人にしては余りにも稚拙すぎたということ。

前にも書いたが・・・。
楢葉町の道の駅にある一時帰宅の受付所。避難先から戻って来た人は数時間で所用を済ませ、また避難所に戻る。
気を使って言ったのだろう。「気をつけてお帰りください」と。そこで働いている“善意”の、全く“善意”の人が。“住民”は怒った。「俺の帰るとこはここなんだ、お帰りくださいとはどういうことだ」と。

「お気をつけて・・・」で止めろよ。道中お気をつけてにしろよ。亭主はその受付の人に言った。

悪意が無くても言葉は時として人のこころを傷つけ、ずたずたにする時もある。
時と場所と相手と。

今、日本人が求められていることの一つ。「言葉」をどう使うか。どういう「言葉」によって表現し、意志を伝えるかということ。

「言葉の森」は深い。

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