「黒白をつける」という言葉がある。
物事の正邪、善悪、是非をはっきりさせるという意味。
政治はたしかに混迷している。混迷と言うか、どうしようもない状態。
その政治のありようで想うこと。
「政権交代可能な二大政党」、それが小選挙区制導入時の謳い文句であった。
政治家もそれを是とし、マスコミもこぞってそれをはやしたてた。
それはあえなく失墜した。折からアメリカの大統領選が白熱している時、共和党対民主党。アメリカのようにはいなかい。イギリスのようにもいかない。
明らかに「政治風土」が違うから。
結局、政策という点では、自民と民主、あえて加えるかな公明にも、大した違いはなかった。
そして、いつの頃からか「第三極」という言葉が登場した。
それは、“黒白”でなくグレーがあるとういうこと、それが緩衝帯になるということでは無く。
石原慎太郎が都知事を辞め、新党を結成するという。第三極としての政党を。
この第三極が、混迷する政治の救世主たりうるのか。ならない。混迷に拍車をかけるだけ。
たまたま見た、昨夜の報道ステーション。コメンテーターの朝日新聞の記者が、うまいことを言っていた。たまにはうまいことを言う。
「無極化」だと。
そして、たまたまだろうが、この三極を言う人達、それを目指す人達に共通しているように見えるのが“恫喝政治”ということ。
小沢一郎・石原慎太郎・橋下 徹。少なくともマスコミに対する表面上の姿勢は、ほとんどが“恫喝”だ。官僚に対する姿勢も。その振る舞いを見ても。
そして彼らに共通するのが、時として“変節”するということ。
かつて自民党の中で、青嵐会という、いわば党中党のようなものを作った石原、当時と“思想”は変わっていないのだろうが、その頃言っていたような気がする。「60歳や70歳の前頭葉が退化した老人に政治を任せる時代は終わった」と。
いまや80歳。そして新党で組むのがこれまた高齢者5人の政党「立ち上がれにっぽん」。冗談めかして言いたくな。新政党名は「老人党」かと。
老人だからと言って、それを否定するものではない。豊富な識見は持ち合わせているのだろうから。でも、「ご意見番」に徹するのがよろしいのかと。
将来がある息子伸晃のためにも。
彼は昨日の“独演会”で、憲法破棄に触れ、サンフランシスコ講和条約締結時に、独自の憲法を作らなかった吉田茂を罵倒した。吉田茂の孫と一回論戦してみてはいかがか。脱線だね、これは。
罵倒の中に経団連の歴代会長が標的にされていた。名前を思い出せない。が、呼び捨て。そして、大阪市長は「橋下さん」と呼ぶ。
維新の会に、秋波を送る。後継には猪瀬直樹を指名する。こりゃ作家猪瀬直樹の書いた「脚本」だなとも。例の週刊朝日事件をめぐっても猪瀬の佐野攻撃は、その盗用疑惑解明も含めて、強烈だった。橋下維新にたいするおもんぱかりが見え見え。
石原文学は好きだった。猪瀬の作品も素晴らしい。で、それが政治の舞台となると・・・。物書きって、二面性持つ人多いんだろうな。
石原は先日、福島を突然のように訪問した。原発事故現場を視察した。なぜか・・・。その動機が不明だ。視察のあとまた吠えた。「人類の科学の進歩の結晶である原発を止めることはありえない選択だ」というようなことを。
原発維持を主張した。
彼の論に橋下はいかが対処するのか。
新しい政党の誕生。国政にその影響力を与えようとする。なんでこうなる。既成政党がダメだからだ。愛想を尽かされているからだ。
なのに、自らの非力を反省するのでなく、新党によりすがろうとする。新しいもの好きな人々。
もう、どこの党がどうで、何がどうなのか。面倒になってきた。「無極」。いい指摘だったかもしれない。
地球にはね、南極と北極の二極だけでいいんだよね(笑)。
既成政党よ、踏ん張ってみないかい。
ま、選挙があれば黒白はっきりするだろうし、三極がグレーなのかどうかも含めてはっきりするだろうけど。