2014年9月2日火曜日

たった8分間のセレモニー

中間貯蔵施設の受け入れをめぐり、昨日、福島県知事と建設予定地の大熊、双葉町長が官邸で安倍と会談した。

首相動静を見る限り、“会談”に要した時間は8分間。

雄平は持って来た紙を“たどたどしく”読み上げる。ゆっくりと。苦渋の決断だという。苦渋の決断。もう聞き飽きた感がある。それこそ”消費されつくした“ような言葉。

安倍は神妙な顔をして聞いている。

午前中にあった石原や根本との会談含め、県側の言い分はこうだ。
「30年以内に汚染土を県外で最終処分する法案の成立。
 3010億円の交付金の予算化。
 搬入ルートの維持管理や周辺対策の明確化。
 施設と輸送の安全性の確保。
 政府が県と大熊、双葉の両町との間で安全協定を結ぶ」


安倍の答えは「苦渋の決断と十分認識している。皆さんと一丸となって福島の復興に全力を尽くしたい」。

最終処分場の事には触れられなかったみたいだ。

8分間のセレモニー。事前の打ち合わせ、お膳立て通りのやりとり。

ま、世の中そういうもんだけど。

県も二町長も言う。建設を受け入れただけで、搬入を受け入れるかどうかは別の判断だと。搬入は容認していないと町長は言う。
町民感情を踏まえた上でだ。

そもそも、この話は、最初から論理としての筋が通っていない。仮置き場は中間貯蔵施設できる3年をめどに作られてきた。
最終が無いのに中間だけはある。この話自体が可笑しいのだ。

搬入は認めて訳ではないと言いながら、搬入のルートや安全性が話し合われている。搬入が前提の事が。順逆とでも言おうか。

これから「住民説明会」があるという。用地提供を絶対拒否とする地権者も当然出てこよう。それらの説得材料はただ一点。30年間我慢してくれ、最終処分場は「ここに」決まっているから。30年という将来の事への現実味のある、法を伴った最終処分場の明示なのかもしれない。
不可能なことはわかっているが。

住民が危惧しているのは、なし崩しの最終処分場なのだ。

いささか情緒的な事を言う。双葉郡はかつて「東北のチベット」と言われた。
そこに住み着いた人達は開墾し、潤し、自分たちの地としてきた。
土地に対する愛着。どこかパレスチナ問題とも絡むような。

その「感情」を政治では埋められない。

フレコンバッグが積まれた仮置き場を持つ県中の人達は、「中間」の目途がたったことを“歓迎”する。それとて当然なのだ。今のまま放っておくわけにはいかないのだから。

3010億円を貰い。県から150億円を貰い、東電から賠償金を貰っている。なんで「わがままばかり言っているのだ」。
県民間の「カネ目」の話がすでにして出ている。

なんとも「やるせない」話しなのだ。

明日は内閣改造。環境相も復興相も変わると言われる。昨日がタイムリミットだったのだ。福島県選出議員の“運命”も決まる。
知事選候補問題は“すっきり”する。

一応の“決着”。雄平は知事選には出ないだろう。疲労困憊を理由に。後事を誰に託すのか。
内堀副知事は腹心なのか。気ごころ知れた仲なのか。

まさか“後継指名”はしないと思うが・・・。

福島の、双葉郡の将来を予測する術は無い。未来は語れない。

ひとつだけ言えるのは「常に時代の翻弄されてきた地域」という認識だけ。

新聞の社説はもっともらしく書く。
「全国民が共有することだ」と。なんか言葉遊びのような“軽さ”がうかがえる。

福島県民だって“共有”出来ないことを、どうやって全国民に“共有”させられるのか。

沖縄が重なる。そして、地権者の反対が続けば「強制収用」という言葉だって浮かんでくる・・・。

当事者ではないのに「この事」を語る。他人事のように語っている。そんな自分の“軽率”ぶりを承知しながら。

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