2013年8月31日土曜日

「決まり文句」が無くなった時代

昔はね、よく言われてもんだ。年寄りは寄るとさわると、「近頃の若いもんはなっちゃいない」。

ひとしきり若者を貶していた。少なくとも昭和の時代はそうだった。
平成になってからも決まり文句として使われていたかもしれない。

どういう時代の変化なのだろうか。最近はめったに聞かなくなった。真逆の「最近の年寄りは・・・」っていうのも。

大人と称する人たちが「だてに」年をとったのか。大人たちが若者を語れなくなったのか。

「3・11」以降、特に、そんな“若者評”が消えたような気がする。一部を除いては。
いわゆる被災地には、大人以上の若者がいる、いたことを知ったからかもしれない。

大人が若者を叱り励ましの時代ではなくなり、若者が大人を、叱り、支え励ます時代。

少なくとも東北の地を見ているとそんな感覚が生まれてくる。

どうなんだろう。枕詞のように、決まり文句のように、「最近の若者は・」と世を嘆いていた世代は、戦争の世代だったような。
とにかく強い男が、辛抱する女が求められていた時代。その世代はもう80歳以上だ。

男は強くなければ生きられない。そういわれた。それが、やがて優しくなければという言葉が付け加えられるようになった。そんな漠然とした感覚がある。

社会システムとして見てみれば、大人とか年配と言われる世代の人たちは、戦争という“負の遺産”を残した。“負の遺産”を受け継いだ世代は、高度経済成長の波に飲み込まれ、疑う余地も無く、豊かさと便利さを追い求めた。

そして、結果・・・。またも次の世代に負の遺産を背負わした。

その若者たちに期待する以外にない。若者たちが寛容の心を持って年寄りを受け入れるかどうかはともかく。時代を変えて行ってくれることを願う。

そのためにも“教科書”には書かれていないことを学んでほしい。多くのことを知って欲しい。

かつての決まり文句は通用しなくなった時代・・・。色褪せた時代・・・。

ある時は主体的に大人を否定し、ある時はまともな大人から学び・・・。

昨夜、NHKの東北Zというローカル番組を見た。やはり全国には放映されない東北だけの東北の局による番組。制作NHK福島。


テレビはテレ・ビジョンの略だ。遠くを見るという意味だ。


「明日に向かって駆ける~父と娘の“相馬野馬追い”」。

南相馬で、津波で母親を失った(正確には行方不明)娘に父親が教える野馬追い。馬に乗れるようにして、出陣の合図の法螺貝の吹き方を教える。
甲冑競馬では父親は妻のために、1位になることを誓う。
その娘、女の子の名前は星 幸栄紀ちゃん。10歳。彼女は母親のこと、父親と二人だけの暮らし、野馬追いのことを、淡々と、時には明るく語る。涙ぐむ父親の傍らで気丈に・・・。

南相馬。震災後、原発事故後、さまざま話題になった地域。野馬追いという伝統行事に支えられている地域。

人々を支え続け、力を与えているのはその伝統があるから。父親の騎乗する馬には妻の名前がつけられている・・・。

出陣の日、二人は母親の霊前に向かい、母親に法螺貝の音を聞かせる。音の出し方は父親に教わった。

父親は初めて甲冑競馬で勝利する。娘の法螺貝に送り出されて。

死者に支えられている。と父娘も言う。

その娘は、母親がやっていたパーマ屋さんになると明るく言う。
彼女のけなげな、気丈な姿に地域の人たちは励まされ、励まし、力を貰う。

被災した東北の、福島のはずれの方にある一つの家族の軌跡。

「無駄に生きちゃいけないんだな」。そんな気持ちに彼女はさせてくれた。

東北に見た、一つの、一人の「光」。その光が、やがてこの国中に・・・。そんな想いに捉われながら、「若者」を、「大人」を考えて・・・。

若者に媚びる年寄り・・・。決して悪い意味ではないが。


若者言葉が蔓延し、それを大人が咎めるわけでもなく、大人もそれを使う。そんな風潮が蔓延している。そんな世情を憂いながら。

2013年8月30日金曜日

「実験場」としての福島

「実験場」という表現は前にも使った。書いた。そしてあらためて認識する。

その時、そこに居た。その時、そこに住んでいた。その時、それはすべてを破壊した。

そして、さまざまな意味で、いろんな意味で、あらゆる意味で、福島は実験場になり、そこにいる人、いた人、人だけではない、動物も植物も魚も・・・木々も畑も農作物も。そして人の心も。

あらゆること、あらゆるものが「実験台」に乗せられた。
その実験の目的はわからないまま。
わかるとすれば人間の「欲」。

1960年代後半、福島第一原発が作られた。電源立地三法に基づいて、多額の交付金や補助金が福島県に注ぎ込まれた。

法律を作ったのは国である。国策会社としての東電であったから。

双葉、大熊はじめ、立地町村には、とにかく「カネ」「カネ」。東電自体もカネを投じた。それは言ってみれば電気料で得た利益。

国と東電が、札びら切って作ったのか。県の誘致活動によって出来たのか。双葉の町村の意向で作られたのか。

言ってみればニワトリと卵の話。両者の利害が一致したということ。

原発誘致には反対の人もいた。しかし、「カネ」の力には負けた。
東電さまのカネは、東電さんのカネは、魅力的だった。県にしても、立地町村にしても。

なぜか。「貧しかった」から。

他人事のような言い方だが、カネに負けた。

おそらく、いま、原発がある地域はどこもおおよそ貧しかった地域。

貧しさ故の原発事故。豊かな国になるためのと吹聴された。

「カネ」がどれだけの効力を持っているか。人の心も買えてしまうような。
その実験場だった。その実験は成功した。

カネで人のこころも買える。そんな風潮が支配してきたのも、原発が“成功”したからかもしれない。

爆発事故前の実験場の福島としての例。

そして事故後・・・。原発構内では、新たなさまざまな“実験”が行われている。未知の分野への、悪しざまに言えば「実り薄い」実験。
それは挫折の繰り返し。

政府の危機管理能力の実験。大量の避難者、それをどう扱うかの実験。

そして何よりも「被曝」という恐怖に対する人の動きの「実験」。

福島の子供たちは“モルモット”にされている。そんな声が上がった。それは、県外の識者なる人たちが言い始めたこと。

風評被害なるものの伝播の仕方、その執拗さ。それも「実験」。

年間1ミリシーベルトと年間20ミリシーベルトのはざまの中で、未だ、だれも実証出来ていない“内部被ばく”なるものの、いわば、国際的基準値を見つけるための「実験」。

拡散されて放射性物質が、自然界にどのような影響を与えるか。どうしたらそれを除去できるか。それらの「実験」。

そして何よりも、あの避難所というダンボールでしか仕切れない、埃だらけでトイレもままならず、風呂ももちろん無い、プライバシーなるものも皆無。

それこそナチスの強制収容を思わせるようなところで、人間が何日、正常な神経を保ちながら生きていけるかの「実験」

おそよたとえば医学にあっても、その他の研究の場であっても「実験」には「成果」が伴う。

実験場としての福島から得られた成果は・・・。

実験場で得られたさまざまな“成果”、いや“データ”。それは再稼働のためにだけ「実用化」されるのか。実験の成果は“無駄”にされるのか。


きょうもまた、実験場の片隅で、世の中を“凝視”している。

2013年8月29日木曜日

「踏み台」としての福島

それはたまたま「福島」だった。「福島」で起きた大事故だった。
いや、必然としての「福島」だったのか。原発事故。

おそらく、日本中の多くの人は、それまで、福島県と言う県名すら知らなかったのではないか。
知っていたとしても、それがどこにあるのか、東北のどこなのか。日本の白地図を出して、そこに名前を入れられる人は少ない。

福島県の県土は日本で三番目に広い。それが起きたことにより、そして今の多くの問題を抱えているからか、福島県は日本で一番“有名”な県になった。

有名にはなったけれど、その実態を知る人は今も少ない。端的に言う。福島県全土が放射能に汚染されていると言う言辞。
そうでは無いのだけど。

「福島」という一括りで言われることへのいらだち。福島という総称で語られる原発事故被害。
「福島の子供たちが・・」。「福島の人は・・・」。「福島の食べ物は・・・」。
「福島の酒は・・・」。違う。括るな。

そう言いながら、ためらいながらも「福島」と書いていることへの逡巡・・・。

「反原発運動」と福島は同化しない。運動家は、ここぞとばかりに「福島」を利用している。福島を踏む台にして、運動の“成果”を高めようとしている。

今はどうなっているのだろう。官邸前の「再稼働反対集会」。そこにも、福島県人はたしかに居た。避難している人も、そでない人も。その人たちが携えていったメッセージは、事故の直接的な被害者としてのメッセージは、運動の道具の一つとして消費されつくしていたような感がある。

メディアもそうだ。自分たちが思う「正しい報道」、「原発報道」の一つの材料として福島に言及しているようにしか思えない。

IAEAからも、その国際機関としての権威性をすべて是とするかどうかはともかく、汚染水の流出は「レベル3」とすることが“認定”された。

運動家と言われる人たちは、一部メディアは、その汚染水については、問題だ、怖いとしか言わない。問題なのは皆わかっている。

唯一の被爆国として、反核を訴える運動。その“組織”は、原水禁と原水協に分裂し、いつしか消えていった・・・。

広島、長崎と福島はどっかで同化する。そこを知って、見て、聞いて、それを語るのは、語り続けるのは、運動家ではない人たち。

福島のことは福島に聞け。

ボクは忘れない。一昨年、郡山にやってきた「反原発集会」の人たちの振る舞いを。彼らの中にあった、郡山と言う地に、多くの人たちが暮らしているところに降り立つことへの“ためらい”の表情。東京で積み込んだ弁当をバスの中で食べる光景。

そして、東電も国も、福島を踏み台にしている。福島よりも安全な原発の建設。
もし、他の地域で原発事故が起きた時の対策としてのデータ集積。

もっとメディアは仔細に福島を伝えられないものなのか。
テレビでまたもやっていた。宮城県の栗原の牧場。除染が終わった。牛の放牧を始めた。よかった、よかったと。
福島にも牛はたくさんいる。餌の牧草が無く、飢え死にしそうな牛たちが。
原発構内だけが福島ではない。そこに入ったからと言って福島を知った気になるな。

きょうは今日とて、「郡山や福島市には人は住めない」と。
ばかばかしい。住んでいる。


そして、運動家たちは、当然、労働組合もその中核にいるのだろうが、その人たちの労苦が無ければ事故処理は覚束ない、原発構内の労働者、作業員には言及しない。過酷な環境で汗を流している人達に。

運動のための運動。反対のための反対。

核心を見つつ、俯瞰して見る。目先だけにとらわれているメディアとも。

はだしのゲンは麦だと作者の奥さんは言っている。麦は踏まれて“育つ”。
しからば福島県は麦か。麦にはなろう。踏まれる麦に。でも踏み台にされるのは受け入れ難い。


2013年8月28日水曜日

「金づる」としての東電、いや原発。

たまにシニカルに見てみるのもどうかなと・・・。

「金づる」という言葉。うまいこと騙して金を巻き上げるということ。いや、騙さないまでも、弱みに付け込んで、カネを巻き上げるということ。

一昨年の原発事故後、原発を語る時、東電を語る時、必ずと言っていいほど付いて回っていた言葉。「原子力村」と「原発マネー」。

ひらったく言う。原発立地地域には、相手構わぬようにカネがばらまかれた。
なんかの理由をつけて電力会社にカネをせびると、即座にそのカネは入ってきた。

立地地域は、自治体含め、住民も潤った。
立地地域だけではない。東京でも、世論に多少でも影響を与えるだろうところにはいろいろな形でカネがまかれていた。

電力会社はいい金づるだった。

福島の原発事故後も、それは金づるであり続けている。カネの感覚に麻痺している東電は、たとえばフランスのアレバ社やキュリオン社にいったいどれだけのカネを払ったのだろう。

溺れる者は藁をもつかむ。カネに糸目をつけないで、外国の技術にすがった。


関連会社と称するところに、作業員を確保するために。下請け、孫請けという構図の中で、東電が支払ったカネ。

見積もりも、入札もあったのかどうか。
言われるままの支払い。

そして、片や、賠償金、その支払いに回すカネには枯渇した。勢い、国の支援要請。

そして、カネが底を突いてくると、途端にカネを出し渋る。出しても何の見返りもないから。

白アリに、避難区域の家は新築含めて食い荒らされている。

白アリのごとく東電に“たかって”いた人たちは、口をつぐんでチャックしたまま。

福島原発のカネのことだけではない。全国の原発を巡ってもカネが・・・。札束が乱舞しているのかも。

そして除染の問題も。いったいいくらかかるのかわからない除染費用。

その除染に携わる会社。「除染は金づるだ」と。

汚染水問題。急がれる対応。さまざまは施設の構築、大規模工事、タンク増設・・・。

人繰りだってままなるまい。


東電は自ら「金づる」になる道を選んだような・・・。

2013年8月27日火曜日

「前面」じゃない。「全面」だ。

日本は国際社会で“孤立”する・・・・。

そんな危惧を実感出来たからかもしれない。突如、経済産業大臣が東電福島第一発電所に現れ「視察」。そして語った。
「汚染水処理をもう東電には任せておけない。国が前面に出る。事態収拾に国費を充てる。今年度予算の予備費を投入する」。

当たり前だ。何を今更だ。東電任せはダメ、無理。何回も書いた。何回も、何回も。メディアに露出された「識者」の意見も多々あった。

裏で東電を“支援”しながら、政府が、ほとんど知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいたのは何故か。
やっと重い腰を上げたなんて言っている場合じゃないのに。

汚染水の流出。地下水の建屋への流入。今に始まったことではない。とうの昔に指摘されていたこと。

海洋流出。それは国際問題なのだ。

事実、アメリカの原子力学者、ガンダーセン教授も指摘していた。そして、アメリカは汚染水対策について、意見を伝えていた。アメリカで実証されている有意な対策を。

教授は言う。「東電も日本政府もそれを拒否しました」と。

そこに何があったんだろう。

大臣はこうも言う。「外国の知見も取り入れながら対策を講じていきたい」と。

なんで今頃なのだ。

もうにっちもさっちも行かないという状態になっているということなのか。
これ以上、東電任せにしていて、手をこまねいていたら、政権の命運も左右しかねないという損得勘定が働いたからなのだろうか。

国費投入をためらっていたのは、税金を使うと事への「非難」を懼れていたからなのか。

原発事故。それはまさしく「戦争」だ。それも、もはや、福島というところでの“極地戦”ではなくなった。国としての”全面戦争”。

対策に及び腰だった罪は大きい。

たぶん、メディアには報じられないところで、国際社会から、かなりの批判が起きていたのではないか。汚染水問題を報じていた外国のメディアもあったが。

「前面」に出るという。当たり前だ。前面というからには後方にはまだ東電にとか、何かにそれを任せるという尻込みがあるのか。

戦争なのだから、国を挙げての、全面、そう、国が全てを取り仕切り、カネもつぎ込む。

及び腰の国の姿勢に国際社会の批判は、相当強いものになっていたのだろうとも。

環境大臣なる立場の人の姿は見えない。代役の副大臣がやってくる。器が違うと追い返せばいい。それは除染の話だが。再除染もするという話だが。
口約束をどこまで信用できるのか。

担当大臣をJビレッジに常駐させる。その位の覚悟が無いと、失墜したこの国への信頼は取り戻せない。

明日では遅すぎる。原発で栄えた国が原発で滅んでいく・・・。

国家予算を投入する。諸外国の知見を、頭を下げて教えを乞う。それは「恥」でもなんでもない。当たり前のこと。
もはや「福島」だけのことじゃない。「国」の存亡すらかっかている問題のはず。

繰り言いっても仕方ないが、汚染水問題は、事故の直後から懸念されていたこと。


今、国を挙げてやるかやらないか。瀬戸際なんだと。

2013年8月26日月曜日

「終わりと始まりと」

朝、秋空の中空には、なぜか、昨夜西に沈んだはずの月が、雲と同化するような白い残影を残して景色に溶け込んでいた。

その中を、子供たちが、そう、まるで雲霞のように現れて、集合場所に。
6年生をリーダーに集団登校。

そうなんだ。新学期が始まったのだ。
重そうなランドセル、水筒、靴入れ・・・。重装備だ。

友達と学校で会えるのが楽しいような、終わってしまった夏休みに未練があるような・・・。

一週間が終わり、新しい一週間が始まった。
一日が終わり、新しい一日が始まる。

一年が終わり、新しい一年が始まる。
夏が終わり、秋の気配が漂ってきた。

たわわに実った稲。黄色みを帯びてきた。
今年も旨いコメが食べられる予感・・・。

終わりがあって始まりがある。それが自然の摂理なのに、それは社会事象になぞらえる時、終わりの始まりと言われるようになった。

友人の毎日新聞郡山支局長がイタリア赴任時のことを書いた著作のタイトルは「資本主義の終わりの始まり」。示唆に富んだ本だ。

作家の池澤夏樹の災後に書かれた本のタイトルは「終わりと始まりと」。

2011年3月。日本は、日本のある時代は終わった。正確に言えば終わったはず。

東京が大停電に見舞われた夜。多くの都会人も、変わることを予感し、変わらねばならないと思い、変わることを誓った人も多かった。
原発が、高度経済成長の象徴でもあった原発が、無残にも爆発する映像を見た時、だれしも「終わり」を実感したはず。

価値観もライフスタイルも変わるべきと思った人も多々いたはずなのに。エネルギー政策なるものも変わると思ったはずなのに。

多くの人がその時知った。福島の原発で作られている電気は東京が消費しているということに。
その事実は東京の、それに気付いた人が言い始めたこと。

福島県人が言い始めたことではない。

今、そのことを言う人はほとんど見かけなくなった。活気を取り戻した都会。そこにある空気。
2011年3月は無かったことというような空気。それは有ったことだと脳裏に刻んでいる人たちも、福島を差別し、非難し、排除することの「道具」のようになった。道具にされたという受け身の表現では言いたくない。受動的ではない。能動的な“動機”。

多くの人の思考は停滞し、時には停止し、終わりを否定し、始まりへの動きを見せない。
全てが継続、延長の上に構築されていく。

何も始まっていない。

新しい週の始まり。だから、そんなことを考えてしまう。

相変わらず「復興」という言葉が、魔法の杖のように叫ばれている。皆が口にする。お題目のように。

「復興」とは終わりの始まりか。終わってしまったものが、再び始動することが復興なのか。

終わった原発。それを再稼働させる動き。それは「始まり」なのか。それこそ終わりの始まりなのだと思うけど。

終わりと始まりと。その“はざま”にあるものは・・・。“はざま”である今、そこに生まれている空気は・・・・。

時計の針の逆戻しだ。柱時計には針の逆戻しはあっても、デジタル時計では出来ないものなのに。

よしんば、どうせ戻すなら、自然とともに生きてきた、自然の時間と同化していたあの時代にまで戻すべきなのだ。

それは“戻し”では無く、“始まり”にもつながる一里塚にも思えるのだが。


だから、「始まり」は東北から始めなくてはならないのだとも思う。始まりと言える資格は東北の人たちが持っているものだとも。