八月一日という姓の人がいた。「ほずみ」と読む。もちろん旧暦によったのだろうが。ほずみは穂摘み。稲を刈るということだ。
狭い日本、いや、実は広い日本なのかもしれない。気象に関しては。きょうの郡山はさっきまで21度。とてもじゃないが夏の気温ではない。
西日本は連日の真夏日。酷暑。そして集中豪雨、それに伴う災害・・・。河川は氾濫し、田畑は水没。家まで流される。
東北は冷温続き。早くも冷害を心配する向きもある。コメの生育は、果物は・・・。
そしてきようも北陸では大雨だという。
泥で埋まった道路、家屋、停電、断水、救援、給水、救出・・・。災害ボランティア募集・・・。
一昨年見た光景がそこにあるような。
1時間に100ミリの豪雨。雨雲の動きによっては福島県の浜通りにもくる。
それが、原発事故現場に降ったら、そこはどういう光景になるのだろう。
「ふくいちライブカメラ」は朝から霞がかかったような映像。そこの様子はほとんどわからない。
問題の“汚染水”。問題の“地下水”。雨によってその量ははかりしれないものになるのだろうか。
海洋への流失があったことはもはやはっきりと判明した。
「遮水壁」を作ったことによって、水位が上がったという。
すでにして海に流れ出ていた汚染水。
その線量はともかく。
八月一日は「水の日」だという。素直に受け入れられない「なんとかの日」。
きょうから田村市の都路地区の一部が「長期宿泊可能」となった。
テレビのニュースは言う。
「三カ月の宿泊が“特別に認められ”・・・」と。特別とはどういう意味なのか。
普通、特別という言葉は格段の配慮を意味する。特別扱いというのは。
家に帰るのは当然のこと。特別という言い方。そんな些細なことにも腹が立つ。
帰宅した住民は言う。「嬉しいけれど、原発で何かあったらすぐに逃げなくてはならないし・・・」。そういう意味の特別なのか。決して安住の地ではないという。
肌寒い中、きょうから郡山は夏祭り。「うねめ祭り」。浴衣で踊り流す人の輪ができる。
祭りには行かなくてはならない。でも、足が向かない。祭りの気分に浸れない。
集まってくる子供たちのためにも、全国から集まってくる「ゆるキャラ」のためにも、豪雨は降って欲しくないという雨雲への陳情。
「水の日」に水のことを思い、水の怖さと貴重さを思う、特別な、あれから3回目の八月一日・・・。