国道288号、都路、川内、大熊へと続く道。大熊町への“入り口”にあたるところの検問所。許可された住民しか通れない道。
その検問所にきょうも知人は行っているのだろうか。
先週言っていた。「お盆の時は帰る人が多くて大変なのだ」と。その光景を見るすべも無いが、墓参で“帰る”人たちの列があるのだろう。
この酷暑、「あの区域」にいる人たちは・・・。
原発ではきょうは何が行われているのだろう。汚染水対策の何が行われているのだろう。井戸掘りなのか、廃炉に向けての作業なのか。凍土遮水壁の測量なのか。
防護服に身を包んだ作業。この酷暑の中。頭が朦朧としてくるかもしれない。
事故の無いことをと。一人の作業時間だって大幅に少なくなる。
防護マスクの中でこうつぶやいているのかもしれない。
「俺たちのやっていることに何の意味があるのかと」。
やることなすことが裏目に出ているのだから。
汗と疲労と絶望と。
国が前面に出て対策に乗り出すと言った。喫緊の課題だと安倍は言った。
カネさえ出せばいいのだということではない。国が乗り出すと言った以上、ある意味“最高指揮官”は安倍だ。
目下軽井沢で静養中・・・。暑い中のゴルフも汗と疲労とだとは思うけれど。きのうはバーベキュー会だったとも言う。
作業員の肩にだけいろんな重みがのっかていくような。
伸び放題の雑草をかき分けての墓参り。墓の近くにある自分の家はどうなっているのだ。
花も線香も水も。みな避難先から持参ということなのだろう。もちろん自分たちの飲み水も。
こんな墓参がいつまで続くのか。続けるのか。彼らを襲うもの。
汗と疲労と絶望と。
とにかく、「帰還」をあきらめた人、あきらめかけている人は確実に増えている。朽ち果てたような家を見れば尚更だ。
非情なようだが・・。そこまでして帰る意味は果たしてあるのか。あるのだろう。先祖の眠る土地だから。
今日は郡山でも、通称「盆花(ばな)」、墓に備えるための花市だ。
例えば柳田邦男が語っているように、東北人の先祖の霊に対する考え方は違う。先祖を何よりも敬う。東北人の魂の根っこ。
原発事故はそんな魂論をまったく無視した。いや、逆にそれを利用しているのかもしれない。「帰れる」という一縷の望みを与えて。
3回目のお盆。原発作業員に夏休みはあるのか。彼らにも墓参の機会は与えられているのか。一口ではとても語りえない、語ってはいけないとも思う。
東京都営八王子霊園。母親がいる場所。蝉しぐれかもしれない。帰省ラッシュに重なるお盆の墓参り。正直、きつかった。まったく“贅沢”な話だが・・・。