一昨年、原発事故後、知人の家族は新潟に避難した。最初は湯沢のスキー場。
それまでは知らないもの同士がいつの間にか“輪”を作っていったという。
スキーシーズンを控え、そこは退去せざるを得なくなり、県や市が用意してくれた「借り上げ住宅」に入った家族もいる。女房、子供。亭主は時々通っていた。厚遇されていたと聞いた。
今は旦那の仕事の関係で横浜で暮らしている。
歴史をひも解いて、新潟と福島の関係をいうものではないが。奥羽越列藩同盟を持ち出すわけでもないが、只見川の電源開発時の関係を云々するわけでもないが・・・。
新潟県の柏崎刈羽原発の再稼働を巡って新潟県は揺れている。
泉田知事のすべてを知るわけではないが、東電の再稼働申請に異を唱え、“説得”にきた、甘利大臣との会談も時間切れのすれ違い。
元通産官僚が“古巣”の如きところに、いわば楯突く。それこそ「いいじゃないか!」。官僚の手口をすべて知り尽くしているんだから。
過日見ていた報道ステーション。その筋からは嫌われるだろうが、彼の持論には納得。
「規制委員会は規制するところでしょ。安全委員会ではないでしょ」。このところのらりくらいの多い規制委員会をやり玉に。
この前、規制委員会の“基準”に沿って避難訓練をやった。5キロ圏内には二万人の県民がいる。集まった400人での避難訓練。
渋滞、混乱。とてもじゃないが2万人避難なんて出来ない。
再稼働申請をする前に、福島の始末をちゃんとしてからというのが基本的考えです。収束もされず、事故原因も究明されていない。それがわからない中での申請に疑問があるということ。まず「福島」でしょ。
再稼働の審査基準的には彼は「ベント」の設置場所、そのあり方、それをないがしろにしている東電の姿勢に反発している。
その前提、福島と同型の原子炉を持つ県として、まず福島を検証してからだという思想があるように思う。
だからか、彼は再稼働に賛成とか反対とかは、聞かれても答えない。その前にやることがあるでしょって考え。
もっともだと。
彼の強みは「知っている」ことだ。役所のやり方も東電の考えも、そして福島の実情をも。
今でも新潟には4,000人の福島から避難している人が暮らしている・・・。
東電から恨まれ、規制委員会からは、大いなる疑問符をつけられ、政権からたとえ疎まれたとしても。彼の「論理構成」には齟齬が無い。
ひるがえって福島県知事に目が行く。気が行く。
「何もしていない知事」「何をしているのかわからない知事」「何を考えているのかわからない知事」「何を言っているのかわからない知事」。
そして県庁の中に巣くっている、慣例、慣行の中で仕事をこなしている職員の多く。
今、問題になっている“汚染水”。そのことは知事も県庁も、おととしの事故後から知っていた。東電がどうにかするだろうと高をくくっていたのだろうか。
何も手をつけず、口も出さず、露見するとなにやらしたり顔で東電を呼びつけ、その場だけはメディアに公開するというばかばかしさ。
福島県と新潟県をつなぐ磐越高速道。完成した時のキャッチコピーもどきもの。
「洋(うみ)から海へ」。
洋にも海にも原発がそびえている。原発のために出来た、つながった道路ではないはずだけど・・・。
福島原発の汚染水、地下水汚染は“危機的状況”だと伝えられる。
「巨大タンカーに汚染水を移し、新潟柏崎刈羽原発の処理施設に移すべきだ」。そんなことを“まじめ”に言っている関西の原子力学者も未だ健在のご様子。
ばかばかしいにもほどがあると。