2013年8月30日金曜日

「実験場」としての福島

「実験場」という表現は前にも使った。書いた。そしてあらためて認識する。

その時、そこに居た。その時、そこに住んでいた。その時、それはすべてを破壊した。

そして、さまざまな意味で、いろんな意味で、あらゆる意味で、福島は実験場になり、そこにいる人、いた人、人だけではない、動物も植物も魚も・・・木々も畑も農作物も。そして人の心も。

あらゆること、あらゆるものが「実験台」に乗せられた。
その実験の目的はわからないまま。
わかるとすれば人間の「欲」。

1960年代後半、福島第一原発が作られた。電源立地三法に基づいて、多額の交付金や補助金が福島県に注ぎ込まれた。

法律を作ったのは国である。国策会社としての東電であったから。

双葉、大熊はじめ、立地町村には、とにかく「カネ」「カネ」。東電自体もカネを投じた。それは言ってみれば電気料で得た利益。

国と東電が、札びら切って作ったのか。県の誘致活動によって出来たのか。双葉の町村の意向で作られたのか。

言ってみればニワトリと卵の話。両者の利害が一致したということ。

原発誘致には反対の人もいた。しかし、「カネ」の力には負けた。
東電さまのカネは、東電さんのカネは、魅力的だった。県にしても、立地町村にしても。

なぜか。「貧しかった」から。

他人事のような言い方だが、カネに負けた。

おそらく、いま、原発がある地域はどこもおおよそ貧しかった地域。

貧しさ故の原発事故。豊かな国になるためのと吹聴された。

「カネ」がどれだけの効力を持っているか。人の心も買えてしまうような。
その実験場だった。その実験は成功した。

カネで人のこころも買える。そんな風潮が支配してきたのも、原発が“成功”したからかもしれない。

爆発事故前の実験場の福島としての例。

そして事故後・・・。原発構内では、新たなさまざまな“実験”が行われている。未知の分野への、悪しざまに言えば「実り薄い」実験。
それは挫折の繰り返し。

政府の危機管理能力の実験。大量の避難者、それをどう扱うかの実験。

そして何よりも「被曝」という恐怖に対する人の動きの「実験」。

福島の子供たちは“モルモット”にされている。そんな声が上がった。それは、県外の識者なる人たちが言い始めたこと。

風評被害なるものの伝播の仕方、その執拗さ。それも「実験」。

年間1ミリシーベルトと年間20ミリシーベルトのはざまの中で、未だ、だれも実証出来ていない“内部被ばく”なるものの、いわば、国際的基準値を見つけるための「実験」。

拡散されて放射性物質が、自然界にどのような影響を与えるか。どうしたらそれを除去できるか。それらの「実験」。

そして何よりも、あの避難所というダンボールでしか仕切れない、埃だらけでトイレもままならず、風呂ももちろん無い、プライバシーなるものも皆無。

それこそナチスの強制収容を思わせるようなところで、人間が何日、正常な神経を保ちながら生きていけるかの「実験」

おそよたとえば医学にあっても、その他の研究の場であっても「実験」には「成果」が伴う。

実験場としての福島から得られた成果は・・・。

実験場で得られたさまざまな“成果”、いや“データ”。それは再稼働のためにだけ「実用化」されるのか。実験の成果は“無駄”にされるのか。


きょうもまた、実験場の片隅で、世の中を“凝視”している。

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