2012年3月4日日曜日

例えば“瓦礫” 3・11へ

静岡県島田市の桜井市長がはっきり言っていた。岩手の瓦礫処理問題で。
「少数意見は切り捨てる。私は東北を思う。東北の復興に力を貸す」と。少数意見とは瓦礫処理反対を言う“住民”のこと。そしてその“住民”のうしろには、あの“市民団体”なるものの影が・・。

少数意見は切り捨てる。とんでもない発言です。民主主義の理念を否定するものです。世が世ならば。それをあえて承知で言ったと思う桜井市長の発言。彼を断固支持します。

この“非常事態”の時に、お題目言ってるのが正論だというなら、そんな民主主義はくそくらえだと。

国会を見てください。民主主義の名のもとに、少数意見の尊重という思想が当然のように語られている。少数政党の消長がかかっているということで、選挙制度改革も前進しない。
議会制民主主義の名のもとに、国民の代表として選ばれた国会議員。
この「国難」に際して、今や、考えるには自らの身分保障だけ。その身を捨てる覚悟無し。
選挙が怖い、選挙が怖い、その一点。

桜井市長は、いつだかしらないが、次の選挙では落とされるかもしれない。でも、それは覚悟で「正義」を唱えている。そう推測する。ネットや一部メディアで叩かれ、さまざまアングラ醜聞がまかれるかもしれないことを覚悟の上で。そう推測する。

神奈川県の黒岩知事も瓦礫受け入れを表明した。反対の声があがる。説明会。会場のこだまする「帰れコール」。その中にまた居た。あの連中が。
そしてテレビはその連中の中の“有名人”を時々番組に引っ張り出す。

双方の意見を公平に。建前だけのテレビの論理。

少なくとも、宮城・岩手の瓦礫に関しては、メディアはその主張を、立ち位置を明確に言うべき。出すべき。書くべき。

放射線量を検査して100ベクレル以下のものしか受け入れないと神奈川県知事も言っている。放射線量は焼却すれば濃縮される。100が3,000になることもある。

じゃ、それが、どれだけ「健康」(一番わかりにくい言葉、定義のない言葉だけど)に影響を与えると言うのか。これまでに、核実験の影響で大気中をさまよっていた放射線量は・・・。

瓦礫処理が、低線量被曝も含めて、外部、内部被曝含めて、危険だ、怖いといおうことか。

一概に比較する気も無く、放射線という物は各種あることを承知の上で言う。

反対という人は、人間ドック行くのやめなさい。行ってもX線検査は拒否しなさい。病気になってもCT検査拒否しなさい。それでしか癌の検査はわからないにしても。
“エホバの証人”に信者が輸血を拒否しているように。癌にかかっても放射線治療は拒否しなさい。あなたがたは「アレルギー」なんだから。

3・11以降、この国を覆ってしまった「不信」という空気。その延長線にあるかと思う瓦礫の問題。線量は問題ないのです。福島県の瓦礫ではないのです。

日本は一つだ。絆だ。あんな言葉に酔いしれていた人々。現状を見るに、あの言葉達は意味を失った。言葉が泣いている。

通信社の調査では全国の地方自治体の86%が瓦礫処理に難色を示しているとか。そういう報道。

かたや、瓦礫受け入れの自治体の動きあり。沖縄や秋田や。いわれなき反対運動の無い事いのるのみ。

老いの繰り言。昔の日本人は苦しみや悲しみを分け合った。分け合ったがゆえに、戦後の復興が成し遂げられたとおもうのだが。

何回も書く。富の分配の時代は終わった。負の分配がこの国を支えるのだと。

“チェルノブイリ”異聞

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