2012年3月9日金曜日

そして、「倚りかからず」。 3・11へ

「3・11」後、しばらくして、一冊の本を、詩集を捜していた。あの地震で書棚は倒れ、部屋中の散乱した本を、とりあえず棚に戻した。乱雑に。

本は、その日以前とは、すっかり、その“定位置”を変えてしまった。何が、何処にあるのか。書棚の前でうろうろしながら、目を上下左右に動かし、どうしても読みたい本を捜した。
その本は、茨木のり子の「倚りかからず」という詩集。

もはやできあいの思想には倚りかかりたくない 
もはやできあいの宗教には倚りかかりたくない
 もはやできあいの学問には倚りかかりたくない
 もはやいかなる権威にも倚りかかりたくない
 ながく生きて心底学んだのはそれぐらい
 じぶんの耳目じぶんの二本足のみで立っていてなに不都合のことやある
 倚りかかるとすればそれは椅子の背もたれだけ

その毅然とした生き方に、何度、こころの安定とあるべき姿を見て来たか。わずか10数行の詩は僕にとってのひとつの“バイブル”のようなものだった。

近づく3・11。その日を前に、またもこの詩に”没頭“している。

そして思う。「3・11」に最もふさわしい詩なのではないかと。

出来あいの思想。それを反原発運動とするならば、その思想には賛成だ。いや、声を大にしても言いたい。しかし、それが一種のイデオロギーとされ、ある種の人達の”運動“のお題目とされていることに反目する。

3・11。郡山の開成山球場で、反原発集会が予定されている。もちろん地元の市民運動団体が積極的に受け入れるものだろうが、基本的に東京からのバスツアー。バスの中で東京で積み込んだお弁当を食べて、市役所方面に向かってシュプレヒコールをあげ、拳を突き上げる。何の意味があるのだろう。運動のための運動、反対のための反対。

郡山や福島市はこの種の運動にもっとも相応しくないところ。そこがなぜ拠点なのか。郡山市民は、多くが、原発賛成、推進などとは思ってもいない。皆「被害者」なのだ。被害者に拳を突き付けてどうするのか。

福島県内でも、さまざまな集会がある。たとえば鎮魂を語り、たとえば復興を語る。
参加者たちは「倚りかかる」。

出来あいの宗教。震災直後は「無常感」をいい、それで、人の有り様を説こうとした宗教家たちも、底なし沼にような原発被害に対して、無常感という思想は無意味なものだと気づかせている。

いかなる学問。多くの科学者たちの言説にはもう飽き飽きしている。かれらの知見は、その多くが人心を惑わすだけのものでしかなかった。

いかなる権威。そう国家権力を権威とするならば、それは、全く機能せず、そればかりか、「被害」を拡散させているようにしか思えない。

そうなんだ。自分の耳目、自分の足で立つしかないのだ。肉体的にそれが可能である限りは。

倚りかかるとすれば、それは。4本の足で走り回っている「ゲンキ」を寝かせ、軽やかな寝息を立てているその小さな背中。
犬の背中はこんなにも安らかなのだと・・・。

そして、また思ってしまった。倚りかかりたくないもの。メディア・・・・。

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