2012年4月8日日曜日

東電とカネ。もう一言・・・。

東電だけでなく、他の電力会社についても言えることですが。原発立地地域。それは一部を地域を除いて、ほとんどが、貧しい、貧しかった「村」に作られています。

札ビラきって、札ビラで頬ひっぱたいて・・・。人間はなんたってカネには弱いのです。カネが欲しいのです。裕福な暮らしがしたいのです。メシが食えないような貧乏な暮らしや過酷な日々は厭なのです。

福島県双葉地方。貧しい土地でした。青森の六ケ所村周辺もそう。その他も・・・。

貧しさにつけ込むように立地を図る電力会社。それを地域振興にしようとする県知事や幹部。反対や懸念を示す住民にはカネ、カネ。

出稼ぎ、集団就職。減る一方の人口。原発マネーは町や村を潤してくれました。雇用創出。個人所得も大幅に増えました。町は活気にあふれ・・・。

簡単に言えばそういうことです。福島県民はおとなしい。もっと怒れと都会の人は言います。集団就職の子供たちを金の卵として迎え入れた都会。そこから生まれた電気を使いまくって成長し、繁栄した都会。日本の経済成長の原点は、田舎の寒村にあるのです。

原発事故。原発マネーで潤ったことを知っている人たちはあからさまに怒りをあらわせないのです。黙っているしかないのです。それがおカネの正体。

原発マネーとやらを貰っていた学者や専門家や企業。その人たちが、さまざま言い澱み、沈黙をしているのも、あるいは、「代弁」しているのも、お金の力なのです。

貧しい村に降って来たカネ。それを地元の人たちは、あえて「シャブ」と言います。“快楽”の麻薬を入れられてしまった。大まかな構図。

事故。電力会社はまたもやカネの力を使います。黙らせるには「カネが一番」。経験として知っているからです。

賠償金が支払われました。「シャブ」がまたもや打たれました。「俺たちはシャブ漬けになってしまった」。そう自嘲している人もたくさんいます。でも、わかっていても抜けられない・・・。
帰れるけど帰らない。そういった人たちがいるのも事実。あまり書きたくはなかったのですが。

線量は低くても、生活インフラが無くなっている。田圃は耕せない。家畜も飼えない。買い物するところも無い。原発がないから職場が無い・・・。
そうなんです。たしかにそうなんです。

「郡山は便利なところだ。病院もあるし、買い物もすぐ出来るしね」。郡山への移住を真剣に考えている人もかなりいるのです。線量は高いのに。

政治はこの現実には口を出せません。出しません。見て見ぬふりです。マスコミとて同じ。

「働きたいよ。働かないと俺はダメな人間になってしまう」。わかっているのです。彼らも。で、すごく悩んでいるのです。でも、シャブから抜けられない・・・。いつそのルートが切られるか。それを不安に思いながら。

高度経済成長の甘い蜜。日本人はそれを味わってしまいました。甘い蜜の味が忘れられないのです。経済的に豊かな生活を当然としてしまったのです。そこから抜け出せない。

原発再稼働を言う政治家たちに共通した感覚です。そして、それを是とする、当然とする国民もいる。エネルギー無しにどうやって成長が出来るんだ。そう信じ込んでいる。

経済成長を“理由”に原発再稼働を言う政治家。
電気代の値上げは権利だと言い放つ東電社長。
電気止めるぞと脅す政府の一員・・・。

「カネがあればすべてが買える。人の心だって」。ホリエモンが絶頂期にあった時代の“名言”。
その“思想”はまだ絶えていない。

年金暮らしの亭主。口座残高見比べながらの日々。疲れます。だから、買ってしまうのです。ドリームジャンボ宝くじを。決して当たりません。
「欲望という名の電車」。それには終着駅はないのかも。降りるタイミングをはずしてしまっているのかも。

きょうはキリスト教の「復活祭」。「平安」という言葉が行きかっていましたが・・。こころかき乱される日々にて。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...