月に一回の気の合う仲間が集まった日本酒の会。その席で普段は無口な画家がしゃべり始めた・・・。
彼の名は橋本広喜。版画家、墨彩画家である。描くのは福島の風景。もう何十年も県内各地を回り、その四季折々を描いてきている。数年前からは東北5県にも足を伸ばした。東北6県の風景を描き続けている。
最近、埼玉県の版画協会から講演を頼まれた。大震災と原発事故についての。
訥弁の彼は絵と写真を持ってその場に臨んだ。酒席での彼の話はその内容である。仲間にも聞いてもらいたいと言って。
福島県の地図に地名が書かれ、原発を起点に20キロ、30キロ、40キロ、60キロ・・・点線が示されている。
浜通りの海岸線中央にあるのが東京電力福島原子力発電所。
浜通りの北から、相馬・南相馬・富岡・広野・いわき・・・。すべて彼が行って描いたところ。そして今年、行ったところ。
3・11前に描いた絵と今のそこを描いた、あるいは写真にとっての比較。
例えば相馬市の松川浦。かつて彼が描いた絵には青々とした木々と漁場の風景がある。その絵を描いた場所の今の光景。瓦礫である。
そこに彼は記している。「日本百景のひとつに数えられる美しい潟湖で、春は潮干狩りでも賑わいます。この絵は、一番外側の防波堤のような道路から描いたものです。その道路は、津波で破壊されてしまいました」。
例えば・・・「浜通りを代表する桜の名所。福島県内では、いち早く開花し、桜祭りが行われます。町あげてのこのイベントには、毎年県内外から数万人が訪れます」。そうキャプションに書かれた桜のトンネル。そうです。富岡町の夜の森公園の桜。代わりに描かれたいる現在の風景。一枚の看板の絵。「※福島第一原子力発電所から4km。立ち入り禁止」。
いわき市波立海岸の沖の岩に行く橋。それが壊れている光景。豊間の灯台、みだれ髪の歌碑がある灯台。立ち入り禁止、付近の民家が流されたあとの光景。
そして白河の小峰城。以前崩れたままになっている石垣。“健在”だった頃と同じアングルから描いた絵・・・。
彼は、講演で長い言葉を必要としなかった。我々にとってもそう。亭主も往時のその場所のすべてを知っている。行って、見てきている・・・。
往時の風景と今の風景を対比した絵。それは、まさに絵による“物語”である。
メディアではない。市井の人それぞれが、その人が出来る形で、「記録」をしている。いや、「記録」せざるを得なかったということ。
夜の森公園の桜。桜のトンネル。原発から7キロくらいのところか。テレビの撮影が許された。テレビの映像がその美しさを見せる・・・。
地元の人は誰も見に行けない・・・。
2012年4月18日水曜日
“チェルノブイリ”異聞
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