2012年3月1日木曜日

3月、そして3・11へ

平成24年3月1日です。まもなく、11日を迎えます。あの日を。そう「3・11」を。
なぜか、昨日から、福島県沖や茨城県沖で、震度4の地震が起きています。

まさか「3・11」への準備でもしているように。

あの日を「3・11」という数字でくくることをよしとしない人も多くいます。たしかに、数字でくくるという事には抵抗感があります。
2万人近い死者と不明者、6万人以上の原発避難民。それを見て、聞いて知っている1億人の日本人、いや、世界の人々・・・。

反論あることを承知で、あえて「3・11」と言います。そこにはあらゆる意味やあらゆる事実を含めて、込めて。死者への鎮魂、生きながら苦しみ、悩む人たちへの思いも込めて。アメリカの同時多発テロ「9・11」とは、いささか違う意味でも。

原発事故を「フクシマ」、あるいは「FUKUSHIMA」と書くことに嫌悪感を抱かれる人も数多くいます。だけど、あえてフクシマというカタカナで語ります。
なぜなら。福島は単なる地名です。昔、誰かが名付けた地名であり、地図上の、行政区画としての呼び名、あるいは住所だから。カタカナにすることによって、数字で表現することによって、その数字の中に、カタカナの中に、僕は万感の思いを込めます。そして、そのわずか数文字には、数万人の、いや数10万人の“物語”があるという、悲しみがあるという、苦しみがあるという、悔しさがあるという、あらゆる事どもを含めているつもりです。

去年の3月1日の当店、からから亭。「あまりにも馬鹿馬鹿しい」というタイトルです。
女優の沢尻エリカをめぐる取り巻き芸能記者の馬鹿さ加減を嘆き、取材する側とされる側の、あまりにもの緊張感の無さに悪態をつき、大学センター試験の携帯電話使い、ヤフーへの質問で回答〝貰った“事件の馬鹿馬鹿しさを言い、混迷する国会の馬鹿馬鹿しさをあげつらっていました。国会・・・、そうです。総理大臣は菅直人という人でした。去年の今日も、去年のあの時も。

そして、最近のテレビのワイドショーの話題は、お笑い芸人女性の霊能者“幽閉”話し。
マンションを毎日囲む”報道陣“。
政治は・・・・。政局症候群にとりつかれ。馬鹿馬鹿しいです。去年と同じような“光景”。
さらには、電波塔が出来上がったことで、連日の大騒ぎ。

被災地ではきょう、高校の卒業式・・・。

そう、去年、たまたま総理大臣は菅直人だった。福島県知事は佐藤雄平だった。そう、たまたま。その人たちがその任にあったこと。
もしかしたら、それは歴史の必然だったのかもしれない。
我々が、必要以上の、いたしかたなく被る被害よりも、はるかに大きな被害者となるための。

去年の今日、10日後に来るあの大惨事の予兆はどこにもなかった。全てが「平和ボケ」そのものの日々だった・・・。

新聞は東日本大震災1年の特集を始めました。テレビも、3・11へ向けての特集や企画が始まるでしょう。

問題は、そこに、自らへの反省、検証も含まれるのかどうか。

目を凝らすつもりです。物理的に無理な場合もあるかもしれませんが。出来うる限り、それらを見届けたいと思っています。

そして、我々は「3・11」をどういう思いで、どういう考えで、どう迎えるのか。その“準備”に入っていかねばならないのかとも。

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