2016年12月31日土曜日

年の終わりと年の始まり

「大晦日、定め無き世の定めかな」。

井原西鶴の残した句です。諦念をも含んだようなこの句に惹かれるのです。

あと数時間で2016年が終わります。
終わると同時に2017年が始まるのです。

2016年、何があったか。いろいろなことがありました。おかしな日本語ですが「ありすぎました」。

どうもこの国の政治は「退化」への道を歩んできたようです。
政治家の発する「ことば」は、まったく意味を失い、なんらの価値すら見られませんでした。

世の中は、暴力的になり、格差は増大し、憎悪や排斥、差別がいたるところで散見されました。

ご承知のとおりです。

いささかの願いも込めて「寛容」という言葉も使われましたが、世の中から寛容と言う気持ちは失われる一方だったという気もします。

2017年、年が改まっても、何かが劇的に変わることはなさそうです。

2017年の干支は「丁酉」。ひのととり。上が下を剋するという相があるそうです。

政治が国民をより支配したがるという傾向もあるそうです。

そんな予感は確実に、現実になりそうです。

私事を言えば、とにかく病院とのお付き合いが多い年でした。前年からの連続ですが。
2017年も、どうやら病院とのお付き合いは続きます。

丁酉(ていゆう)という干支には、頭が働いても体がついていかない年だという謂れもあるそうです。

この干支占い、妙に的を射ているような気がします。

いや、頭も働かなくなっていくような予感すらあるのです。

年金暮らしの後期高齢者、日常生活の悩みも時折頭をもたげてきます。

まさに「定め無き世の定め」なのでしょう。

“きのう また かくてありけり
 きょうも また かくてありなん
この命なにをあくせく明日をのみ おもいわずらう・・・“

藤村の詩が沁みるのです。

2016年12月28日水曜日

「ライター」が作ったものなのであり・・・

安倍とオバマがそろってハワイでスピーチした。
ともに「平和を希求する」という思想のもとで。

双方ともに「美しい言葉」がちりばめられた、“感動的”でもあるスピーチだった。

彼らは「読み上げた」。書いたのはそれぞれが“抱える”スピーチライターだ。
彼らの「実語」ではない。

彼らの言葉に酔っている人たちがいるとすれば、それはライターの文章に酔っているのだ。

歌手のスマップが引退した。
スマップの歌に感動を貰い、励まされたと言う人はそれこそ星の数ほどいる。

でも、彼らの歌は、彼らは歌い手(上手いかどうかはともかく)であり、詩を書いた人は別人だ。

世界に一つだけの花・・・は槙原敬之だし、夜空ノムコウはスガシカオの作詞だ。
その詩が彼らのために、彼らの物として書かれたのであったとしてもだ。

ハワイのスピーチをテレビを通して見聞きし、そこにあった言葉の数々に「感想」を持った人も、それは「ライター」の文章に、ライターが彼らのために、彼らの言葉として書いたものに、ある人は感動し、ある人は批判しているに過ぎない。

安倍のスピーチを聞いていて、まず浮かんだのは「沖縄」だ。
“”この地で命を落とした人々の御霊に、ここから始まった戦いが奪った、すべての勇者たちの命に、戦争の犠牲となった、数知れぬ、無辜の民の魂に・・・“。まずは沖縄に向けて語られる言葉ではないか。

沖縄の米軍基地。それがあることゆえのこの国の終わらぬ戦後。なぜ、沖縄で語らぬのか。なぜ沖縄を語らぬのか。

”戦争の惨禍は、二度と、繰り返してはならない“。
しかし、実態はこの国は再び戦争の惨禍をつくりだそうとしてはいないか。

“戦い合った敵であっても、敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。
そこにあるのは、アメリカ国民の、寛容の心です”。

年末恒例のベートーベンの第九。その端緒を開いたのは坂東俘虜収容所の松江豊寿所長だ。薩長によって朝敵とされた会津藩士、斗南藩で辛酸をなめた父を持つ人。
松江豊寿は「寛容の心」をもってドイツ人捕虜に接したのだ。
第九の演奏を許したのだ。


“”戦争が終わり、日本が、見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいた時、食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは、米国であり、アメリカ国民でありました。
皆さんが送ってくれたセーターで、ミルクで、日本人は、未来へと、命をつなぐことができました“。

終戦直後のあの飢餓と貧困。それを救ってくれたのは進駐軍ではない。セーターももらった覚えは無い。

毎日、サツマイモを食べさせられていた。セーターは親や祖母の物を編み直したものだった。それは戦後しばらくしてからだ。

進駐軍の物で、「命をつないだ」記憶はさなきだに無い。

米兵がやったことは単に「関心をかう」という行為であり、アメリカの国策とはにわかに承服しがたい。

脱脂粉乳のミルクはたしかに給食にでた。DDTを頭から撒かれた・・・。


ハワイにいる安倍の念頭には、あの戦争で犠牲になった日本人のことは無いのかもしれない。

“寛容のこころがもたらした和解の力”というくだりもあった。
なぜ、沖縄に寛容の心をもって接し、沖縄県民と和解の努力をしないのか。

そう、僕は極東の小さな島国の、島国根性の抜けない一人なのかもしれない。
「日米同盟」というおざなりの、おもねるような言辞にはいつも不快感を覚える。

でも、待てよ。これらの言葉は「スピーチライター」がまさに“おもねる”ことを意識して書いた文章なのだ。と思えばいい。
安倍は単にそれを読んだに過ぎないのだ。と、思えばいい。

「ゴーストライター」、いっとき流行った言葉だ。ゴーストには“幽霊”という意味もある。

2016年12月20日火曜日

嗤説「平成の決闘巌流島」

先般の安倍・プーチン会談なるもの。プーチンが“遅刻する”との報道を聞き、咄嗟に思い浮かんだのが、あの歴史小説にある武蔵と小次郎の巌流島の決闘のも・の・が・た・り。

決戦に遅れた、いや、わざと遅れた、心理戦に持ち込んだ武蔵。おお、プーチンがだぶる。
じりじりしながら集中力を切らさないようにしていた小次郎。おお、安倍が重なる。

場所は山側と海岸とは違うものの、同じ山口県。

ま、この時点で「会談」の結果は見えていたようなものだ。
勝敗に例えれば、プーチンの勝ち、安倍の負け。
会談実現が報じられた頃は、北方領土返還にいささか糸口が付くのではないかと言う期待感もあったにはあったが、だんだんそれもトーンダウン。

試合の結果は、検分役の見込み違いもあっただろうが、背負い投げ一本を取られた格好なり。

日本の武道が趣味だというプーチン。厳流島の故事も知っていたのかも。

プーチンが遅れた理由は「シリア問題に対処していたため」と外務省から説明があった。
アサド政権側に加担し、“無差別爆撃”で、子供までもが巻き込まれるシリア、アレッポ。

“人道的見地”から南スーダンに“派兵した安倍政権。

「シリアの内乱回避」「シリア和平に日本が貢献できることは」「難民保護は」。
“シリア”が遅刻したことの理由なら、そう切り返すくらいの度量と見識を持つべきなのに。

今をさかのぼること40年ほど前、田中・ブレジネフ会談というのがあった。
ソ連の招待による日ソ首脳会談。
会談を終えた田中の顔は紅潮していた。北方領土をめぐり「のらりくらり」の言辞を弄するブレジネフの対して、テーブルを叩いて、まさに膝詰談判をしたという。
「俺が何のために来たのかわかっているのか」と詰め寄ったという。
ブレジネフが降りた。

特別機がまさに飛び立つ数時間前に出された共同声明。そこには「日ソ両国には戦後未解決の問題がある」と明記されていた。未解決の問題とは北方領土。

この声明は”たなざらし“にされてしまったようだが。

何故、今、田中角栄か。角栄本が売れている理由の一つには、こんなこともあるのかもしれない。

角栄は「今太閤」と呼ばれたものの、栄華は続かなかったが・・・。


武蔵の書いた兵法書「五輪の書」。読み解くのは難解だ。
その中で、「何れの道においても人にまけざる所をしりて、身をたすけ、名をたすくる所、是兵法の道なり」と書いている。これとても難解だが。


外交交渉には、首脳会談には、おおむね「おみやげ」がつきものだ。物ではない。“得点”になる内容だ。

プーチンは土産を持参しなかった。領土の領の字も持ってこなかった。
安倍は「経済協力」と言う名のお土産を持たして帰した。

ロシアに北方領土を返還する意志はない。北朝鮮は拉致被害者を返す気はない。
なのに、わかりきっているのに安倍の襟にはいつもあのお飾りとしてのブルーリボンバッチ。

そして、ロシア再訪の機も伺っているとも聞く。

この人、いったい何をしたいのだろう。自分が目立っていたいだけか。
どこかには平成の五輪の書、兵法本があるはずだが。

「五輪」とはオリンピックということに如かず、なのかも。

この御仁といつまでお付き合いしなければならないのか。

2016年12月13日火曜日

歳の瀬に想うこと


歳月人を待たず・・・なんてことを言われるが、歳の瀬は、年末の日々は足早に過ぎて行くようだ。
その速さの中で、何を心にとどめておくか、それが問題なのだとも思う。

12月、あの8日があり、11日も当然あった。
真珠湾攻撃、奇襲。1941年12月8日(日本時間)。
「大本営発表、我が帝国陸海軍は米英と戦闘状態に入れり」。

宣戦布告と戦闘状態との時間差は・・・。奇襲攻撃といわれる所以。

日米開戦を阻止しようとした日本人、朝河貫一を思い、寺崎英成を思う。

僕は「あの時」すでにこの世に生を受けていた。

今、12月8日は何の日だ、と問われて真珠湾攻撃があった日。開戦の日だと即答できる人は少なくなった。
「忘れてはならない日」を無意識に「忘れている」ということ。

11日、ある集まりに出向いた。「一言挨拶を」と言われ、「今日は何の日ですか」と会場の人に問いかけてみた。
無言だった。

あれから5年9ヶ月ですよと言う。やっとそこで納得したような、はっとしたような声が会場を支配した。

瞬時にして多くの死者を出した日。
僕の知り合いはその「死者」の中には含まれてはいない。
しかし、そこに数の問題では無く、多くの死者がいたということを忘れてはいない。

死者の問題だけではない。福島にあった出来事。
「変わる」と言って「変わらない」ことを選択した「我らがニッポン」。

人は2度死ぬという。
命が断たれた時が一回目の死。そして忘れられた時が2度目の死。

日本は死ぬべきなのか、死なざるべきなのか。

歳末の慌ただしさは、人から「考える時間」をも奪うのだろうか。

考える、ということを考えましたか。むのたけじの言葉が胸に刺さる。

先頃来日したウクライナのノーベル文学賞受賞作家、スベトラーナ・アレクシェービッチはこんな事を言い残して行った。

「私が福島で目にしたのは、日本社会に“抵抗”がないということです。
人々が団結して国に対して、自分たちの悲劇を尊敬すべきだという形での”抵抗“が日本の社会にはない。”抵抗の文化“がないのです。

この言葉の持つ意味を考えている。

そして、「時代を追うこと、それは人間を追うことです」と言った作家としての言葉も。

幾つかの言葉を携えてこれから「塾」に向かう。
「言葉を友達に持とう」という寺山修司をも懐かしみながら。

歳の瀬に想うこと。何本か書いてみるつもりだ。

2016年12月4日日曜日

「壊れる」ということ

投稿すっかりご無沙汰でした。
なぜか。サーバーが壊れた、サーバーというよりドメイン会社が不具合を起こした、それに気づかなかった。ということのようです。

ようやく“復活”。気をとりなおしてそこはかとなく書いていきます。

今回の“事故”であらためて痛感したこと。それは「機械は壊れる」という自明の理。
いつの頃からか、ネットがパソコンが世の中を「支配」するようになってから、それに依存しているか、いないかはともかく、その「機械」のお世話になってきた。

「機械」を操る力量は僕には無い。壊れたらお手上げなのだ。
そのことだけが気になり、ストレスが溜まる。
他人任せで直るのをひたすら待つのみなのだ。

皮肉ぽく言えば、壊れるということは経済成長を、経済活動を支えているということかもしれない。

それこそパソコンも数年が寿命だと言われている。スマホ・携帯だって2~3年で電池消耗、買い替えを余儀なくされる。

家電製品だって、音響製品だって、いや、車だって「壊れる」ことを前提に作られているような。

日本語が壊れていく。
「新語・流行語大賞」なるものがその一つの例だ。

言葉が壊れていくと言うことは・・・。

寺山修司が言っていた。
「言葉を友達に持ちたい」と。
「確かに言葉の肩を叩くことは出来ない、言葉と握手することも出来ない。
 だが、言葉には言いようのない旧友の懐かしさがあるものだ」とも。
言葉が壊れる。言葉が劣化する。
だから人の心も劣化する。
そして、政治は劣化を加速させている。

政治の中の言葉の劣化も甚だしい。

劣化を止める手立てはありやなしや。

経年劣化という言葉がある。
全てのことに当てはまるのかもしれない。

原発事故だってその一因に劣化なる事象があったのではないか。いや、あったはず。
政治の劣化はついに「賭博」行為にまで及んでいる。

総合リゾートなる美名に隠れたバクチを国家が容認するということ。

誰が国の“運営”する「バクチ」に手を出すのか。
他国の富裕層か。国内の富裕層か。
貧乏人には無縁の観光立地政策だ。

バクチで儲けた人はいない。胴元が儲けるようにあらゆる仕組みが出来ている。

儲かった胴元は、それを「国富」に充てるのか。カジノが日本の経済に寄与出来るのか。
「経済効果」という幻の”言葉“だけが残るような気がする。
儲けはタックスヘイブン地域に密かに隠されるのが関の山だ。

国の劣化に“付き合う”きはないが、人間誰しも年を取ると、そこには「劣化」が待っている。
身体が「壊れていく」感覚をひしひしと覚える。

なんか「ひとくくり」にしたような愚痴三昧なのでありました。

2016年11月22日火曜日

やはり「原発」を想起して・・・

今日も一日がかりの病院。待合室のテレビは朝方の地震、津波の続報。
どうしても「3・11」が思い起こされる。
医師や看護婦との会話もそのことに集中し。

それにしても今朝はびっくり。いきなりの揺れと携帯電話のあの緊急地震速報の大きな音。

被害は・・・。本数冊の落下と睡眠不足。漆喰の壁からの無数の白い粉の落下。

それにしてもだ。
階下に降りて付けたテレビ。アナウンサーの悲鳴に近いような喋り。画面に映る「逃げろ」「避難」の文字。

やがて津波を警戒して避難する車の大渋滞の映像。

致し方ないし、早めの呼びかけ、注意喚起は、3・11で学んだ対策なんだろうが、あの携帯の音と、テレビでの”呼びかけ“は、時として人を余計パニックに陥れる作用を働かしていないのか。
という偏屈老人の一つの独断的思い。

そして、携帯、スマホに、現れる「皆さん大丈夫ですか」の投稿。大丈夫ですかって聞かれても大丈夫じゃないと返答したら助けにでも来てくれるのか。という根性曲りの咄嗟の思い。

たまさか出かける前に目を通した新聞にあった言葉。
「大丈夫?」ときかれて「大丈夫」と答えられるのは「本当は大丈夫じゃない」ってことかもね。」ぎりぎりのところで踏ん張っている時、大丈夫と優しい声をかけられると堰が一挙にくずれてしまう。だから大丈夫と返すのが身を保つギリギリの線だという解説。

この誰しもが全くの悪意も無く使う「大丈夫」という言葉にはかねてから疑問満載なのです。

数日前、あるところで話をしてきたばかり。「丈夫」の謂れを交えながら。
「丈夫は棺を覆いてのち事定まる」という晋書のことからはじまって。

災害時、どういう言葉を発するのか、投げかけるのか。単に「心配してますよ」という意味にだけにとどまらず。

それにしても、やはり地震ともに去来するのはやはり、どうしても原発の事。
2Fの3号機で冷却装置が一時ストップしたというまことにお粗末限りない事態。

装置ストップ、即、回線切り替えで、それが自家発電装置であろうとなかろうと、「不安」を与えてはならないのだ。
装置の老朽化ともいわれていると言う。

とにかく、何べんも言う。

地震大国日本には原発はまったく相応しくないものだ。
エネルギー事情がどうのこうのという問題以前なのだ。

さっきパニックと書いたが、原発の異常は多くの人をパニックにさせ、正常な判断能力を失わせる。そこから、時としてデマが流され始めるのだ。
特に「当時者足り得ない」人達から。

車による避難計画、避難場所、再考すべきことはまたもや多々見えてきた。

つまらないことで笑う。スタジオでヘルメット被って喋っているアナウンサー。たしかに照明器具の落下が懸念されるなら、たとえば途中で落下を止めるネットでも張ればいい。
なんだか見苦しい習慣。台風時に表で実況している不様さとも相通じる。見たいのはそんな飛ばされそうなレポート風景では無い。実相なのだ。悲鳴を聞きたくはない。

海外にいる安倍は早速「対策を指示した」と自慢顔で言う。彼が指示しないと対策は出来ないのか。そんな“ぼんくら閣僚”を集めているということか。
後事を託せない部下をもっているということの証左じゃないか。

なんか、3・11で政治家は何も、結局は学んでいなかったな。ということ。
ヘリで1Fに飛んだという意味なき事を喧伝した当時の政権も含めて。

地震期に入っている。日本も地球も。いつ、どこで起きてもおかしくない。
だったら、そう思ってもらえるなら「原発再稼働」なんて愚挙は国策で止めようよ。
当たり前のことだと思うのだけど。

2016年11月20日日曜日

「トランプ」カードのこと

コントラクト・ブリッジというトランプカードを使ったゲームに熱中していた時がある。4人で遊ぶいささか“知的”な遊び。

使われるトランプはなぜか「バイスクル」という名の、ケースが青と赤の二つのカード。何故二組か。一組を配っている時に相手方が次に備えて「シャッフル」しておくためだ。

信頼するのは対面にいる味方だけ。決められた用語以外は使えない。両サイドは敵。味方の手の中にあるカードを「用語」で探り、結果を出すというゲーム。

もうほとんど覚えていないが。そのやり方やルールは。

覚えている用語の一つに「ノー・トランプ」と言うのがあった。あまりいいカードは持っていないという意味だったか。

安倍と次期アメリカ大統領が「内容不明」の会談をした。
信頼関係を構築したという。
そこでこのブリッジにあった言葉を思い出したという次第。

信頼するのは対面にいる相方だけ。だけどあの二人は並んで座っていたな。と。

ブリッジゲームに長けている人が、その遊びをもじって日米関係を読み取ってくれれば面白いのにな。なんて思ったりして。

バイスクルとは二輪の自転車のことだ。
なるほど。カードゲームに使うカードは二輪の自転車なのだ。

トランプ次期大統領と安倍との二人三脚ってことかな。

トランプカードの中にはジョーカーという絵柄通りの切り札、道化師のカードがある。

ばば抜きという遊びではジョーカーは「ばば」。なんで「ばば」と呼ばれるのか知らないが。
「ばば抜き」という遊びではジョーカーを最後につかまされた人は「ばばを引かされた」と悔しがる。

アメリカのトランプ氏は日本にとって切り札の「カード」なのか。
何にでも使える最強のカードなのか。
それとも、持ちたくないカードなのか。

そう言えば、昔、日本で花札やトランプカードを作っていたのは任天堂という会社。
いまやすっかり「ポケモンGO」で有名になった会社。今、株価が上がっていると聞く。ポケモン現象が世界を席捲している。

トランプ現象も席捲するのだろうか。

どうも「トランプ」と聞くと、すぐ「ゲーム」が浮かぶのは何でだろう。

なんとなく思い出して来た。このゲームで一番強い手は「エスタブリッシュ」という並びだったんではなかったかなとも。

ばかばかしい限りの、久々投稿の「お遊び話」にて。

2016年11月10日木曜日

何があっても「日米同盟」の“深化”

アメリカ大統領を選んだのはアメリカ国民だ。
安倍首相を選んだのも日本国民だ。選出に至る制度は彼我にいささかの異なりはあるものの。

あれほど「いぎたない」言葉で相手側を誹謗し、ま、それはクリントンだって同じようなものだったけれど、その言辞の一つ一つに歓声を上げていたアメリカ国民。

大いなる“嫌悪感”を持って見て来た大統領選。

勝ったトランプはいきなり「紳士」に変貌した。勝まではトランプの中にあるジョーカーであり、勝ったらA(エース)からK(キング)までの普通のカードだということかい。

日本の識者と称する人たちは言う。
「選挙ではよくある話だ。関心を買うために選挙中は激しいことを言うが、終われば普通の人になる」と。

そうだろうか。

その人が発する言葉には、すべてその人の本質が表れているのではないだろうか。
いきなり発せられる「綺麗ごと」の言葉は、以前の言葉が過激だった分、いいことを言っていると映るのではないか。

だとすれば、トランプの演説のスピーチライターは大したもんだ。

トランプは日本の安全保障政策にはっきり異論を唱えていた。自分の国は自分で守れ。金儲けしているくせにと。米軍基地は引き上げるというようなことまで言った。

ある意味日本はトランプに”喧嘩“を売られたようなものだ。

日本政府はTPP推進、トランプはTPP反対。
何のために誰のために野党欠席の本会議で可決させたのか。

安倍自民の「政治感覚」を疑うしかない。すくなくともこの事に関してはトランプが考えを転換しない限り日米同盟の深化はないはず。
にもかかわらず、「日米同盟の深化」をなんとかの一つ覚えのように言い募る安倍。


フランスやドイツの首脳は危機感をはっきり表明した。
ロシアや中国はトランプを歓迎した。

西側といわれる国々の秩序は“崩壊”の危機にさらされるのかもしれない。

それにしても、安倍とトランプには類似性を感じてしまう。
トランプは言った。「偉大なるアメリカを取り戻す」と。
安倍もよく言っていた。「日本を取り戻す」と。

選挙の前に言っていた公約をいともたやすく180度転換させる。TPPをめぐる安倍自民の政策だ。
今はまだ“理念”だけだが、トランプだって正反対のことを言い出さないとは限らない。

トランプは父親に常に言われていたそうだ。「お前はキングだ」と「キングになれ」と。
安倍も祖父にそういう薫陶を受けていたかもしれないことは容易に想像出来る。

会って話をすれば意気投合するのかもしれない。ドナルドとシンゾウは。
いかにしてトランプに接近するか。それを模索中の安倍政権。
ルートを間違えば、「深化」どころか「退化」だってありうるし。


来年1月の就任式までアメリカは混乱の中にあることは必定だ。アメリカは一つだとドナルドは言うが、一つになれるわけがないだろう。
トランプが勝ったのは投票率が低かった、黒人やヒスパニック系が投票所に足を運ばなかったからだとも言われる。

ならば、トランプ政権を誕生させたのはアメリカ国民自身なのだ。
安倍長期政権を誕生させたのも日本人がそれを選択したからだ。日本だって国会議員の選挙の投票率は低すぎる。

投票率の高低は選挙結果を左右する。常識中の常識だ。

政治にも外交にも常に「裏」がある。裏を知ることは叶わないから、表に出された、表面的なことだけで書いてみた。

いつの世でも「実相」は知見不可能なことが多い。それを百も承知の上で。

2016年11月9日水曜日

歪んだ国

アメリカの大統領選、トランプが勝った。
トランプが指導者となるアメリカ。

何が語られ何が行われるのか。
アメリカは更なる「混沌の国」になる。

トランプに票を入れたのはほとんどが「白人」だった。
ヒラリーに入れたのは多くが黒人やヒスパニック。

これからアメリカは何処へ向かうのだろうか。

選挙戦、メディアが双方の主張を詳細には伝えていなかったが、概ね、汚い言葉での悪口の応酬。
アメリカはいつのまにか歪んだ国になってしまったような気がしていたが。

日本の政治に“トランプ”はどんな影響を与えるのか。
すでに大幅株安が始まっている。世界同時株安だってあり得る。

リーマンショックならぬトランプショックだってあり得るのかも。

安倍とトランプを同類と見るのか異質の人とみるのか。

「力の政治」という点では同類なのかも。TPPでは相反する立場のようだし。
アメリカの”混沌“が日本にも及ぶは必定だろう。

で、卑近なこととしてあったこの国の在り方を振り返る。

TPP強行採決、安倍は“強行採決なんて50年考えたことない”と言っていた。意味不明だ。
何回強行採決を見て来たことか。大方は筋書通りの。

この国の政治は、まつりごとは、誰のために行われているのか。
さっぱり“わからない”時がある。

時々マスコミ人の思考がわからなくなる時がある。
誰のために何のために存在しているのかわからなくなる時がある。

意味のわからないカタカナ語が、それも簡略化されて巷に溢れている。
言葉がコトバですらなくなってしまったような、単なる記号化された文字としか思えないことがしばしばだ。

小野薬品工業が開発した癌の新薬「オプジーボ」、それを「使用」しようと思えば一人年間3千500万円が必要だと言う。
製薬会社は最高の利益を出しているという。
大金持ちはカネで病気が治せる。命を買えると言うことか。
貧乏人は、いや、普通の暮らしをしている人にとっては「そこにある無縁の物」だ。

さすがに愚鈍な国もこの薬の値段を下げるように働きかけていると言う。

このことが書かれた新聞記事の結びにはこうあった。
「引き下げは、製薬会社から訴訟を起こされるリスクがある。新薬開発の成功率は3万分の1とも言われ、10年前後の時間と数百億円超の費用がかかる。企業の開発意欲が低下し、効果的な薬が登場しなくなれば、患者にとっても不利益となる。」

この記事をどう理解すればいいのだろう。
「3千5百万円の薬が登場しなければ患者にとって不利益となる」というくだりを。

新薬開発、望ましいことだ。不治の病が治せると言うことは、大いなる科学技術の進歩だ。

しかし、進歩の恩恵は限られた人しか受けられない。科学技術の進歩による恩恵は万人が受容出来るものでないと、”無意味“だとも思うのだが。
新薬開発にかかわる莫大な費用、それを国がまかなうということにはならないのだろうか。そうすれば”価格“は下がるはず。

全ての事が「企業内」のことに収れんされていく。

電通に見る残業問題もそうだ。それは社会的問題であるはずなのに。

原発問題、原発事故の後処理。それだって「東電」一社の問題では無い。福島だけの問題では無い。

事故から5年半以上。大きな「社会問題」として捉え、考えねばならない時期に来ていると言うのに。

責任のなすり合いが慣行化しているような。

トランプは日本の原子力政策についてなにか言うのだろうか。

トランプ流に言えば「石棺」方式だ。トランプ流に言えば「被災者は福島県内に閉じ込めよ」ということになるのか。

“冬”が急速に迫っている。

2016年11月3日木曜日

「メシを食おうぜ」

明日の新聞やテレビで報道されるであろうから、今日書いておく。

親しい人、恩義のある人が突然亡くなった。
茫然自失の想いである。
久しぶりに泣いた。

突然の死だ。虚血性脳血管。外出先での出来事。

その人は戦後の映画界を席捲し、テレビ界をも席捲した。名前を出せば誰でも知っている男だ。

彼には世話になった。恩義を忘れてはならないほどの。
もう30年も前か。「肺がん」と郡山の病院で診断され、ちと難儀な部位に癌があったらしく、東京の病院へ行ってほしいと言われた。
病院の手配を彼に依頼した。
即刻返答があり「慶応病院を手配した。すぐ上京しろ」とのこと。
東京駅に着くと彼が車で迎えに来てくれた。

「あすから入院だ。メシ食いに行こう」。店の名前は忘れたが肉料理で有名な赤坂の料亭だった。

東京の自宅に送ってもらい、翌朝入院した。

彼は毎日のように見舞いにきてくれた。ウエストのシュークリーム50個、マイセンのサンドウイッチ、おはぎ・・・。

ナースステーションの分も。病院は「患者さんからのものは受け取れません」という。彼は言う。「男の気持ちがわからないのか」と。看護婦は受け取ってくれた。

入院経験の無い僕にとっては、その仕組みがよくわからなかった。
入院時には「預託金」をおさめることになっていたらしい。
彼は30万円を払っていてくれていた。後から知った話だが。

ある日見舞金を置いていった。中には50万円が入っていた。

比較的長期にわたった入院。退院してすぐ彼の会社にお礼に行った。見舞金を上乗せして。

直ったか。よかったな。メシ食いに行こう。

「飯食いに行こう」が彼の口癖だった。必ず実行する約束。

「そんな金は受け取れない。お前に渡したものだから」
「いや、そうじゃなくて奥様に何か・・・」
「わかった。受け取る」

そして彼は煙草を差し出した。「吸え」と。
「いや、肺がんだったからやめた」というと「もう治ったんだろ、吸えよ」とたたみ掛けている。「俺の煙草が吸えないのかよ」。

彼独特の“良かったな、嬉しいよ”という感情の表現の仕方だった。不器用な生き方しか出来なかった人だったのだ。

友情を感じて吸った。

その後、時々、ロケを兼ねて福島にも来た。薬草風呂に行った。皮膚の柔らかいところが痛んだ。彼は、真剣な表情で、そこにお湯をかけ流し続けてくれていた。

時々電話が掛かって来たいた。「東京に出てこいよ。メシ食おう」と。
3・11後も心配して電話をかけてきてくれていた。

彼は事情があって会社を退陣した。

去年の正月、年始の挨拶を兼ねて彼に電話した。近況を話し合った。
「出てこいよ、メシ食おう」。

夏、僕は脳梗塞を患った。上京は難しくなった。電話で無沙汰を詫びた。

いくら彼との事を書いてもきりがない。

昨日近親者での葬儀が終わったという。
あらためて墓に参るしか彼に礼をいい、”別れ“を実感する方途はない。

男の生き方には毀誉褒貶が付き物だ。

彼の豪放磊落な生き方。真似を出来ることでは全くないが、「教わったこと」は多々ある。

「飯食おう」。それは、彼の親しみを現す言動と行動だったのだ。

彼が男として惚れ込んだ、有名な俳優の歌でも今夜は静かに歌ってみる・・・。

ロケ現場で、彼はスタッフと同じ飯を食っていた。特別扱いを拒否していた。

同じ釜の飯を食う。飯を食った仲。そんな言葉をしみじみと考える。

2016年11月1日火曜日

「兵士供給地」としての東北

戦闘状態と言おうが、衝突と言い換えようが、そこが「戦場」であることには間違いない。

指呼の間に迫った新たな「派遣部隊」。その主軸は青森にある陸上自衛隊第9師団第5普通科連隊だ。第9師団には青森だけではなく、岩手など東北の自衛隊員も含まれている。

それは、たまたま、「派遣」の順番が青森に回ってきたということなのか。

すでに北海道からも行っているはずだし。

少なくとも、駆け付け警護なることも含めて、新たな任務、新たな“戦闘準備”をして南スーダンに派遣される自衛隊は第9師団が初めてだ。

いささか薄れた記憶だが、あの戦史に残る「203高地」の事件。最後まで死守しようと戦ったのは福島の富岡出身の兵士だと聞いている。

「東北人は我慢強いから」がその”理由“だったとも聞いている。

一銭五厘の手紙、赤紙。それで召集されていった兵士たち。

今の自衛隊員は召集令状で集められた人たちではないだろうが。

大袈裟に考えているのか、僻みでとらえているのか、そういう訳では決して無いが、「国策」に東北人は翻弄されて来たのではないかとも思っている。

なぜか、それは明治維新にあった薩長による「東北処分」「東北仕置」に思えてならない時がある。

もう20年以上も前か。かつての職場の番組審議委員長を郡山農協の会長が務めていた。
課題番組は「戦争」にかかわる番組だった。いや、当時のニュースステーションだったかもしれない。

番組内容について議論が進んで行く中、その委員長は突然大声で机を叩きこう言った。

「君たちは一銭五厘の赤紙一枚で戦地に行った我々を侮辱するのか」と。そう、その委員長は戦争経験者だった。

その番組は決して兵士をバカにしたものでは無かった。でも、彼の怒りをかった。
その人の名前は「甲子郎」、大正13年生まれのはずだ。

その時、自分の中で思ったのは「もっと戦争の”実相“を勉強しなければ」という思いだった。


暮らしの手帳の編集長だった花森安治が書いている。
「見よ、僕ら一銭五厘の旗」。一部を抜粋する。

“軍隊というところは ものごとをおそろしく はっきりさせるところだ
星一つの二等兵のころ 教育掛りの軍曹が 突如として どなった
貴様らの代りは 一銭五厘で来る軍馬は そうはいかんぞ
聞いたとたん あっ気にとられた しばらくして むらむらと腹が立った
そのころ 葉書は一銭五厘だった 兵隊は 一銭五厘の葉書で いくらでも
召集できる という意味だった

そうか ぼくらは一銭五厘か そうだったのか

そういえば どなっている軍曹も 一銭
五厘なのだ 一銭五厘が 一銭五厘を
どなったり なぐったりしている
もちろん この一銭五厘は この軍曹の発明ではない
軍隊というところは 北海道の部隊も、鹿児島の部隊も おなじ冗談を おなじアクセントで 言い合っているところだ
星二つの一等兵になって前線へ送りださ
れたら 着いたその日に 聞かされたのが きさまら一銭五厘 だった
陸軍病院へ入ったら こんどは各国おくになまりの一銭五厘を聞かされた
 
満洲事変 支那事変 大東亜戦争
貴様らの代りは 一銭五厘で来るぞ とどなられながら 一銭五厘は戦場をくたくたになって歩いた へとへとになって眠った
一銭五厘は 死んだ
一銭五厘は けがをした 片わになった
一銭五厘を べつの名で言ってみようか

「庶民」

ぼくらだ 君らだ・・・“


平成28年、郵便切手82円の時代。一銭五厘はいくらに“換算”出来るのだろうか。綺麗ごとを言うようだが、人の命はカネに変えられない。しかし、自分たちの命を「一銭五厘」という“価値”で呼ばれていた時代があったということ。

2016年10月30日日曜日

「唯一の被爆国・唯一の被ばく県」の中で考える

日本は世界で唯一の被爆国である。しかも二つの都市に原爆を投下され、多くの市民が死亡し、今なお、被爆の影響下で苦しんでいる人たちがいる国である。

核兵器使用反対、核兵器根絶を言える“権利”を持っている唯一の国である。

しかし、その被害者であった国が核兵器禁止に関して、国際社会で「曖昧」な態度をとり続けている。

単純に言えば、アメリカを中心とした、「パワーバランス」の枠の中に組み込まれ、「禁止」への積極的意志が感じられないのがこの国なのだ。

国連の委員会で「核兵器禁止条約について来年から各国が協議する」という決議に日本は反対した。

決議は賛成123カ国、反対38カ国で採択された。この数字の結果だけではまだ国際社会は健全なのだ。

しかし、それが、その“意図”が何であれ、核兵器禁止に向かおうとする動きに日本はなぜ反対するのか。
原爆投下国であるアメリカと歩調を合わせて。

そこには「外交の独自性」は存在しない。
日米同盟の名のもとに、アメリカ追随外交を続けている国としか映らない。

核兵器に関しては、被爆国でありながら、その反対運動をしてきた組織、原水協と原水禁に分裂した過去の「負の反対運動」の歴史がある。

単純に言ってしまえば、共産党と社会党の”路線対立“に組み込まれてしまったということだ。

今は違うはずだ。「被団協」という被爆者とNGOが作った団体があるだけだ。

被団協は「決議」が採択されたことを歓迎するとともに、アメリカ追随外交を臆面もなくやってのける日本政府に怒りの声をあげた。抗議文も政府に送ったという。

核を持つ国に追随するだけで、独自のきちんとした意見はないのか。立場は無いのか。

原発についてもそうだ。影響は国全般に及んでいるはずなのに、唯一の被ばく県「福島」は、原発に関して、明確な態度を示していない。
日本政府に「追随している」ようにしか見えない。

まだ10万の人が避難している。子供の甲状腺がんについてはまだまだ何十年も先まで、その影響が懸念されているというのに。

この国は何をめざし、どこへ向かおうとしているのか。さっぱりわからないのだ。いかに「外交テクニック」が必要な事だとはいえ。

わかりやすい政治、わかりやすい外交、わかりやすい東電との交渉、わかりやすい政府との交渉。

もろもろ“複雑さ”が増す中にあって、「わかりやすさ」が一番求められている時代ではないのか。

論語に「よらしむべし しらしむべからず」と読み下される一章がある。

“為政者は人民を施政に従わせればよいのであり、その道理を人民にわからせる必要はない”

大方の解釈だ。でも違うと思う。孔子の思想からすれば。

「人民に知ってもらう、わかってもらうことは難しい。だからわかってもらえる努力を為政者はしなければならない」と読み解くべきだと。

得てしてエリート官僚は、事を難しくし、自分たちの「優位性」を確保しようとする。

今年の「ヒロシマ」は何だったのか。オバマも、そしてもちろん安倍も。安倍は広島の空の下で、全国民、全世界に向けて“核廃絶”を読んでいたと記憶しているのだが。

なんかうすら寒い予感さえしてくる。

原発で生じた多くの核物質。それらを再利用してこの国は“核保有国”、核兵器を持とうとしているのではないかと。抑止力と言う名のもとに。
非核三原則すら国会で言うのをためらった人なのだから。

亡くなられた三笠宮のことを、遅まきながらもうちょっと勉強してみようとも思う。
戦争のこと、皇室の在り方の事。宮の発言や書かれたことを知っていた人は多いみたいだ。それがなぜ生前に話題とされずにきたのか。

何故、メディアや識者がそのことを、それらの事を「発信」しなかったのか。

そんな今のこの国の「空気」に抗う意味でも。

ハロウィンの仮面、仮装の中に隠されているような”素顔“を確かめる意味でも。

仮面で装う人間社会。山に装いをもたらす秋の紅葉の季節。自然の為せるわざ。

自然と核とはどう考えても「同化」するわけもなく。

2016年10月26日水曜日

この国は“原発後進国”なのかもしれない

あの小国台湾が「原発」から脱却することを決めた。
その他の小国にも、それはリトアニアだったか、原発から撤退することを決めた国もある。

台湾が原発脱却を決めたのは、あの「3・11」での日本の状況を見て、原発の存在を考えて出した結論だ。あの災害に学んだのだ。

台湾は「3・11」時にいち早く我が国に対して支援、援助を行ってくれた国だ。

近代史の中では台湾と日本の間には、さまざま「軋轢」もあった。
田中角栄が成し遂げた日中国交回復。それの“犠牲”になったのは台湾。

しかし、今は台湾と日本は文字通り「一衣帯水」の間柄になっていると思う。

とにかく台湾と言う国は、今の台湾の政権は、日本に学んで原発を止めることにした。
台湾が学んでなぜ当事者の国が学べないのか。摩訶不思議なことなのだ。

新潟県は新潟市民は福島に学んだ。知事選挙の事だが。“民意”は原発ノーだったのだ。

選挙報道の常だが、政治の専門家と言う人は、選挙の結果について、政党間の問題や支持団体の問題を論議する。労組のこと。連合という“組織”のこと。
もっと根源的なことを議論すべきではないのか。

確かに「連合」という組織は理解に苦しむ。

「3・11」後、沈黙を守る東電労組に激しく疑義を唱えてみた。上部団体の電気労連にも。そして連合にも。
NHK労組の日放労にも民放連にも新聞労連にも“文句”を書いた。

しかしマスコミ労組も大方は”沈黙“の側にいた。

「原発反対」を叫んだ“制服向上委員会”というアイドル歌手のグル―プはどうしているのだろう。
キザの塊だった石田純一はテレビで姿を見ることがなくなった。
シールズに希望をみたと言った長淵剛の話しも、今は、テレビでは聞けない。
干されているのだろうか・・・。

かつて、田中角栄事務所は平河町の砂防会館というところの中にあった。元自民党本部があったところだ。

自民党本部は国有地であった国会用地の一部を借りる形で今のところに移った。

総理大臣になってからも角栄は「公務」が終わると砂防会館の事務所に立ち寄っていた。

その頃のある日の記憶がある。

角栄がエレベーターを降りると廊下や人のいない会議室に煌々と電気がついていた。彼はそのスイッチを一つ一つ切って回った。
「無駄はいかん」と。
片や原発推進の旗振り役のような政治もやり、片や電気の無駄遣いを怒った。

「エネルギーの大事さ」を痛感していたからではないか。

今流行の「角栄本」の中にはこんな話は登場しない。

少なくとも「福島原発」の建設に意を用いたのは彼だ。電源三法を作り、立地地域や福島県までも“潤わさせた”。
列島改造論にもつながる電源三法。

しかし、当時と今とでは立地地域の在り方も国が必要とするエネルギー需要も違う。

要するに電気は足りているのだ。

電気。それには角栄のやったような「節約」を旨とする倫理観すら伴う。
電気を生んで来た原発。そこには倫理観は無い。
少なくとも昨今の政治の中では。

小泉純一郎は“不明”だったことをもっと恥じて、原発ゼロ運動に積極的に動くべきだ。賛同する政治家がいないとも限らない。

原発再稼働推進。それは原発というものについて言えば“後進国”なのだ。

原発に関して「福島県民」の”民意“はよくわからない。

民意どころでは無い。知事の言っていることすら理解不能なのだ。

最近アメリカで言ったこと。

“「避難地域は県全体の面積の5%のみで、95%では市民は通常の生活を送っている」”という認識。

5%の地域の避難者とは8万8千人だ。震災関連死も止まらない。深刻なのは自殺だ。
数字では語れない5%の厳しい現実に目を向けていかなければ、福島の復興などありえない。

廃炉の経費はよりかさんでくる。東電は「分社化」という手練手管を弄してくる。
「原発戦争」はまだまだ続く。その中で、少なくとも福島県が“原発後進県”であってほしくはないと念じるのみなのだが。

2016年10月24日月曜日

ノブレス・オブリージュ

フランスに「ノブレス・オブリージュ」という言葉がある。
直訳すれば“高貴さは義務を強制する”となるらしい。
財産や社会的権力、地位を持つ人は責任を伴うということだ。

一時話題になったタックス・ヘイブン。租税回避地。パナマ文書で暴露された「金持ちの実態」。
また新たな文書がウキリークスの知るところとなり、解析が進んでおり、公表の運びになるという。
そこには「心ある多くのジャーナリスト」が参加していると聞く。

原発再稼働の問題で、自民党の閣僚は国会でこう壮語した。
「原発を再稼働せずに石油を輸入し続けるのは“国富”の流出だ。

アダムスミスの「国富論」でも読んでごらん。見えざる手を見ようとしてごらん。
それはともかく・・・。

タックスヘイブンを利用している金持ちがちゃんと税金を支払ったら、世界中の問題はどれだけ解決するのか。
飢えに苦しんでいる人たちが何人救われるのか。

素朴な疑問だ。

年間に各国で合わせて数十兆円規模の税収が失われている。
これこそ「国富の流出」じゃないのだろうか。

増えつづける社会保障費、子どもの貧困や、教育の格差なども。
金持ちは貧乏人(これ、差別用語ではありません)よりももっと倫理観や道徳観を持つべきだ。

金持ちとはある意味「知恵のある人」だ。あらゆる手立てを弄して普通の人や貧乏人からカネを巻き上げる。
「学問のすすめ」という本にも書かれている。学問のある人は金持ちになり、学問の無い人は貧乏人になる。と。

その学問って何だろう。

大企業は脱税や、それに類したことに、学問のある人を使って腐心する。

政治家とて同じだ。
チンケな話だが、あの白紙領収書や政務活動費の偽申請。

彼らに論理性や道徳観を要求することはまったく無意味なことなのだろう。

昨日、衆院の補選があった。
全くの低投票率だった。

きのういくつかの地方首長の選挙があった。
その多くの選挙の投票率はなんと30%台だった。

やはり、今の政治は国会も地方でも「見放された存在」としか受け取られていないようだ。

政治家は去っても政治は残る。

ノブレス・オブリージュという言葉も、グッドルーザーという言葉もこの国には存在しない。
勝者だけがもてはやされる国になってしまったのだ。


エリザベスサンダーズホームに資金援助していた人は誰だったのか。
ねむの木学園を支え続けて来たのは誰だったのか。

私財を社会福祉に寄贈した名も無き国民は誰だったのか。

毎年くる「税金」は大方滞納している。
昨日か一昨日、督促状が来ていた。

後期高齢者健康保険料と、国民健康保険の四半期分。4万円から5万円払わねばならない。
生命保険料や固定資産税、自動車の保険料、車検代・・・。

「食う」だけでは生きてはいけないのだ。この国の制度としては。
年金から所得税と介護保険料が天引きされている。

年金だけでは暮らしてはいけない。実態だ。
なんとかして月数万円でもカネを稼がねばならないのが実態。自分の事ですよ。

「年金の使い方がわかりません。年金を使いにメシを食いに行きましょう」と半ば冗談めかして言った企業の経営者だった人。

悠々自適の老後。それを体現出来ている人はどれくらいいるのだろう。

もう数年たってからの我々老夫婦。「サ高住」になんて入れっこない。

なんでこんなぼやき節を書いているのか。

むのたけじの言葉ではないが、「考える」ということを考えたからだ。

お目ざわりでした。

2016年10月22日土曜日

「琉球処分」と「福島処分」

沖縄、高江の米軍ヘリパッド建設をめぐる住民たちと機動隊との対峙。大阪府警の機動隊員の「土人」「支那人」発言問題。

多くの人が語っているように、それはまさしく「沖縄差別」が具現化した一つの現象。

発言した機動隊員は「その言葉の意味を知らなかった」と“無知”ぶりで言い訳し、府知事はそれをかばい、一部の大阪メディア(テレビ)は“発言”を支持し、明らかに沖縄に対する侮蔑発言を“敢えて”流している。

大阪と言うところは、自分の出自ともいささか関わっているが“被差別部落”の問題を抱えているからか。
差別意識の強いところだ。
他人を見下げる傾向が強いところだ。
あの機動隊員二人の”出自“は知らないが、あきらかに関西弁を使っているところみるとそこが地元なのだろう。

高江。フェンスの向こう側にいたのは26歳と29歳のガキ二人の親や祖父母の年齢の人だ。
「警察」という権力の中では、一般市民に対するとき、常に自分たちが優位な立場のいるという意識を持っている。
身近にある交通事故。ちょっとした事故でも警察を呼ぶと、孫のような若造がたいした口をきく。偉そうな。
交通違反でも然りだ。

警察の一部にある「染みついた特権意識」だ。文句をいうと「公務執行妨害」だとダンビラを振りかざす。

同じ国の中での(同じは琉球処分に由来することでもあるのだが)暴言の投げつけ。

それは戦後、我々が日常の中で植え付けられていた「差別」に通底するの感ありだ。

人は差別や侮蔑の言葉を用いることで自らを優位に立つものと錯覚する。
人間の哀しい性(さが)だ。

3・11時の総理大臣。菅直人。
彼は国会で沖縄問題を問われた時、「いま琉球処分という本を読んで勉強中です」と答えていた。
沖縄のことについては全くの無知だったのだ。

明治政府による琉球処分。日本編入。やがての戦争。敗戦。沖縄は日本であって日本では無かった時代。そして政治の思惑による米軍基地問題。
多くの土地接収から始まって、常に“犠牲”を強いられてきた沖縄。

3・11後の福島もそうだ。
国策による原発立地。多くの土地収用。原発事故後の国の対応。
安倍政権になってからも「アンダーコントロール」発言が象徴するような、見て見ないふりの、偽りの姿がふりまかれる福島。

一時期、それを「福島処分」と名付けて書いた。沖縄問題との相似性を痛切に感じながら。

塾生の一人が新婚旅行も兼ねて沖縄に行った。行く前に彼に言った。決して観光旅行にしてはならないぞ。と。
彼はそれを守ってくれた。ひめゆりの塔から始まって「戦跡」を歩き、「記念館」を訪ねた。

「実際に見てみると、考える材料はあまりにも多いんですね。その地で、その地の歴史を、悲劇を資料を見るだけでも与えてくれる物が、伝わることが多かったです」。
なによりもの土産だった。彼ら夫婦が「経験」したと言うことが。

死んだ人間の魂は何処へ行くのか。
柳田国男は「山」だと唱えた。折口信夫は海だと言った。

「ニライカナイ」。折口が思索の上でたどり着いた思想だ。

ニライカナイ、その地は沖縄の、沖縄の彼方の海にある。
日本人は何処から来たのか。そのルーツをめぐる3つの説。
アイヌ説・大陸「支那」からのヤマト説、卑弥呼伝説に見られるところの。・そして琉球説。沖縄のもっと南からの説。

「日本人とは何だ、日本人とは誰だ」。
もしかしたら”先祖“は琉球かもしれないのだ。
そう、あの無知なる機動隊員、それを擁護する政治家やメディアはそんなこと考えたことあるのだろうか。

2016年10月19日水曜日

“新潟”に見た民主主義

若い人たちとある集まりを持っている。今年1年間のテーマは「民主主義を考える」ということ。
ギリシャ語のデモスとクラトスに由来するのがデモクラシー。
それが「民主主義の原点だ」というようなことも含めて、議会制民主主義とは民主主義の一つの形式に過ぎない。多数決の原理もその制度の一つだということも含めて。

「街場の民主主義」ということを強調し、民主主義とは何かということを身近の事から考えてもらいたい、一緒に考えようという集まり。

今、この時代、民主主義とは何か、ということを大人も若者もあらためて考えなくてはならないと思うから。


新潟の知事選。下馬評を覆したというか、絶対有利と言われていた自公の候補を破って「反原発」「脱原発」「原発への疑義」を掲げた候補が当選した。
なぜ立候補をとりやめたのか、その理由がまったく“不透明”なままの泉田知事に代わって。

この選挙、政党間の選挙と言うより、新潟県民が、市民が出した結果だということ。支持政党とは関係なく。

「原発は嫌だ」という市民感覚が出した“街場の民主主義”の結果だと捉えている。

知事選の争点はまったくもって“原発一色”だったと聞き及ぶし。

民進党議員であった米山隆一と言う人が、“予想”を覆して当選した。自公対野党という選挙の構図は当てはまらなかったようだ。

福島の原発事故に、事故後も、一番関心を寄せていたのは新潟県民だ。
その中にはあの中越地震の時、柏崎刈羽原発が「あわや」という事態があったことを知っているからか。

奥羽越列藩同盟以来の、「こころね」のようなものがあるのか。ま、この例は正鵠を得ていないだろうが。

自公と言う巨大与党は慢心していたし、泉田不出馬でことは決まりと思っていたのだろう。
ところが”民意“は違っていた。

政党の枠で物を考えず、自分たちの事として”原発“を捉えていたのだ。

野党共闘。参院選でクローズアップされた政治問題。巨大与党に対抗するには野党共闘しかない。にもかかわらずだ。

民進党という政党はどこを向き、何を考えているのか、未だに理解できない政党だ。
自主投票という道を選択した。“党議拘束”を外した。もっともそんな永田町ルールが該当するわけではないのだが。

巨大与党は民進党をなめきっている。なめられても仕方ない。確固たる「姿勢」が見えないのだから。

福島の原発。誘致に励んだのは当時の木村知事だった。仕掛けたのは読売新聞社長の正力松太郎。木川田一隆らも絡んでいた。
政治が推進力となったのは田中角栄による「電源立地3法」。
多額の交付金が福島にもたらされた。

新潟原発に田中角栄がどう関わったかはつまびらかにしない。

角栄が内閣総理大臣になった時、こう言ったことをはっきり覚えている。
「俺が(わしが)総理大臣を辞めた後は新潟県知事になる」と。

彼を支えてきた「越山会」はいまや雲散霧消した。歴史の必然だ。
しかし、角栄を支持してきた県民性はいまだどこかに残っているはずだ。

反原発を唱える、原発再稼働に慎重姿勢をとる知事がまたも登場した。
その知事を選んだ新潟県民。
そこになぜか角栄の「ルサンチマン」を見ると言うのはあまりにも身贔屓すぎるのだろうか。

福島県知事に関しては何も語りたくない。語れるべき“対象”と見てはいない。
自由民権運動の発祥の地のひとつである福島県。

その県民の”民意“についても同様に思えて。

新潟県知事選での「敗北」について、自民党の幹部は「あらゆる手を打ち、負ける理由がないのに負けた」と分析しているという。

負けた理由はある。「民意」だ。

2016年10月16日日曜日

「ディラン」と「春樹」と「風」

ノーベル文学賞を歌手のシンガーソングライターのボブ・ディランが受賞した。
「偉大なアメリカの歌の伝統に、新たな詩的表現をつくりだしたこと」が受賞理由だと選考委員会は述べた。

詩と文学と。

文学賞に詩が該当するのかどうか、議論は別れているようだ。
でも、詩は文学であっても構わないのではないか。
ホメロスの大叙事詩は文学そのものではなかったのか。

文学というといささか難解なものを珍重する傾向があるようだが、詩だって”難解“なものはある。

それにしてもボブ・ディラン。懐かしい名前だ。
彼の代表作「風に吹かれて」。

これまで何回聴いただろう。聴かされただろう。
歌詞の和訳の一つ。
「どれだけ道を歩けばいいのか。一人前の男と呼ばれるまでに。
幾つの海を白い鳩は渡らなければならないのか。砂浜で安らぐまでに。
何回砲弾が飛ばなければならないのか。武器が永久に禁じられるまでに。
その答えは友よ、風に舞っている。答えは風に舞っている」。

風とは何か。

風に舞っている答えを見つけるのは歌を受け止めた人のそれぞれの思考に委ねられている。と思う。

風とは「空気」だ。

ノーベル文学賞候補に今年も村上春樹が挙げられていた。いや、正確にいうなら、そう我々は期待していた。

村上文学のフアンである。あの春樹ワールドにずっと惹かれて来た。
村上春樹の小説家としての第一作は「風の歌を聴け」だった。
トルーマン・カポーティーの「shut a final door」の最後の一行。
「think of nothings think of wind」という言葉から引用された小説の題名。

村上文学にも最初から「風」が登場している。考える材料の一つとしての「風」。

そして、村上春樹も多分ボブ・ディランのフアンだったのではないか。
「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の中にもボブ・ディランの名前が登場している。

村上文学の特徴は、常に「音楽」を伴っていること。それが魅力の一つだと思っているのだが。

4巻にわたる「1Q84」が出された少しあと、4巻目の終わりが何やら続きを思わせるようだったので5巻目を期待していた。

その頃だ。ちょうど「3・11」が起きたのは。

春樹が「3・11」をどう捉え、どう書くか。期待した。結果、書いてはいなかったような気がする。ちょこっと触れられた著作もあったようだが。

「多崎つくる」にはそれが巡礼の旅とされていることから多少の“予感”は持ったが、期待には応えてくれていなかった。
「女のいない男たち」も、「職業としての小説家」にしても、いささか食い足りないものが去来した。

それはそれとして、ボブ・ディランにしても村上春樹にしても「風」という言葉で繋がっている。

ガロの♪学生街の喫茶店♪という歌が流行った時代がある。喫茶店で黙って聴いていたボブ・ディラン。

この頃のいわゆるフォークソングに敢えて名前だけを書いたということ。
ボブ・ディランという名前を書くことによってあの頃の、1960年代後半から70年代にかけての“沈黙し始めた”若者にメッセージを与えたと言うこと。

風とは空気だと書いた。

今、我々の周りに吹いている風は・・・。
我々を取り巻いている空気は・・・。
そして世界を覆っている状況と空気は・・・。

砲弾は飛び交っている。白い鳩の象徴である平和は極論すれば言葉遊びのように使われている。

ノーベル賞選考委員会が「風に吹かれて」という曲だけを対象にして選んだのではないことは勿論だが、“不易流行”という言葉がある如く、あの歌が今歌われていても何の違和感もないということ。
いや、あのベトナム戦争の頃よりも、現在に通じる曲であり、詩であるということ。

古色蒼然としたようなノーベル賞選考委員会もなかなか「粋な計らい」をしたもんだと。

2016年10月11日火曜日

「死んだ男の残したものは」


身近で“男”が一人死んだ。
数か月患った後。

あらためて秦恒平の「死なれて・死なせて」を思う。

帯封にある数行。
“かけがえのない愛する人に死なれ、生き残った身に迫る「死」の意味の重さ。
死別の悲哀を生きる“

「死」について考えている今、この時でも、世界では何人もの人が死んでいる。
例えばシリアで。
例えばアフリカのどこかで。

例えば日本のどこかの施設の中で。
例えば交通事故で。

病死もあれば、事故死もある。殺人と言う行為の中での死もある。
天災による突然に襲われた死もある。
さまざまな理由や環境の中での自死もある。

「いじめ」という陰湿な行為の中で、若くして命を絶った者もいる。

かつてベトナム戦争のあった頃、谷川俊太郎の書いた詩がある。

「死んだ男の残したものは」

死んだ男の残したものは
ひとりの妻と ひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった

死んだ女の残したものは
しおれた花と ひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった

死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と 乾いた涙
他には何も残さなかった
思い出ひとつ 残さなかった

死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった
平和ひとつ 残せなかった

死んだ彼らの残したものは
生きてる私 生きてるあなた
他には誰も 残っていない
他には誰も 残っていない

そして、最後の章。
死んだ歴史の残したものは
輝く今日と また来る明日
他には何も残っていない
他には何も残っていない


最後の章をどう読み解いたらいいのだろうか。
今日は輝いているのか。輝いてはいない。
また来る明日は今日の続き。
人は死んでも歴史は死なない。
もし、死んだ歴史というものがあるとすれば、“民主主義”という歴史かも
しれない。

少なくとも、国家が国民を死に追いやる行為だけは許してはならないと思う。

「3・11」で、多くの死者に遭遇した。

もちろん直接では無いが。
直接の当事者である、残された家族や仲間は、未だに「喪失感」から抜け出せ
ない人もいる。

津波による突然の死もあった。
原発事故による災害関連死もあった。

天災は、熊本でもあったように、必ず「死を伴う」。それに抗する術を我々は持
ったわけでは無い。

しかし、人災は、まさに原発事故がそうであったが、それが訓えているように、
その気になれば防ぐ手立てはあるのに。

つまらない話だろうが、いつまで生きるのか、生きられるか。
死への準備をしなくてはならないのか。

時々考える時がある。いや、考えるべきことなのだろう。

今年も、何人かの人の葬送の儀の場につらなった。

その場で想う「死」ということ。

一人が死ねば何十人もの人が悲しむ。悲嘆にくれる。

「忘れられた死」もある。「忘れられない死」もある。

生きている以上、必ず向き合わなければならない死。その死の前で僕は立ちす
くむ。

秋から冬へ。立ち枯れの季節。もろもろ命が果てる季節。死を考え出すと終着
点が無い。

“犬失せて我が身木枯らし吹きすさぶ”

2016年10月10日月曜日

「首都機能移転」という“幻影”のこと

「3・11」後、それがどうなったか知らないが、東北新幹線の下り線、那須塩原駅近くの田んぼの中に、そう、それはまるで古びた案山子のように看板が立っていた。
進行方向左側の窓から注視していればわかる。

「那須野が原に首都機能移転を」と書かれた看板だ。

まもなく21世紀を迎えようとしていた1990年代の1時期から2000年代にかけて、この国は「首都機能移転」という“列島改造論”に揺れていた。

国会でも「移転推進」が衆参両院で決議され、まさに21世紀を向かる直前、その候補地までが決められていた。

福島の阿武隈高原地域、那須野が原一帯・・・。

その他の候補地も含めて地方自治体は「誘致合戦」を繰り広げていた。

それがある日、突然のように「沙汰止み」になった。

バブル経済による東京の地価高騰が移転論の始まった一つの要素。
沙汰やみになったのは地価高騰が沈静化したこと。

当時の都知事石原慎太郎が「断固移転反対」を言った。
時の総理の小泉純一郎も「論議凍結」を言った。

首都機能移転。まともとはじめからおかしな話しだったのだ。

明治政府が東京一極集中策をすすめ、戦後も、昭和の時代も、一極集中は当然だったのだ。
東京は地方の人を東京に呼び寄せた。地方の人は東京へ行くことを望んだ。

「人口問題」はあまり俎上に上ってはいなかったし。

移転論が盛んな頃、国土庁にも担当部局が置かれていた。
福島県も誘致に懸命だった。知事は佐藤栄佐久と言う人だった。

せめて国会(立法府)機能だけでも阿武隈高地にと。

6万人の「民族大移動」計画。

昔、ブラジルに行ったことがある。
首都はそれこそ「移転」されたブラジリアという都市。

立派な建物がそびえ立っていたが人間が生活しているという空気は全く無かったという印象。

もし、阿武隈高原に立法府だけでも移転させたとして、6万人の“欲望”を満たし、消化出来る“歓楽街”が出来るのかと疑問視した。

6万人の人がそこで仕事をする以上、「人間的な生活環境」は必要なのだ。

そんな「環境」についての論議は交わされたことは無かったと記憶している。

首都機能移転の機運が雲散霧消してしばらくして阿武隈の台地は大地震に揺れた。放射能がふりまかれた。

もし、「移転政策」が成り立っていたら・・・。

人口減が続く中、東京だけは人口増だという。
省庁の一部を地方に移転させると言う話があった。

地方創生などという“わけのわからない”話が時々登場する。

今の東京都の汚点の数々。石原都政の時の残滓だ。

東京には、「人間臭さ」が、あらゆる意味で集結している。歓楽街含めて。
だから成り立っている都市なのだ。

小池百合子の登場によって、都政の「汚点」が明るみに出た。

「地方消滅」を書いた人なら、闇から闇に葬られていたかもしれない大都会ならではの謎の数々。

そして首都機能移転にみられるように、ころころ変わる政策。築地市場の移転話にしても、都政の混乱にしても、おおもとに何かの意図があり、それに振り回される人々がいる。

首都機能移転の旗を振った、その“渦”の中で踊らされた県民も数多くいたはず。
もうほとんどの人が忘れているであろう「数年間の時代」にあったことの事。

そして「都庁」というところのあまりにも自己保身を優先させ、嘘が嘘の上塗りをしているところ。

石原は「伏魔殿」だと言った。その通りだ。昔、都庁に就職した先輩から聞かされたことがある。

営々として君臨する伏魔殿。そこの「大魔王」を演じていた懲りない男。

オリンピックに群がり、利権と“栄誉”を味わいたいとする人たち。

「平成の大改革」が必要なのだ。

“負”の歴史は忘れ去られる。首都機能移転という「から騒ぎ」を覚えているものとしての感想。

急速に忍び寄る秋の気配。
稲刈りが終わったあの田んぼの中の「案山子」はいまどうなっているのだろうかとふと・・・。

2016年10月4日火曜日

「秋刀魚」のこと

秋刀魚の美味な時期である。このシーズン、何回食しただろうか。
ただ、福島のいわき沖でのサンマには、まだ、おめにかかれないが。

福島に来て、はじめて知った。「さんま刺し」、さんまの刺身と言う食べ方を。
そしてそれがとびきり美味だということを。

そのいわき沖のさんま。数年間の「休漁」を余儀なくされ、漁獲量が激減したという。
一つは温暖化による海流の変化。秋刀魚の生息地の変化。それと中国や台湾のはるか沖合での公海での大量捕獲。
近海物は「小さめ」になっているとも聞く。

秋刀魚に限らず「常磐もの」は築地市場でも好評だったと聞くのだが・・・。

戦後間もなく、どこの家庭でも秋刀魚は食卓を賑わしていた。1年間ほど暮らした「戦災長屋」。夕食時、どこの“家”からも炭火の七輪で焼く秋刀魚の煙が上がり、生活しているということの「光景」だったのだ。

ラジオからはしきりに「♪安くて美味いよさんま、安くて美味いよさんま、さんま~~さんま」という歌が流れていた。

その歌の歌詞が佐藤春夫の”原作“であるらしいと勝手に思ったのはずっと後のこと。

“あはれ秋風よ
情(こころ)あらば伝へてよ
――男ありて、今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて 思ひにふける と。

さんま、さんま
さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。

秋刀魚は「高嶺の花」どころか「高値の花」になった。最近は、しばしば、値段が比較的安い時に秋刀魚を食す。
男一人ではないけれど。

油の乗った秋刀魚は、子供の頃に慣れ親しんだ味覚のせいか、郷愁をも伴って美味い。
七輪ではなく、つまり炭火ではなく、レンジで焼くのはいささか風情に欠けるという、ある種の“贅沢感”を覚えながら、だ。

秋刀魚の歌のいささか後の時期になろうか。流行っていた、ラジオからいつも流れていたのは「コロッケの唄」。

 ワイフもらってうれしかったが いつも出てくるおかずがコロッケ
 きょうもコロッケ 明日もコロッケ これじゃ年がら年じゅう
コロッケ、コロッケ

熱々のコロッケを頬張るのはなんとも嬉しい。

よく買い物に行く肉屋さんの名物コロッケ。90年間同じ味だとご亭主は言う。
たしか一個90円だったか。

食品ロスの話を聞き、フードバンクの話題を聞き、テレビで年がら年中やっているわけのわからない「グルメ番組」を見て、なぜか思う「サンマ」と「コロッケ」のこと。

豊かな国と言われる中での庶民の食卓のこと。

秋・・・。

きょう我が家の周りでは稲刈りが終わった。黄金色が土色に変わった。


昔,小津安二郎監督の「秋刀魚の味」という映画があった。あの笠智衆の渋い演技。
どこの家庭にもあった光景。

妻が死に、娘が嫁に行き、戦争が、古い時代が、彼の青春が「終わった」。
この映画の主題は「時代」ということかもしれない。
「秋刀魚」という魚になぞらえて、あの時代の映画はさまざまなものを問いかけている・・・。もちろん「戦争」をもだ。

余りにも「人間臭」漂う映画に、未だに惹かれるのは老いたせいかな。とも。

2016年9月27日火曜日

「空語」と「醜悪な光景」と

昨日午後、衆院本会議の所信表明演説を見ていた。来客があったので、テレビの音量を低くし、画面から目を逸らせていた。
なんか変な感じがあった。テレビに目を戻すと安倍が何かを言い、壇上で拍手をしている。
自民党の議員がぞろぞろと立ち上がり拍手をする。周りの議員も訳がわからぬような様子で周りを見回し、遅れてはならじとばかりに、やおら立ち上がって拍手をしている。

長年国会の本会議を、それこそ何十回、何百回と見て来たが、総理大臣が演説の途中で拍手を求め、自党の議員が拍手をする。
そんな光景は見たことが無い。

安倍の言ったことは、「今、こうしている間でも現場では、夜を徹して、自衛隊や海上保安庁、警察の人が任務に当たっている。この場所から心からの敬意を表そうではありませんか」というような事だった。

自衛隊は今たしかに南スーダンに派遣されている。海保は尖閣周辺で警戒に当たっている。警察は沖縄で辺野古や高江で自国民と“戦って”いる。

安倍の「空語」の等しい呼びかけ、賛同する自民党。

どこかの国の人民大会や党大会の様子を彷彿とさせる光景・・・。

本会議場で拍手で敬意を表されて、自衛隊員や海保の職員、警察官たちはどう思っているのだろうか。
感涙にでもむせんでいるのだろうか。

政治の舞台と、安倍のパフォーマンスと、現場は乖離しているのではないか。
何も考えずに無条件に立ち上がり拍手をする議員は何を考えているのだろう。

しばらくして議長が「ご着席ください」と言った。拍手は止んだが・・・。

なんとも醜悪な光景に見えた。

自衛隊には世話になった。自衛隊員に助けられた。災害地、被災地の人たちは多くがそう思っている。

「3・11」当時、原発事故時のことを思い出してほしい。機動隊にもずいぶん助けてもらった。住民を避難させるために自らの命を落とした警察官もいた。
海保の側面援助もあった。

何よりも力強く感じられたのは東京消防庁の職員の活躍だった。
大津波から地域の人を避難誘導したのは、そして一命を落としたのは地元の民間の消防団だった。

敬意の拍手を送るのなら、彼らだった筈だが。自国の災難に立ち向ったのは。

政治のばかばかしさに、さらに醜悪さが重なった。
勝手に思ったそんな感想。

そして補正予算をめぐってはまたや空語の連発だ。真水で無い数字列挙で煙に巻く呼びかけ。

今、その場に於いて“夜を徹してまでも任務にあたっている”のは誰か。
保育園の保母さんであり、介護施設の職員であり、まともな医療関係者なのだ。

問題を抱える家庭を回り、親身になって相談や介護にあたっている民生委員などだ。

なぜ「国権の最高機関」が、“弱者”と共にいて、任務を果たしている人たちに送る拍手を持たないのか。

一事が万事、この国の姿を見たような気がして・・・。

お願いだ。自民党よ覚醒してくれよ。

「同調」の実態を見せつけてくれた衆院本会議。なぜ「まとも」な自民党議員は沈黙し、自粛しているのか。

そっちの方が悲しいかもしれない。

2016年9月25日日曜日

東京オリンピック返上という「良識」

 イタリア、ローマの女性市長ビルジニア・ラッジ氏は2024年のオリンピック招致に「反対」として、立候補を取り下げるという。

五輪開催には税金が使われ「市民や国民の借金を増やすことになる、スポーツを理由に市内に大量のセメントを流し込みたくない」。そんな考えからだという。

あっぱれ!と言いたい。

東京オリンピック、首相はその任期を延期してまでも招致の立役者としてその場に臨みたいようだ。

あの「招致決定」時の飛び上がって喜びあう関係者の姿がまたも目に浮かぶ。
余りにも醜い光景だった。

都知事もリオから五輪旗を持って帰って来た。

2020年東京五輪はすでにして「既定事実」であり、それをもとに多くの事が成り立って行く。

それでいいのか。ちょっと待てよ。

冷静になってこの国の現状を見、考え、これまでの、これからの「オリンピック至上主義」が何をもたらすのか。“良識”を持って考えるべきだ。

「ローマは一日にして成らず」という”格言“がある。
先人が営々として築いてきたローマという地を二週間のために壊したくない。
そんな思いが若い女性のローマ市長の胸中にあるのではないかと。

東京だって女性知事を誕生させたのだ。

ローマでは1960年に五輪を開催している。その時の”借金“はまだ返せていない。これ以上借金を重ねてどうするんだ。そんな為政者としての「まとも」な考えを借金だらけのこの国はどう見ているのだろう。

カネだけの問題では無い。

「交通渋滞も激しく、ただでさえ混乱している街に、これ以上混乱の種を持ち込まれるのはまっぴら」という意見、「五輪で建設される施設は市民の生活と無縁のものばかり。それなのに税金が上がるなんて許せない」といった声。もちろんローマ市民の声だが、東京都民の声と捉えても同じように思えるのだが。

「東京五輪が日本の経済回復に直結したり、東北などの被災地復興につながるとはとても思えない」。

この国にはいろいろな問題が、「人」に関する問題が横たわっている。
いずれも国や東京都のやる気の問題と予算だ。

子供の問題、待機児童。
老人の問題、ホームの待機老人。

国は、特養老人ホーム・養護老人ホーム・サービス付き高齢者住宅などの高齢者施設12万人分整備のため、900億円以上の補正予算を組んだという。
でも、それじゃとても足りないのだ。

東京五輪の予算は兆の単位をはるかに超える。新国立競技場の建設費だけでも何千億円。

東京五輪をめぐる招致時からの金銭疑惑。競技場建設を巡るすでに「ドブに捨てた」ようなムダ金。そして更なる、新たな、「金銭疑惑」も伝えられる。

自然景観は壊されていく。

「豊洲」の問題もオリンピックが関係している。弾丸道路が作られるという。いや、作られ始めている。
その他関連の公共工事も盛んだ。その余波を地方は、被災地は被る。五輪のために建築関係の人手が足りないのだ。

東京五輪が決まった時、まだこの国は「3・11」の真っただ中にあった。オリンピック招致よりも民の安寧を図ることが政治の主眼であるはずなのに。

テレビはこぞって東京オリンピックに向けて事を伝えている。
東京オリンピックに向けて各選手たちは「東京」「東京」を合言葉のように動き始めている。

アスリートたちはそれこそメディアに乗せられているの感ありだ。

「東京オリンピック」に関して“疑惑”は多分払拭されまい。

でも、「全ての道は五輪に通ず」ということか。

アベノミクスを加速させると懲りもせずに言い募る安倍晋三。

今、この国は、この国にとって「祭典」を実施するにふさわしい「国力」を持っているのだろうか。
国民がこぞってそれを望んでいるのだろうか。疑問だ。

オリンピックを否定しているわけでは決してない。あの感動は何物にも代えがたい。
しかし、スポーツとまつりごととは別なのだ。

問題が多すぎる東京オリンピックに“疑義”を呈しているだけだ。

“アベノマツリ”に巻き込まれることが将来、必ずこの国に「禍根」を残す。
ローマではないが、またこの国の借金が膨らむ。

まさに年金暮らしの“老人のぼやき、日曜妄語”なのであります。

2016年9月23日金曜日

「基準値」とは・・・。

食品の放射性物質の含有量は年間1ミリシーベルトとされている。
空間線量も同じ基準値だ。
1日当たり0,23μ㏜。

ベクレルに換算すれば1㎏あたり100㏃が基準値。

この基準値以下がND,未検出。安全とされている。

あの原発事故後の“経緯”を思い出す。

なんか「どさくさ」で決められてしまったような。

そして、これらの基準値は一部の人からは“信頼”されていない。

いくら「未検出」と言ったところで、「福島産」というだけで忌避される風潮。
撒かれた種としての「風評」。それは誰がどんなに努力しても多分消えまい。

かつてこの国にあった根も葉もないまず数の“差別”。
いったん生まれた風評は払拭することは至難の業なのかもしれない。

最近大きな話題になっている東京の中央卸売市場の移転問題。
豊洲の地下から“検出”されたヒ素やシアンや鉛などの化学物質。
いずれも「基準値以下」だというが、それでどれだけの人が、その市場で扱った食品を信頼するのか。
もしこのまま豊洲市場が、いや、多少の改善を試みたとしても、“開場”ということになれば、大きな風評被害の種が播かれることだろう。

「以下」だというが、この基準値もどこまで信頼していいのか。

ヒ素ミルク事件というのもあった。ヒ素を少量ずつ投与した“殺人”もあった。

放射性物質は、大気にも自然界にももともと存在している。
「ノンベクレル」というのは有り得ない事だ。
豊洲の地下の有毒化学物質。それは「地中」にもともと存在していたものではない。

“産業廃棄物”として、いや、“残留物質”として残されたものだ。

東京都の「食卓」はどうなるのだろう。
食の安心・安全を求める人は、その市場で扱ったものを買わなくなるかもしれない。

「基準値以下です」と言っても、それはそこにあるのだから。

人は、何事でも「基準」をもとにして生きていく。

先の台風の大雨。1F構内の雨水は地下水と混じりあって、遮水壁を超える勢いだったという。
実際に超えたのかどうか。港湾内に流出したのかどうか。数々疑問が湧く。

基準値の根拠は・・・。或る意味「ブラックボックス」なのかもしれない。

とにかく、あの「3・11」以来、あらゆることに信頼が置けなくなった。
国の決定、方針。専門家なる人達のまったく相反するような見解。

せめて、「生きる」と言うことの中での自分の立ち位置、基準だけは失わないでおこうと思ってはいるのだが。


“山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくこの世は住みにくい。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう”。

夏目漱石は「草枕」の中でこう書いているが、今のこの世は人の世なのか、人でなしの国なのか。

税金をごまかして自分の財布に入れていけしゃあしゃあとしている地方議会の議員。
なにかと金銭疑惑の絶えない国会議員。

それらを見て見ぬふりをする“お白洲”の輩。

その他もろもろ。解せぬこと、腹に据えかねること多々あり。

「人でなしの国」なのかもしれないな。
人の世の基準値ってあるのかないのか。

2016年9月20日火曜日

「洗濯」すべき国なのだ

「日本を今一度せんたくいたし申候」。
坂本竜馬の言葉だと言われている。「せんたく」という言葉の意味は何を指しているのかは諸説ありそうだが。
言葉通り「洗濯」と受け止めたい。この国を洗い直すように変えたいということと理解する。

いろんな意味でこの国は汚れきっている。
竜馬の生きた時代の実相は知る由もないが。

思うところがあって倉本聡の「歸國」という本を読み返した。6年前に書かれたものだ。「3・11」の前年だ。

そこにはサイパンの海に沈んだ“英霊”達が一日だけ許された日本の姿を見て、再び南の海に還るため、集結した東京駅のホームでこんな言葉が語られる。

「戦後65年、日本はあの敗戦から立ち直り、世界有数の豊かな国家として成長した。
それでも、更なる豊かさを求めている。
豊かさとはなんだ。便利ということだ。便利とは何だ。便利とは人間がさぼるということだ。できるだけ体力を使わんということだ。
短時間だが、今の日本の姿をみて、人々が自ら汗をかくということ、身体を使うことを嫌うようになったことに俺は全く仰天した。
今の日本人は豊かと便利を勘違いしている。
ヒンコウという言葉を知っているか。貧しくて、倖せという二文字を重ねる。貧しくて困る貧困は避けたいが、貧しくとも倖せな生き方は出来る。俺たちの暮らしは元々そうだった。
俺たちは今のような空しい日本を作る為にあの戦いで死んだつもりはない!」


倉本聡という人の“メッセージ”だ。

豊かさ、便利さ、貧困・・・。今の日本を覆っている問題なのだ。

故国のためにサイパンの海に沈んだままの英霊は30万体を越えている。戦死した時のあのままの心でひたすら故国の倖せを祈っている。

戦争とは何んだ。戦争では必ず人間が死ぬ。一人か30万人か。数の問題では無い。

朝鮮戦争があった。日本はまだ自分たちが巻き込まれた戦争の傷も癒えぬ中で、「朝鮮特需」に湧き、経済成長を味わった。
ベトナム戦争があった。老若男女を問わずベトナム人が殺され、米兵も多数が戦死した。帰還できた米兵は、多くが戦争の戦場の心の傷に苛まれている。
「ベトナム特需」で日本の軍事関連産業を中心に、日本は更なる「成長」を遂げた。

成長は豊かさを生み、便利さを求める人たちを作り上げた。

戦争―。それは人間を不倖にする。

「成長」のために、「成長こそ」という“思想”の元に、嘘の上塗りが重ねられていく。
楽をしてカネを懐にしようと、欺くことをだけ考える輩もいる。
自分さえ良ければ、という価値観にはまった人達がいる。

そして生まれてくる「貧富」、あるいは「格差」。

日本の権力構造を一掃したい思いだ。

せめて、この国の人たちの「こころの洗濯」を求めたい思いだ。

洗濯は誰がするのか。そんな大きな洗濯機はない。盥も無い。
自らが自らを洗濯しなければならないのだ。志を持って。


「何の志(こころ)ざしもなき所に、ぐずぐずして日を送(おくる)は、実に大馬鹿ものなり」。

坂本竜馬はこんなことも言っていた。

頭の中に台風が吹き荒れている・・・。

2016年9月13日火曜日

「除染」なるものへの限りない疑問

福島県以外にお住いの方はご存知ないでしょうが、テレビでは毎日夕方のローカルニュースで「県内各地」の放射線量を報じています。
1F港湾内の線量も。

郡山市の線量はもはやかなり低い数値で“安定している”ようです。大方の人が、空間線量や道路の汚染を気にしてはいません。

宅地除染はもう3年前に終わりました。庭に地中に「フレコンバッグ」が埋め込まれたままです。
「中間貯蔵施設が出来るまでの3年間の仮置き場」が市の原子力対策室のお偉方の説明でした。説明会はかなり“混乱”してはいましたが。

最近、今年に入ってからでしょうか。またもや「除染」の光景が市内のあちこちで見られます。
「道路除染」というやつです。

あれから5年半。その道路を大人も子供も毎日のように利用しています。
病院の脇にある中学校。その脇でも「道路除染」が行われていました。
通学路です。

今日は我が家の近辺でそれが行われています。道路は通行止めです。かなり周り道をしないと我が家には帰れません。
警備員がなんとも”偉そう“な態度で、”強面“で迂回を命じています。

なんでいまさら、なんで今頃、ここが「除染」なの。

非常に不快です。たしか通行止めの看板には郡山市道路課というような記載がありました。

この除染費用、施行業者への支払いはいくらになるのでしょうか。

30キロ圏内は国による「直轄除染」、30キロ圏外は市町村による除染実施となっています。

そして、30キロ圏内、避難区域だった地域は、未だ「除染」は完璧に終了していません。

国は「早期帰還」を言葉だけは丁寧に言ってくるけど、その帰還を、その意志を阻んでいるものの大きな要素の中に「除染」の問題があるのです。

国の事業、市の事業。そんな「縦割り」のような除染の在り方。

郡山市内の道路除染に使うカネがあるなら、あの避難区域だったところへの除染へまわせばいいじゃないか。労力も含めて。

そんな「素人考え」が芽生えます。
必要なところに必要なことをする。

郡山にはある時から「除染組合」というのが出来ました。その内情は知りません。
知っているのは、その組合長に、“定年退職”したある地方金融機関の役員だった人が就任しているということ。

事務所の隣に居た“金融業者”めいたものが、ある時から除染事業に関係するようになって、「ここでは手狭になったし、カネも入ったので大きなビルに引っ越します」と言ってきた記憶。

3年前に町内会から宅地の除染通知が来たものの、いっこうに我が家の周辺はその気配無し。思い余って役所に電話すると「字単位で実施してますから」と。

線量の多寡は関係ないようです。

事業のための事業。

今、行われている道路除染なるもの。何のために誰のために行われているのか。

「善良なる市民」には理解しがたいことなのです。

「除染で儲かった」という話は、あちこちで聞きます。
“業者”が儲けるための除染なのか。“市民のためにやっている”という市役所の“姿勢”を示すためにやっている除染なのか。

いまだ以って本当に除染を必要としている地域が県内には多々あるんだぞ。

原発事故が生み出した、事故の派生による身近に見た事象の一例。最たる「矛盾」。
そう思えて仕方ないのですが・・・。

2016年9月12日月曜日

「からから亭日乗」のこと


毎月原稿を書いている、1600字程度のコラムめいたもの。郡山のタウン誌だ。
そう、もう10年も続いているだろか。

そのタウン誌の常連読者からこんな葉書が来た。正確に言えば、そのタウン誌へ寄せられた葉書だが、編集長経由で“転送”されてきた。

そこにはこんなことが書かれていた。
「(瀬川)氏のブログ“からから亭日乗”に誘われて永井荷風の“断腸亭日乗”をひっぱりだしました。
昭和16年正月1日―。かくのごとき心の自由空想の自由のみは、いかに暴悪なる政府の権力とてもこれを束縛すること能はず、人の命のある限り自由は滅びざるなり」。

この葉書の主とはたしかそのタウン誌の集まりでの一回だけしか面識がない。しかもゆっくり話したわけではない。
しかし、その人は、どこで知られたのか「からから亭日乗」のことを知っておられた。

氏の指摘通り、「からから亭日乗」はまさに永井荷風の「断腸亭日乗」から“拝借”したものだ。
そのことを読みとって荷風の一節を引用してくれた。
感謝というか、驚きと言うか。
この方の“謦咳”に触れた気がして。

聞くところによるとその人は郡山の高校の先生をされてきた方だと言う。

この「からから亭日乗」、これも約10年続けてきた。もちろん今のようにSNSなるものが無い時から。

かっての会社時代の部下に勧められてやり始めたこと。当初は「日常」の出来事や居酒屋談義のようなことを日々取り留めもなく記して来た。

「3・11」がそれを変えた。

この国が如何なる国であるか。災後、いささかの“沈黙”のあと堰を切ったように、“怒れる心情”を、断腸の思いで書いて来た。
荷風の断腸とはいささか事情は異なってはいるが。

情けないかな、毎日「書くこと」しか出来なかったのだ。

日乗とは日記のことだ。去年の夏以来、途切れた時もあったが、これからも毎日は無理だろうが、荷風がそうであったように、晩年は一行のみであろうとも、多分何やら意味不明のことも含めて書いて行こうと思っている。

若い衆に勧められて、SNSというものが登場してきてから、この”ブログ“なるものをフェイスブックやツイッターに上げることにした。

読んでいてくださる方には感謝している。

冒頭に紹介した元先生はSNSはやってない様子だ。
旧友も、旧知の人もやってない人がかなりいる。
いや、郡山の人でも、塾生でも敢えてやらない人もいる。

だから“更新”を知るには、いささかタイムラグを生じてはいるのだろうが、遠方の人には“安否確認”の具にもなり得るようだし。

荷風は「人の命のある限り自由は滅びざるなり」と書いたと知った。
そこでふと思った。

「リベラルとは自由に喋れることだ」。先日亡くなった旧知の加藤紘一が生前に語っていた言葉が重なったのだ。
政治家の”区分け“は難しい。しかし保守リベラルを以って任じてきた加藤紘一は心底そう思っていたのかもしれないとも思う。
彼とはそんな話をした記憶はないが。

ジャーナルという言葉がある。
それが転じて、ジャーナリストという言葉が生まれたのかどうかは定かではないが。
ジャーナルという言葉も元を質せば「日記」という意味だ。

いま、ジャーナリズムの中の「自由」とは何を指すのか。
はなはだ不可解である。

40年間以上、自分のために書き留めていたノートがある。
そこにあるポール・エリュエールの詩の最後を転写する。

「そして、たった一つの言葉によって、ぼくはもう一度人生を始める。
ぼくは生まれたのだ。お前を知るために。
お前に名づけるために。
自由(リベルテ)と」。

2016年9月11日日曜日

天災は忘れなくてもやってくる

「3・11」後、“天災は忘れた頃にやってくる”という寺田寅彦の言葉がしきりに引用されていた。
先人の警鐘を無視した現代を生きる人への覚醒の意味合いも込めて。

そして、その「忘れた頃」というのは、まさに実態を指摘していた。

3・11の被災地。復興なるものは徐々に進捗しているところもあり、未だしのところもある。

とにかく、「帰還者」は減る。元の町や村には戻れないと言うことは事実だ。

福島に於いても、もっか「帰還」問題が話題の中心を占めている。そこには様々な問題を抱えながらの“進捗”とでも言うのか。

例えば楢葉町。かつての人口の2割もが戻らないと言う。

戻る、戻らない。いたちごっこのような“議論”。

フクシマも東北の被災地も、人口減少という今の時代の象徴的“事例”となっている・・・。

陸前高田では津波が来たところに桜を植える、つまり桜を「記憶」の象徴として、“さくらライン”という取り組みをやっている。
ここまで津波が来たんだということを「忘れない」「忘れさせない」ために。

そこのポスターに「私たちは悔しいんです」と書いてあるのがあるそうだ。


「悔しい」という言葉は、友人や肉親を失っての悔しいと言う感情を書いたものではない。

“これより下に家を建てるな”。そんな先人のいわば“遺言”を無視して宅地や商業施設など居住区を作ってきたこと。それへの悔恨の念を記したのだと言う。


自分たちが語り継いで来なかった。それが「悔しい」という悔悛の言葉となって表れたのだと言う。

「忘れていた」ということへのあらためて紡がれた言葉だ。


地震列島としての日本。このところ毎日地震が絶えない。震度4もあれば震度1もあるが。
熊本周辺でも度重なっている。ここ数日は茨城、福島だ。

余震なのか予震なのか。

3・11大地震を、ちょっと前の阪神淡路大地震を、まさか「忘れた」はずでは無かろうに。直近の事だったのだ。
”忘れた頃“にやって来たわけではないのだ。

首都直下型地震、それが指呼の間にあると指摘する「学者」もいる。

台風10号がもたらした、あの豪雨がもたらした多くの被害、惨状。
異常気象なるものが”原因“だと言われる。

地球温暖化、海水温の上昇。それは今後ずっと続くはずだ。CO2排出の問題だけではなさそうだ。

日本は水害列島ともなる様相だ。

水害という“天災”を我々は忘れているのか・・・。忘れる「いとま」も無くやってくるのだ。

きょうは9・11。それはまさしくテロという名の人災だ。”戦争“だ。”戦争“の端緒となった出来事だ。

9・11は「当事者」以外にはもう忘れられたことなのか。

漠然とした言い方だが、「スピード」なるものを追い求めることを“至上命題”にしている我々にとって、「忘れる」ということに速さが求められている、いや、そうでもしないと生きてはいけないや。そんな思考が蔓延し始めているのかもしれない。

私事、言い訳。

このところちょっとした、取るに足らないような”人災“に巻き込まれ、残り少ない”人生の時間“を「浪費」させられました。
「日乗」なる日々に、その初心を忘れぬためにも、出来り限り「日乗」をもって、「日常」に対峙していく所存なのであります。

2016年8月31日水曜日

「歳をとる」ということ

昔、誰かの言葉に「若さというのは、若い者だけが持っているのは余りにももったいないものだ」と言うのがあった。

若さ。それは行動力もあり、知識を吸収できる能力もあり、さまざまな“可能性”を持っているということだ。
歳をとるということは、それらを為すことがだんだん難しくなってくるということだ。
だから、何も考えず、「若さ」という“特権”を行使だけしている若者に与えられている”特権“を、若いということの意味を理解してない若者に対して、いささかの嫉妬を交えた箴言だと思った。

仏教用語に「四苦八苦」というのがある。
「四苦」とは、生・老・病・死を指す。生まれてきた苦しみ、老いて行くと言う苦しみ、病を得るという苦しみ、必ず訪れる死という苦しみ・・・。

この「四苦」ということについても、人それぞれ、それぞれの年代によって受け止め方、考え方が違う。

高齢化社会。誰でもそのことは知っている。しかし、それを実感している世代と、体感している世代と、「社会問題」として捉えている世代とでは、どこか“相違”するものがある。

昨日、公安員会から運転免許更新の通知が来た。後期高齢者の講習通知。3年前はまだちょっとした講習と実技だった。
今度はそれに認知症検査が追加されている。講習時間も長そうだ。

市から「敬老会」の案内が届いていた。参加すれば記念品をくれると言う。
もちろん行くわけは無いけれど・・・。

年齢を、年寄だということを“公的機関”から知らされると言うこと。

自分ではまだ「老人」、「高齢者」という意識が希薄だ。
たしかに、去年の“脳梗塞”以来、体力は急激に落ちている。体力的に年をとったな、との実感はある。

しかし、頭の中は、まだまだ多くの事を吸収したいという“欲望”に溢れている。
その欲求はむしろ増しているようだ。

年金暮らしであるにも関わらず、新聞で得た“情報”をもとに、すぐ本を買う。
アマゾンでは買わない。手に取って字の大きさを確認しないといけないから。

そして、さまざまな「世相」について考えることが多くなっている。
ただし、問題なのは、本を読んでもその中身を“忘れて”しまうことが多いのが悩みなのだが。

むのたけじさんが亡くなった。101歳。今年の「憲法集会」での振り絞るような演説を聴いた。経歴含め「反骨の士」だ。

笑い話のようだが、かかりつけ医に言った。
「101歳まで生きたい」と。彼は真顔で答えてくれた。「生かします」と。それは単なる“延命”ではないと言うことはお互い納得の上でだ。

永六輔、大橋巨泉・・・。物言う大人が、老人が相次いで亡くなっていく。

「歳をとる」ということは、自らの経験も含めて、「物を言い続けること」だと思っている。だから常に考え事ばかりして“疲れて”いる。

古典に通暁した名伯楽とでもいうような知人がいる。98歳。脚はかなり衰えているが毎朝木刀の素振りは欠かさないそうだ。
彼はいつの頃からかサムエル・ウルマンの「青春」という詩を座右に置いている・・・。

永六輔も巨泉も、むのたけじも「孤独に思考し、一人の人間」として物を言ってきた。と思う。

いかなる組織にも属さず、群れずに、彼らの後に続きたいと思う。

だから、一人で自分の言葉で喋る。
自分の言葉で、書き続ける。

台風の中、濁流の中に立っていた水鳥のように・・・。

2016年8月28日日曜日

「放射性物質簡易検査報告書」

福島県内の知人から、福島県産の「ぶどう」を貰った。箱に入ったぶどう。箱を開けると一枚の紙がついている。

放射性物質簡易検査報告書。JAが生産者に渡した“報告”

セシウム134・セシウム137、検出せず。
「簡易分析したもので、あくまでも目安の値です。結果の数値については証明するものではありません」との付記も。

「お墨付き」がなければ“流通”出来ないということなのだろう。
5年後に収穫されたブドウの現状。

これが今の「福島」なのだ。

米は全袋やっとNDだったと言う報道。安堵する米農家。5年後の福島なのだ。

テレビでは毎夕空間放射線量を“義務”のように伝えている。1Fの排水口付近の線量も。

いわき沖では、やっとヒラメの試験操業が可能になった。何の魚種にしてもいわきの水産業、漁獲量は減少したままだ。
でも、漁協は「一歩前進」と受け止める。

3・11前までは“常磐もの”は人気商品だった。
いま、いわき漁協の、漁業者たちは「築地市場移転」の話題をどう感じているのだろう。

相変わらず「ノンベクレル」という“評価”が一部で大手を振って吹聴されている。例えば牛乳・・・。

なんか“くそくらえ”という感情に捉われる。

「証明」、「お墨付き」が無いと売りに出せない農作物・・・。

「福島では何も終わっていない」ということなのだ。

過日の台風9号。豪雨は福島も襲った。1F構内には大量の雨水が流れ込んだ。
遮水壁ぎりぎりだったと東電は言う。汚染水タンクに収容された雨水は高濃度の汚染だったという。

“東京電力は22日、台風9号による降雨の影響で、福島第1原発の護岸に設置された井戸から汚染地下水が地上にあふれ、港湾内に流出する恐れがあると発表した。地下水があふれ出ないよう、東電は護岸に設置された五つの井戸「地下水ドレン」などから、断続的に地下水をくみ上げている。東電によると、22日午後4時50分現在、海抜約4メートルの護岸地上に対し、観測用井戸で測定された地下水位は約3メートル50で余裕は約50センチしかなかった。
 構内の山側から海抜の低い護岸に流れ込む地下水は、護岸沿いに鋼管を打ち込んで造られた「海側遮水壁」でせき止められている。護岸付近にたまった地下水は地中の放射性物質で汚染されているため、地下水ドレンでくみ上げた後に浄化し、港湾内に放出している。
 地下水ドレンからくみ上げられた地下水は一時、中継タンクに保管される。東電が12日に採取した中継タンクA内の放射性物質濃度は、セシウム134が不検出、セシウム137が1リットル当たり9.9ベクレル、ストロンチウム90などベータ線を出す放射性物質が同4700ベクレル、トリチウム(三重水素)が同3334ベクレルだった“。

地元紙の記事だ。1Fの現状だ。

まだ進路が定まらない台風10号。それが直撃することだってあり得る。


地震が頻発している。地球規模で。
「この地震による原発への影響はりませんでした」と、地震速報の度にテレビは“教えて”くれる。

台風に関しては、1F状況はほとんど報じられない。

テレビが映し出すのは、豪雨、暴風雨が吹き荒れる、いや吹き荒れそうな、言ってみれば「絵になる光景」ばかりだ。レポーターの「奮戦風景」だけだ。
被害があったがけ崩れ、倒木・・・。

その「絵になる」報道を否定しているわけではない。絵になるかならないか。その取捨選択はテレビの「宿命」のようなものだから。

1F構内の雨水の状況は絵にならない、絵に出来ない・・・。

被害にあっていない多くの人は、交通手段だけが気になる。難儀する。
天気予報だけが気になる。傘があろうが無かろうが。身近な身の回りの出来事が気になる。

1Fを心配する人がどれだけいるのだろうか。

もし「1F構内」で、排水口付近で豪雨がもたらした汚染水流出が発生したらどうなるのか。どうするのか。

「忘れてはいけない福島」。豪雨もその一事なのだ。
そして豪雨はせっかくNDになっている農作物にも無限の被害を与えかねないのだし。

2016年8月26日金曜日

オリンピックの「余韻」として・・・

リオ・オリンピックが終わった。
その終わり方、狂騒曲としてのオリンピックだったとすれば、そのエピローグは余りにもひどかった。

言わずと知れた安倍のアニメのキャラクターに扮した登場。国家がオリンピックに介入していることを臆面もなく見せつけた、あまりにも、笑うにも笑えない“醜さ”とでも言おうか・・・。

笑止千万とはこういうことでもあり、国が国家がオリンピックに積極的に介入し、オリンピックを政治利用していることの証左だ。

語るにも「おぞましい」光景だったが・・・。

1964年の東京オリンピック。ようやく各家庭に普及したテレビに人々は釘付けになった。
死闘を繰り返した女子バレーボール。鬼の大松と呼ばれた大松監督は参院議員になった。全国区での当選。

前にも書いたが、その後もオリンピックで名を馳せた選手が相次いで国会議員に。

国家と政治とオリンピックと。

2020年に向けて我々は考え直さなければならない課題を持たされた。

オリンピックにまつわる過去の出来事だ。

一人の男の死・・・。

1964年の東京オリンピック。男子マラソン。走路は我が家のすぐ近くの甲州街道だった。調布での折り返し。
まだテレビは完全生中継が出来なかった頃だ。

国立競技場に入って来たのはエチオピアのアベベ、次いで日本の円谷幸吉だった。円谷の顔は苦しそうだった。首を振り、歯を食いしばり、ゴール直前で3位だったイギリスのヒートリー選手に抜かれ3位、銅メダルを獲得した。

円谷幸吉は福島県須賀川市の出身だ。自衛隊体育学校に所属していた。
戦後、陸上競技でメダルを獲得したには初めて。
国内は湧きに沸き次のメキシコオリンピックへの期待が高まった。
しかし、彼は練習のし過ぎからか。腰を痛め、両脚のアキレス腱も切っていた。

婚約者がいた。練習の妨げになると自衛隊の上司が結婚をあきらめさせた。
その婚約者は他家に嫁いだ。

メキシコ大会を目前に彼は自衛隊の宿舎の自室で剃刀で頸動脈を切り自死した。

家族にあてた遺書はその後も語り継がれていた。

「父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿 もちも美味しうございました」で始まる遺書。
親戚全員への思い出を書き連ねた。

「父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。
何卒 お許し下さい。
気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。
幸吉は父母上様の側で暮しとうございました。」と書かれていた。

メキシコオリンピック。日本は君原健二が銀メダルを獲得した。ゴール手前で後続に迫られたがそれを振り切った。

「なぜあのとき、普段はしない『振り返り』をしたのか、実はいまでもわかりません。きっと、天国からの円谷さんのメッセージだったと思います」
君原の言葉だ。

君原は”証言“する。
「円谷さんは東京五輪の直後から、『国民の前でぶざまな姿をさらしてしまった』と自らを責めていました。亡くなる半年前の大会でも、腰に故障を抱えながら『メキシコで日の丸を掲げる』と思いつめていました。」と。

「国民の期待」という過度のプレッシャー。自衛隊と言う組織の“圧力”。
一人のアスリートの命をも呑み込んでしまった「国威発揚」・・・。
オリンピックという「魔物」。

彼は「走ることを楽しんだ」とは言っていなかった。

毎年10月、須賀川では「円谷幸吉メモリアルマラソン」が行われている。
県民をはじめ、多数の参加者もいると聞く・・・。
50数年前の事を知っているかどうかはわからないが。

福島に住むことになって、余計に彼の事を思い出す。
オリンピックがある度に。

2016年8月22日月曜日

“グッドルーザ”ということ

オリンピックのことをまた書く。

グッドルーザーという言葉がある。悪びれない敗者という意味だそうだ。
「ウインブルドンの観客はグッドルーザーに惜しみない拍手を送る」。
テニス界にある“伝統的”な言葉だと聞いた。

リオ・オリンピック。女子陸上5,000M競技。
予選の競技の最中、アメリカの選手とニュージーランドの選手が接触して、二人ともトラックの上に倒れた。
アメリカの選手はすぐに起き上ったが、ニュージーランドの選手はなかなか起き上がれなかった。
「立って、最後まで走り続けないと」励ますアメリカの選手。

ようやく二人は走り始めた。そして気づく。
手を差し伸べ、起き上がらせたアメリカの選手は足を負傷していたのだ。
今度はニュージーランドの選手がアメリカの選手に手を差し伸べる。

そして二人はレースを走りきった。

この手の話しにはなぜか泣ける。涙が溢れる。

作られた美しい話ではない。現実に目の前にあった出来事なのだから。

昨日、吉田沙保里の事を書いた。
彼女はこれからもレスリングとかかわっていくだろう。
後進の指導にもあたるだろう。

彼女は負けて良かったのだ。

負けを知ったから勝の重さを余計に知る。
負けたということの体験が指導者としての彼女をさらに成長させる。

彼女はグッドルーザーであるべきなのだ。

話しは変わるが・・・。

1964年の東京オリンピック。それを機にこの国は「高度経済成長」にまっしぐらに突入していった。新幹線、高層道路、各種のインフラ整備・・・。
今のこの国の“原点”を作った。それがこの国にとってよかったのかどうか。

マラソンの円谷幸吉がお詫びの遺書を書いて自死した・・・。

リオ・オリンピック。ブラジルには「負の遺産」は残らないのだろうか。

2020年の東京オリンピック。選手はそこでの活躍を誓う人もいる。どうもメディアがその「言」を無理強いさせているようにも思える時があるのだが。

安倍がアンダーコントロールと公言した1Fはもちろんアンダーコントロール下には無い。
2020年、安倍は首相でいるつもりだ。「栄光」の中にいたいと考えているのだろう。

リオ・オリンピック。テレビはその「狂騒曲」の演奏者だった。それはそうだ。高い放送権をIOCから買っているのだから。

だからテレビから消えたことも数々ある。
1Fの凍土壁は「破綻」だった。
伊方は再稼働した。

沖縄、高江のヘリパッド建設を巡る機動隊側の“理不尽な暴力”、新聞記者までも身柄拘束のような状況に置く“強権的暴挙”。

ほとんど伝えられない。

そして芸能界の、スマップ解散騒動。血道を挙げたマスコミ。
それが2016年夏のこの国の風景。

安倍三選を観測気球のように、オリンピックの陰に隠れるように打ち上げる二階幹事長・・・。

2020年の東京オリンピックはなぜか7月末から8月初めの酷暑の夏に行われる。
4年後、日本には二つの熱中症が発生する。夏にある“熱中症”という病気、そしてオリンピックに狂奔するという「熱中症」という空気。

オリンピックは嫌いでは無い。一生懸命競技に励む選手の姿を見るのも好きだ。

でも、でも・・・。

「嘘」と「疑惑」に塗り固められた東京オリンピック。
3・11を体験したふくしまに住む者としては、その開催に大いなる抵抗がある。

1968年のメキシコオリンピック。
人種差別で揺れていたアメリカ。男子200メートル走で金と銅のメダルを獲得したアメリカの黒人選手。二人は表彰台の上で頭を垂れ、黒い手袋をつけた拳を突き上げていた。

政治がオリンピックを利用するなら、オリンピック選手、スポーツ選手も逆に政治“利用”することだってあってもいいとも思うのだが。
因みに銀メダルだったオーストラリアの白人選手はこう言ったという。

「僕も君たちと一緒に立つ」と。

天気予報では、まもなく郡山にも台風が襲来するそうだ・・・。

2016年8月21日日曜日

オリンピックと8月の日本

リオ・オリンピックも間もなく大団円を迎えようとしている。
紀元前のギリシャで生まれたオリンピック。当時のギリシャの都市国家では戦争が絶えなかったという。しかし、ギリシャ人たちは競技の期間中は武器を置き、停戦したといわれている。

今度のオリンピック。その期間中にも戦争は止むことはなかった。大小を問わず。

今のオリンピック、いわゆる近代五輪を提唱、実現させたのはフランス生まれのクーベルタン男爵だ。彼の努力によって「IOC」が誕生し、19世紀が終わる直前、近代オリンピックがギリシャのアテネで開催された。

彼が唱えたとされる「参加することに意義がある」というオリンピック精神は今でも生きているはずだ。

しかし、いつの頃からか、「勝つことに意義がある」ということに変わっていったような気がしてならない。

政治がスポーツにオリンピックに介入し始めたからだ。「国家」というもの「国の威信をかけて」という思想が選手や関係者に意識され始めたからだ。

女子レスリングで銀メダルに終わった吉田沙保里は「ごめんなさい、申し訳ありません」とテレビのマイクの前で何度も繰り返していた。
彼女は誰に対して言っていたのか。

テレビの“背後”にある国、国民に対して言ったのだろうか。だとすれば余りにも酷だ。

監督やコーチはじめとしたスタッフ、応援したフアン。金を取れなかったことへの申し訳ないという気持ちは当然あるだろうが、それらの人たちは彼女からの“謝罪”の言葉を期待してはいないはずだ。

すべて「競技」は、多くの人の支援や教えがあたとしても、競技は選手自身のものである以外の何物でもないと思っている。
「国威発揚」の為のオリンピック。であるがゆえに「政治」は「オリンピック」の「スポーツ」に“介入する。”利用する“。

日本のみならず、全世界がオリンピックに湧いている時、その陰で、何かの“悪巧み”が行われているかもしれない。

オリンピックに熱狂するという空気、その空気の中に一抹の“怖さ”を感じた。
その空気の中から消えたものもあった。

もちろん、それは「8月15日」という日だ。日本と言う国の空気が一夜にして“戦争”から“平和”に変わった日のことだ。

8月と言う時期の「平和の祭典オリンピック」。この国には似つかわしくない時期なのだ。

昭和39年の東京オリンピック。職場にいながらテレビを視ていた。特に女子のバレーボール。
鬼の大松は国会議員になった。議員として何をなしたか。記憶にない。
柔道の谷亮子も議員になった。スケートの橋本聖子は議員と言う立場でオリンピックに関与し続けている。

政治とオリンピック。不可離の関係なのだろう・・・。

リオ・オリンピック、結構見た。感動や喜びをも与えてもらった。拍手も送った。そんな自分ともう一人の自分との感想。

幻のオリンピックというのがある。一つは1940年に行われるはずだった日中戦争真っただ中の東京オリンピック。
もう一つは1980年のモスクワオリンピックだ。
ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議する西欧諸国が、それをボイコットし、日本も不参加を決めた。

政治とオリンピックは密接不可分だということを思い知った時。

このモスクワオリンピックのテレビ放映権は、テレビ朝日が独占することが決まっていた。当時のテレ朝専務とソビエト側との交渉結果だ。なぜにそうなったのかつまびらかにはしていない。
その時、テレビ朝日が「社品」として作ったガスライター、オリンピックのロゴ入りのライター、それが一つ机の引き出しの中に眠っている・・・。
そのライターで煙草に火をつけることは多分無いだろうが。

2016年8月14日日曜日

「天皇の“世紀”」

平成天皇の「生前退位」問題。
先月、そのことについて断片的ながら自分なりの“解釈”を書いた。
それは「安倍改憲思想」と対峙するものとして。

過日、正式に出された「ビデオメッセージ」としてのお言葉。

原爆と敗戦と言うこの国の痛恨事の狭間の時期にその「お言葉」を出されたこと。内容と共にその「時期」についても陛下の意志を感じる。

お言葉には、陛下の率直な思いと、天皇制、特に「象徴天皇なるものへの意志が示され、あらためて「天皇」というものに対して考える材料を多々与えてくれた。

わざわざ「個人的に」という言葉を使われて、述べられたことの数々。
“私とて一人の人間だ。個人だ。個人として発言する自由を持っているのだ”

そんな思いさえ伝わってきた。

やはり「安倍政治」への懸念が、言外ににじみ出ていたと受け取れた。

安倍も、それを、「お言葉」に至るまでの経緯を含めて、彼なりに読み取っていたのだろう。

安倍の立ったままの記者の取材、その内容は余りにも空疎であり、吐き捨てるように、紙を読み上げて、いやしくも「陛下」についての言及であったにも関わらず、まさに「一顧だにせず」の様相、一礼することも無く、読み終わるとプイと横を向き立ち去った。

2014年だったか。4月28日。昭和天皇の誕生日の前日にあった平和記念祝典、講和条約調印の。
「バンザイ!」の声が上がる中、天皇皇后両陛下は憮然とした表情で会場を後にされた。

この時の両陛下の心中を思う。降伏が正式に決まった日だ。「バンザイ!」の声に、それに唱和する安倍を陛下はどう見られたのか。きわめて“不快”に思われたのではないか。

象徴天皇とは何か。憲法に親しむようになった中学生の頃から、この“象徴”の意味が分からなかった。

象徴とは英語ではシンボルである。シンボルとは「お飾り」である。

学習院の安倍能成総長の薫陶を受け、家庭教師であるエリザベス・バイニング夫人から“民主主義”とはなにかという教えを受けた天皇明仁。さらには、戦争体験者でもあった、戦争を知っている人のひとりとしての天皇。

象徴として何を為すべきか。煩悶されたことも多々あろうかと思う。

そして出された結論は「負の遺産」である戦争の惨禍を、自らの「慰霊の旅」として、沖縄、広島などの国内はもとより、外地の戦跡に足を運び、戦没者を慰霊して回ることに自分の後半生をかけた。

国民と共に歩む、国民に寄り添う。その信念のもとに、雲仙普賢岳の大災害、5年半前の「3・11」の被災者激励、熊本への激励と向かわされたのだろう。

「3・11」後にも書いた。

「東北は天皇陛下がいて助かった」と。暴動も起きず、「毅然とした」生き方を選んだ日本人。そこには両陛下の姿が下地としてあったのではないかと。

「現場主義」に徹した両陛下。国民と同じ目線で語ろうした両陛下。

象徴とは何か。それは人々の「手本」になるような行いをすることだ。

そんな自分の中に長年わだかまっていた「答え」を両陛下が教えてくれたような気がする。

上から目線で事を語るな、事を為すなということも。

昭和天皇に続き、今の天皇の”お言葉“は「平成の人間宣言」と言えるのかもしれない。

明日は8月15日だ。陛下がどんな内容のお言葉を、慰霊の念を示されるのか。
期待して待つ。

そして明日は日本にとって、「沈黙」の日だ。祈りの日だ。

正午に黙祷し、「公務」としての陛下の言葉を噛みしめるつもりだ。
自分にとっても、明日は「沈黙」の日としたいから。

そんな願いを、オリンピックの歓声がかき消すとしても。

2016年8月6日土曜日

「絶対悪」と「道徳的目覚め」

8月・・・。6日、9日、そして15日。
日本人には“忘れてはならない日がある。71年前の。

子どもの頃の多少の「体験」。その後の学び。その後の思考・・・。

今日、広島の市長は平和宣言の中で、原爆を「絶対悪」と位置付けた。
いまでも原爆投下を“正当化”する米国人の一部はこの「絶対悪」という言葉をどう受け止めたのだろうか。

5月、被爆地「ヒロシマ」を訪れたオバマ米国大統領はこう言っていた。
「世界はこの地で、永遠に変わってしまった。しかし今日、この街の子どもたちは平和に暮らしている。なんて尊いことか。それは守る価値があり、すべての子どもたちに与える価値のあるものだ。それは私たちが選ぶことのできる未来だ。広島と長崎が「核戦争の夜明け」ではなく、私たちが道徳的に目覚めることの始まりとして知られるような未来なのだ」と。

いかなる理由があろうとも、戦争に理由づけをすることは無意味なことであっても、原爆は「道徳的」な問題なのだ。さらに敷衍すれば「倫理」の問題なのだ。

核拡散防止条約や核軍縮をめぐってさまざまな議論や意見が飛び交う。
被爆国であるにも関わらず、あきらかに「核武装」を言う人たちがいる。
「核抑止力」の絶対的信奉者がいる。

“にんげんをかえせ”。峠三吉の詩を、先日またあるところに記した。

絶対悪としての核、道徳的目覚めをしての核。原子力・・・。

それは原子力発電という“文明”の在り方にもつながる問題だ。
核兵器を搭載した飛行機が行き交う沖縄基地のことにも通じる問題だ。

原爆の悲劇を語り継ぐ。近年それがとみに言われるようになった。
しかし・・・。

被爆を体験し、心にも体にもその体験を持つ人はやがていなくなる。

だれがそれを「語り継がねばならない」のか。

メディアだ。そして日本人全員が、そのことについての「関心」を失わないことだ。
誰しもが「原爆投下」という歴史の事実は“知って”いる。
知ってはいるが“忘れて”もいる。

そして、それが「言の葉」に上るのは8月だけということ。

忘れていいわけが無い。しかし、人はそれを忘れる。知っているということと忘れることとは大きな違いだ。

71年前を考える視点は、人それぞれでいい。
「生きる」と「死ぬ」ということを思ってもみなかった子どもたちも犠牲になり、死の間際に生きると言うことを思った子供だっている。

国際政治の観点から考える人が、論じる人があってもいい。
防衛ということだけから考える人があってもいい。

悲しみ、嘆き、怒り。
毎年、人はそれらの言葉を使う。
しかし、それらを無くすことの方途は見つけていないようにも見える。

原爆の日を原爆の日でなくするために何が出来るのか。
まさに道徳的な永遠の問いかけのようだ。

「フクシマ」だって、やがて忘れられる。

「フクシマ」を語り継いで行くことが、あの原発の利便性と“欲望”を無意識に享受してきた人たちにはなんと映っているのだろうか。

被爆者たちは被ばく者達は、言いようの無い「差別」を受けてきた。被爆者二世だってそうだった。
福島もいわれなき差別の格好の餌食にされてきた。

「排除の論理」の中で。

だから想う。あの重複障害者施設「津久井やまゆり園」の事件を。
まさに排除の論理によって、「生きる」「生きている」と言うことを、あのエノラ・ゲイの搭乗者の如く、抹殺するという行為を“正当化”している人間がいたということ。それらは“絶対悪”のはずなのに。

「この子らを世の光に」。

障害者の父と言われた「近江学園」の創設者、糸賀一男の言葉だ。

71年前、広島で亡くなったこどもたちに、この言葉を贈りたい。
「あなた方は“世の光”だったのだ」という意味で。

「光」という文字を使うことが、あの閃光とともに命を失った人達に対しては失礼かもしれないが。

敢えて言う。「光」とは神とともにあるものだ。そんな思いを込めて。

「水をくれ、水をください」。そううめくように言って息絶えた人が多数いる。

あの日のように、今日も空は晴れていて、暑い。
「熱中症予防のためにこまめな水分補給を」とテレビは呼びかける。
71年後の8月6日のこの国の光景。それが束の間かどうかはともかく平和な日常の光景なのだ。

2016年8月1日月曜日

“ジャーナリズム”と“権力”と

都知事選が終わった。その経緯を含め、思うことは多々あったが、あえて控えて来た。

とにかく小池百合子という都知事が誕生した。この人が今後右するのか左するのかブーメランのようにまわり続けるのか。まったくわからない。

とにかく都民はこの人を選択したという事実だけだ。

鳥越俊太郎という人を多少は知っている。彼は、その資質がどうであろうとも、「ジャーナリスト」という肩書で出馬した。
それに野党4党が乗った。形の上では。

ジャーナリストという言葉がいつから「市民権」を得たのか、ジャーナリズムという言葉がいつから「誕生した」のかは定かでは無い。

今、ジャーナリストを名乗る人は多様である。

ジャーナリズムという言葉の中に「批判、批評」という意味があるのだとすれば、彼らはおしなべて「在野」の人間であるべきだとかねがね思っている。
アメリカ流に言えば「ドッグウオッチャー」であるべきだと思っている。

だから、どこかで、その人たちが「在野」から声を上げることが、健全な“社会”を維持できる存在だと思っている。

ジャーナリストたちは、取材という行為を通じて、「権力」を知る。「権力」の大きさ、強さを知る。その権力が世の中を動かしていることを知る。
だから、それを監視し、批判することが彼らの宿命なのだ。

与党であるか、野党であるかは問わない。

都知事とて強大な権力の持ち主だ。権力の座だ。その座にジャーナリストが就いてしまえば、その人は即、権力者となる。それがどういう政治を行おうとてもだ。

ジャーナリストは権力の座を目指してはならないのだ。

誤解されることを承知で言う。

「鳥越は落選して、都知事にならなくてよかったのだ」と。

もし当選していれば、ジャーナリズムの火が一本消えたことにもつながるのだから。
彼の中にはある種の「勘違い」があったのかもしれない。それなりに有能な男だと思っていたから。

彼は、もう一度ジャーナリズムの世界に舞い戻ってもいい。彼が働ける環境を既存のジャーナリズム組織が提供してやればいい。

「餅は餅屋」という喩えを持ち出しては失礼かもしれないが。

以下、思ったことのいくつか・・・。

野党4党の連携とは何だったのか。なぜそこに市民連合のような組織や団体を加えようとしなかたのか。
連合という労組は、どこを向いている労働者の組織なのか。鵺としての労組連合。

それなりに集票力がある宇都宮健児は何を考えて洞が峠を決めこんだのか。


なぜ、自公が公認した増田寛也の応援に安倍が出向かなかったのか。
少なくとも自公が党を挙げて増田を応援したとも思えない。
選挙戦の最中から、小池有利と言う「確実な情報」が安倍のもとに届いていたからだろう。だから安倍はゴルフ三昧を決め込み、選挙戦に姿を見せなかった。

都知事選から“逃避”することによって“保身”をはかったということなのだろう。

全てが「烏合の衆」だったということ。

そして、この大都市の選挙の結果を受けて、誰もが責任を回避しようとし、“責任”をとらないということ。
あの時代に酷似しているような。

都民の選択は、どこかに澱んでいる「閉塞感からの脱出」という空気を小池に向けさせたのではないだろうか。ということ。

そして「政党」というものに「組織」というものに依存する政治が溶融し始めたような予兆だったのかということ。

そんなこんなの思い・・・。

どうでもいいことだけど、泡沫候補の一人、医師の肩書の今尾貞夫という奴は幼馴染だった。小学生時代から級長を務める優秀な男だった。たしか青医連の活動家でもあったと思う。最後にあったのは墨東病院の婦人科部長をしていた頃か。なぜあの優秀な男が選挙に出たのか。さっぱりわからない。

わからないことだらけの都知事選だったのかも。

きょうから8月だ。炎暑の季節だ。
71年前、もし、この国のジャーナリズムが「まとも」であったならと思う。
ポツダム会議、ポツダム宣言。ヤルタ会議、ヤルタ協定。それらの「実相」を正しく報じ、この国が置かれていた状況、世界の趨勢を報じていれば、広島、長崎の原爆投下は無かったはずだ。終戦はもっと早まっていたはずだ。

71年前の東京は“廃墟”以外の何物でもなかった・・・。

2016年7月26日火曜日

時代の正体としての”デカダンス“

昨日、「ポケモン現象」のことについて書いた。反響もいただいた。
今日、定期の病院へ行った。その医師は時流になかなか敏感だ。
病院で交わす話ではないが、ポケモンのことを話し合った。

彼は「お試しダウンロード」をしたという。彼はその病院の理事長だ。理事長室にもポケモンが2匹いたという。あまりのバカらしさに呆れ、もし院内にポケモンがいたらどう対処しようかさんざん考えたという。

「私はあのゲームには絶対反対です。余りにも反知性的です」と言っていた。

それにしても、この国のメディアは何を考えているのか。
ある日までそれを礼賛し、各地で事故が多発すると、まるで踵を返すようにその弊害を言い募る。
「若者が楽しんでいるのを大人がとやかく言うことはない」と言っていたコメンテーターまでがだ。

ある日を境に、それは社会事象となり、いやそれとてもメディアが位置付けたものだが、あっと言う間に伝播していく。
その光景はパソコンンの新しいソフトが出た時に朝から店頭ならび殺到した光景にも似ている。
それの使い方もわからないという人までも。

時流に乗り遅れまい。その根底にあった意識。

ポケモンはたとえば1F構内にも出現しているという。帰還困難区域にも出現しているという。
ポケモン、それは「商業主義」の行き着いた先だ。

伊勢神宮などでの「ユーモア」溢れた拒否看板が礼賛される。
学校の校門にある“校内のポケモンは保護されています。密猟者は停学にします”というタテ看が話題となる。

おおらかな国民性だ。

ポケモンを「文化」と言った人がいた。おもわず浮かんだのが「デカダンス」という言葉だ。比較しては、同位置で論じてはいけないのだろうが。

デカダンスという言葉は、発祥の地であるフランスと日本ではいささか趣を異にしているようだし、その解釈にも、たとえば耽美主義というものが入ると、勢い「文化論」になる。

今度の場合は、単純に「退廃的」と捉えて書いている。珍奇なものを求めて,耽美的・官能的な刺激に浸ろうとするという意味でも。

そして思う。

メディアの余りにも想像力の無さを。
想像と想像力とでは全く違う。

ポケモン探しのスマホの画面はまさに“想像”だけの社会だ。

「想像力」とは、それぞれが考えた上での己の力を養うことだ。社会事象を見る眼の中で一番重要なことだ。
逆説的なメディアリテラシーだ。彼ら自身に突き付けられた。

そして言う。今の日本人は、限りなく「想像力」を養わず、持たなくなっていると。想像力の前にまず「迎合」があるということを。

戦時中、大本営発表を、軍部に迎合して”事実“の如く伝え、ポツダム会議のことも国際情勢に対する想像力を働かせず、宣言、会議それ自体にすら反論していたことを。
それが敗戦を遅らせた大きな原因であったということも。

きょうもまた言う。

「バーチャルの世界に身も心も耽溺させて、その結果が何をもたらすのか」と。
「バーチャルの世界は、おしなべて現実逃避の場」なのだと。

バーチャルの世界に存在しているものって何なのだろう・・・。

このばかばかしい騒ぎについてはもう基本的に触れることをやめる。それに“異論”を唱えることが、その時流を煽ることにもなりかねないから。

少なくとも、文化を含め、「デカダンス」の時代は終わっている・・・。
平成のポケモン・デカダンスも終わりが来るだろう。後には何が残るのか。

芥川流に言おう。「その行方は誰も知らない」と。

2016年7月25日月曜日

「時代の正体」としての“ポケモン狂騒曲”

携帯電話の7割近くがスマホに代わり、スマホをツールとしての異常な現象。
「ポケモンGO」なるゲームの出現だ。
アメリカで大流行し(少なくともメディアはそう報じている)、日本にも“上陸”したその遊び、ゲーム。

時流に乗り遅れまいということか、何でも”参戦“してみようということか。

どんなゲームやアプリでも開発するのはその企業の勝手なのだが・・・。

スマホ依存症ということがここ何年も言われてきた。ある種の社会問題化している。それは多分SNSのことだったのだろう。

スマホを使ってはいる。SNSなるものにも、常に「懐疑的」なものを持ちながらも時々覗いている。個人の行動や趣味、嗜好がどうだということでは無く、そこから知り得ることの優位性があるからだ。

ポケモン遊びに狂奔している人たち。決しって若者だけでは無い。中高年にもそれがいるという現象。

アメリカで大流行とテレビが連日報道していた。それは“意図”を持った、切り取った映像であると思えるが。

日本上陸・・・。マスコミはまさに狂騒曲の伴奏者だった。朝日新聞が一面トップで大々的に報じたのには驚愕だった。

それほどのニュース価値があるのかどうか。メディア内部の「リテラシー能力」。

マスコミ報道が、連日の報道が、ポケモン騒ぎに輪をかけている。

「バスに乗り遅れまい」という国民性か。
皆がやっているから、という勝手に名づけた「文化」を追い求めようとしているのか。

ポケモン騒動に「時代の正体」を見る。「時代の空気」を見る。

どんな「ゲーム」をしようと、何に狂奔しようと、それはそれこそ「個人の自由」だ。
そのことをとやかく言うつもりは無い。

スマホの中にある「享楽」。

ポケモンを探して表に出て歩くから健康にいい。屁理屈だ。

スマホ依存症に陥っている人類。
依存症・・・。麻薬依存症(それはなかなか根絶できない)はれっきとした”犯罪“だ。

ギャンブル依存症。大方がカネを無くし、家庭崩壊への導火線にもなる。
アルコール依存症。医者の力を借りねば脱することは出来ない。
ニコチン依存症。脳疾患含め、様々な重病の遠因、原因ともなるとされる。

煙草・・・。それを語るのはなかなか難しい。煙草農家は長い間、日本の農業を支えてきた。
「ちょっと一服」は、精神的効果すらあったが。
「健康に害がある」ということで世間から「排斥」された。

スマホ依存症、ネット依存症。これらは何をもたらすのか。今言えることは「考えることをやめた」人間を生むことだ。

そして何よりも、バーチャルの世界に身を置くことの快感を享受していることだ。

人は「現実」にさまざまな問題点を抱えている。バーチャルの世界に“逃避”しても何も解決されないのだ。

「現実」は「現実」でしか解決できないのだ。現実からの逃避は自己喪失にもつながるのだ。

社会生活に危険があるとして、歩きスマホやながらスマホは禁止されているはずだ。その「禁止」という制約は物も見事に破られている。

ポケモン探しに夢中になって、道路に飛び出してきた人がいる。まったく正常に道路を運転していた人が、そこで人身事故を起こしたらどうなる。
既存の道交法で、過失傷害とされるのか、前方不注意とされるのか。
刑事罰にはならないまでも保険会社は運転者の非をついてくる。彼らの常套手段だから。

IT技術に管理される人たち、スマホのGPS機能に行動を把握される人たち。
ITが人間を管理する今の時代。

だからこうも言ってみる。

「ポケモンGOの正体」とは・・・。と。

多くの人がポケモンにうつつを抜かしているなかで、理不尽なことは多々起きている。
沖縄の高江の権力による「暴力的排除行為」。

石棺という言葉を使ったには大して意味がありませんでしたと公言する政府関係者。
結局、大金を投じて役立たなかった1Fの遮水壁問題。

ポケモンに当たり障りの無いコメントしか出せない政府。

「一億総活躍社会」と宰相は言う。ポケモンに狂っている人たちは、その「1億総活躍」の枠内に入っている人なのか。

もしかしたら、連日のゴルフで疲れた体を「ポケモンGO」をいじって、癒したりしていて(笑)

2016年7月20日水曜日

“ボスポラス海峡”と“ミラボー橋”

フランスやドイツではテロが頻繁に起き、多くの人の命が奪われている。
テロとは“無縁”の国だと思っていたものだが。

トルコでは“クーデター”だ。

アラビア半島とそれに隣接する国々。揺れに揺れている。
東洋と西洋の懸け橋として、それは文明としてもだが。
そこで銃が乱射され、爆弾が破裂し、戦車が走り、空から無差別の如き、閃光弾が撒かれる。

そこに起きている憎しみの連鎖と武力戦争。それは「事実」だ。
しかし、そのことの「真実」はわからない。

欲望、格差、憎悪・・・。それらの言葉は浮かんでも「真実」には迫れない。

もしかしたら、目の前の現実、事実から「逃避」しているのかもしれないが、

彼の地の古き良き時代を、記憶にある言葉で考えてしまう。

ロシアの詩人、エセーニンはボスポラス海峡をこう詠んだ。

ボスホラスへは行ったことがない。
このことは 君 きいてくれるな
でも、ぼくは海を見たんだ、君の目に。
碧の火の燃える海なのだ。

トルコ、イスタンブール、カスバ・・・エキゾチックな感慨を持たせてくれていた。

一度行ったことがあるパリは西洋文化の花開いた街に見えた。
“争い”を感じない町だった。
それが、今は・・・。

シャンソンのミラボー橋を想起する。

ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ
  われらの恋が流れる
  わたしは思い出す
  悩みのあとには楽しみが来ると
  日も暮れよ 鐘も鳴れ
  月日は流れ わたしは残る


手と手をつなぎ 顔と顔を向け合おう
  
  こうしていると
 二人の腕の橋の下を

  疲れたまなざしの無窮の時が流れる
  日も暮れよ 鐘も鳴れ
 
  月日は流れ わたしは残る

流れる水のように恋もまた死んでゆく
  
命ばかりが長く
希望ばかりが大きい
日も暮れよ 鐘も鳴れ
 
月日は流れ わたしは残る
日が去り 月がゆき
 
過ぎた時も
 昔の恋も
二度とまた帰ってこない
ミラボー橋の下をセーヌ川が流れる
日も暮れよ 鐘も鳴れ
 
月日は流れ わたしは残る

堀口大学が訳したアポリネールの詩。マリーローランサンの恋人。

月日の流れは、「わたし」が残ろうが残るまいが、“時代”を変える。
ボスポラス海峡もセーヌもそこで“戦争”を見ることになる。

国境を接し、異民族が暮らす地域。異民族が共存してきた地域。ナチスの時代を除いては。
そこで起きているもろもろの惨事。

“語り得るものを持ち合わせていない“という異国の一人としての無知と悲しさ。

テロは各地に連鎖する。バングラディッシュの邦人が巻き込まれた惨事。
黒人と白人が殺し合うと言う銃社会アメリカ。

今、人類は何を目指しているのか、どこに向かおうとしているのか。

誰も「答え」を持っていないのかもしれない。

クーデター騒ぎで思う。武力クーデターで思う。この国でもあった「反乱事件」。「騒乱事件」。2・26事件。
まさに政権打倒の軍事クーデターそのものだったことを。

2・26事件の“原因”の一つが、“動機”の一つが、皇道派とか統制派と言うことだけではなく、「政治腐敗と政財界の様々な現象、そして、農村の困窮があったということを。

もし、この国で「改憲」なるものが成就し、自衛隊が国防軍と言う名の軍隊になった時、それは「軍事クーデター」を惹起する要素も抱え込む材料となるのではないかということ。
「改憲」を成し遂げた側にも、その銃口が向けられる可能性だってあるということ。

世界各地で起きていることは、おしなべて、この国にあっても「他山の石」でもあるということ。

美しい詩歌の世界は、逆に悲惨な現実を突き付けているという「時代を考える鍵」。
灼熱の太陽がさまざまな想念を運んでくるようで。

2016年7月14日木曜日

「天皇退位」と「憲法」と

昨日、NHKがスクープした独自と銘打った天皇退位の意向問題。
他のマスコミの追いかけ報道含め、各社それぞれ“取材”はしていたのであろう。

問題はなぜこの時期にNHKがやったのか。そして宮内庁がこぞって否定しているということの“怪”。

天皇陛下がその意向であることは、これまでの言動や発言からして、あまりにも唐突なことではない。

しかし、皇室典範にも書かれていないことを承知の上で、その「ご意向」を漏らしていたとすれば、陛下の真意はどこにあるのだろうか。

少なくとも、宮内庁が今後否定しようとも、陛下が記者会見でもしない限り、このことはなかなか“続報”としては伝えられまい。

これだけの問題になった以上、政府や国会は、女性天皇の問題も含めて、皇室典範の見直しに取り組まねばならなくなる。

皇室に関する記述がある憲法2条に書かれているように。

しかも、それは急を要することなのだ。

内閣や国会が、まず取り組まなければならない課題は、この皇室典範ということになるのではないか。

それを改定するにも2年や3年は有にかかる。

いわゆる「改憲」を優先議題にしているわけにはいかなくなるのではないか。

天皇は全くの「護憲論者」だと思っている。

これまでも憲法や戦争の問題について、安倍政権との”違和感“を与えていたことは間違いない。

まさか天皇が、安倍政権を忌避して、改憲問題に踏み出させないように、天皇の“権能”の範囲内で、身に代えてと思われたとも考え難いが。

はるか数百年前の幕府と天皇との数々の軋轢の歴史があったことを考えてしまう。

なぜ、この時期に、参院選が終わったこの時期にこのNHKのスクープ報道なのか。
後追いにしては完璧なまでの他者の動き。

報道を否定する宮内庁。しかし、宮内庁への取材でわかったとクレジットをつけている記事もある。

今、天皇家の周りでは何が起きているのか。

すべては天皇がどこかの機会で自分の意向をはっきり表明する以外に、このことの“真相”は不明だ。

とにかくこの天皇のご意向は、改憲論議の帰趨に大きな影響を与えることになろう。
象徴だ、元首だと書き直す以前の問題として。

そんなことをふと考えてしまったやぶにらみ論。

2016年7月11日月曜日

テレビと政治

参院選、結果は予想通りだった。予想通り、それは獲得議席のことだけでなくテレビ報道の在り方だったということ。

開票速報の焦点は「改憲勢力」三分の二・・・。

改憲政党三分の二・・・。

かなりのカネをかけて出口調査などを行い、“業界競争”に労苦を費やした。
当落の予想が当たったとか間違ったとか。

そんなことが問題なのではない。

“改憲勢力”とは何か。自民・公明などの与党だけを指している。
違う。

民進党の中にだって「改憲」に前向きな議員だっている。

選挙の争点を安倍が言うままに垂れ流してきた。結果で「改憲勢力」を言うなら、選挙前になぜもっとそれを、「テレビの矜持」として俎上に上げ、視聴者にそれを伝え、議論の、至上の議論としなかったのか。

安倍の腹の中は「改憲」であったことは明白なのに。それを知りながらも敢えて”避けた“、そうそれは安倍が選挙期間中に封印したことの歩測を合せるように。

三分の二の意味、改憲発議の手順、国民投票への行程・・・。
ワイドショーなるものの司会者は、今さらながらに「よく知らなかった」と解説者の話を聞いて納得したような顔をするその無知さ加減。

視聴率という至上命題があるからか、政権の介入、“脅迫”を避けたのか。
なんとも悲しいテレビ。そんな思いがしたものだ。
要するに安倍の土俵で何やら「公共の電波」を使っていたということ。

投票率は低かった。これも予想通りだ。
有権者の50%ちょっとの投票。そのまた何分の一かもしれない得票。
それが、「憲法」というものに対してのこの国の意志をきけるということ。

選挙の中では大方語られなかった憲法論議。
それに疑義をさほど抱かなかった有権者。

またもスチュアート・ミルの言葉を引かざるを得ない。
「一国の国民は自分たちの平均的レベルを超える総理大臣を持つことは出来ない。また一国の政治が総理大臣の器量を超えることはない」。

国民の多くが、有権者の多くが“平均的レベル”ということなのか。
安倍との“運命共同体”であることを願ったのか。

何歳になっても「わからない」ことだらけだ。

ここ数年、「知憲のすすめ」ということを言ってきた。憲法を学べと言ってきた。直接でも間接でも。
しかし、前述のテレビの司会者ではないが、知憲に励んだ人がどれくらいいたのだろうか。

憲法とは決して他人事ではない。9条の戦争放棄だけが憲法では無い。
例えば「生活保護」なる社会システムは、憲法に「健康で文化的な最低限度の生活」と書かれているから出来上がった制度だと言っても過言ではない。

それぞれの人が個人としての価値観や要求、個人的にはなんて断りを入れながらも意見を言うことが出来るのは、「国民は個人として尊重される」と憲法にめいきされているからだ。

言論の自由、表現の自由・・・言うまでもなかろう。

話しが飛躍するようだが、アメリカでは憲法の2条で「銃を持つ自由」を保障している。国がそれを担保している。
結果、アメリカは、国の理想とはかけ離れたように、銃社会になり、連日のように発砲、殺人事件が起きている。

憲法にある条項は一人一人の”日常“に関与してくると言うこと。

秋ごろには安倍は「改憲」を議論の俎上に上げてくるだろう。もちろん国会の憲法審査会は政府の提案でそれを“議論”しない仕組みになってはいるものの「立法府の長だ」と豪語した安倍、どんな手を使ってくるのか。

とにかく、今度の参院選。安倍の、安倍の手下による「メディア戦略」が功を奏したと言っても過言ではあるまい。

この手法は、この先も折に触れて使われるのだろう。

視聴率や広告収入の問題はあるだろう。でもテレビ人よ。もう一回テレビの矜持を取り戻してくれないものかと。
「お前はただの現在に過ぎない」と“自己判定”しないでいられるためにも。

2016年7月10日日曜日

「病院で考えた民主主義」のこと

今日は参院選の投票日だ。

あらためて感じる争点無き選挙戦、いや争点隠しの選挙戦だったなと。

そして、この一年、考え続けてきたこの国の“民主主義”というもの。
言葉だけが踊り、それは曲がり角どころか、持て余しているようになっているかもしれないと言う“政治”の現実。

投票率は低いと見込む。

その“原因”は何か。
有権者に選挙への関心が薄れているということだけか。

選挙権が18歳以上となった。新有権者はどれほど選挙に関心を持ったのか。
関心を投票行動に結びつけたのか。
投票率を高めるために、投票に行った新有権者には“ご褒美”が与えられると言う。

有権者として当然の行為である選挙に参加することまで”餌“でつらねばならないという。悲しい実相だと思う。

夜8時、テレビは一斉に大きなテロップでいきなり投票結果を伝えるはずだ。
「与党圧勝」とか「改憲勢力三分の二」とかになるのか。

少なくともこれまでの「横並び」のような世論調査の結果を信じるならそんな予想が湧く。

やがてお決まりのように何回も映し出される「バンザイ!」の映像。
かつてその世界に身を置いていた者として、なんともお恥ずかしい次第。

一瞬にして自分が政治に参加したということの結果が現れてしまうということ。

どこか「間尺に合わない」し「摩訶不思議」とも言える。
その“速報”なるものにいかほどの意味があるのか。

メディア、特にテレビの「過当競争」と言わざるをえない。

選挙に関心が無い。投票しても意味が無い。そう思わせてしまうのは、当日の速報のことでは無く、事前の“正確”な世論調査の影響を否定できない。

「投票しても何も変わらない」という意識を植え付けるだけだ。

世論調査の中には無関心層という分け方がある。かなり多い。
「なんだ、こんなに無関心な人がいるんだ。それじゃ“参加”しなくたっていいじゃん。そう思う人だっている。

投票に行くと言う行為は「当たり前のこと」なのだ。選挙の結果がどうなろうと、投票には行くべきなのだ。結果が問題なのではない。それ以前の意志と行為の問題なのだ。

「民主主義」を言うならば。


去年の7月17日、突然(それは大方突然にくる)脳梗塞なる疾患に襲われ緊急入院していた。

手足は不自由になっていたが、頭脳は比較的確かだった。

病室に落ち着いてから、なぜかベッドの中で、連日「民主主義」ということを考えていた。

国会前で、連日のように「安保関連法案」をめぐる“新しい形”の反対運動が展開されていたからだ。
民主主義、議会制民主主義の在り様とも絡んで。

民主主義とはなんだ。これだ!とコールがこだましていた。

病院で民主主義を考える。つまり自分がその時置かれた環境の中でそれを考える。“奇妙”な体験だった。

医師はきちんと、検査をし、病状を説明し、的確な、それはもちろんその医師の判断ではあるが、的確な対処法を示してくれた。
処方箋を作ってくれた。
患者としての自分は、その医師の“施策”に、彼に信を置くことが出来ると判断したから身を委ねた。

政治と国民との間の在り様にも似ている。
正確な病状の説明は、政治にあっては正確なこの国の現状を示すことでもある。
処方箋を示す言うことは、こんな政治をやりますということでもある。

どういう治療を行い、回復に導くかは、政治の場であっては、「本音」を語り、それについて、“インフォームド・コンセント”、納得できる「同意」を語りかけることである。

未だ足は不自由だし、なにかと日常に不便さはある。
でも、患者に対して正確な病状を説明し、的確だと思う治療方法を彼は熱心に説明してくれた。
僕はそれに納得した。

「病院で考えた民主主義」とはこんなことだった。

そんなことをそこはかとなく思う参院選投票日のきょう。

選挙の在り方、選挙報道の在り方。大きく変える時代に来ていると思慮することしきりにて。

2016年7月7日木曜日

「異形の国」としての日本

参院戦についてちょこっと思うことを書く。

結局「原発」は全くと言っていいほど選挙の争点にも論点にもならなかった。 

争点にならなかったと言うよりも、皆、それを避けた。

おかしな言い方かもしれないが、参院選は「定期人事異動」みたいなものだ。
6年経ったら受けねばならない人事考課だ。
政権選択選挙ではない。

有権者の側からすれば、考課の対象を何にするかということ。であるはずなのに・・・。

争点なるものは考課される側が持ち出す。原発は考課の対象にならなかったということだ。

5年前をもうすでに忘れている。思考が「異形」なのだ。

立地地域であるところの候補者も原発は語らない。専門家に任せておけばいいとしている。

「専門家」は政治家では無い。国家の在り様を語れないし、あるべき国家像を持ってはいない。

立地地域の候補者ですらそれを語らない、主張しない「原発」。

それこそが時によっては、そう、福島で表出したように、時の政権が交代の憂き目を見ることに至った「国家としての課題」であるはずなのに。
だから「争点にしない」という見方も成り立つのだろうが。

福島県から立っている候補者とてそうだ。

アベノミクスがどうだの、改憲勢力がどうなの・・・。

マスコミもそれに“便乗”して、単なる”数“の話しに終始している。

福島の現実・・・。

それこそ「国民投票」ではないが、住民集会ではおおかた“軋轢”が生まれている。
国の説明もどこか“義務感”めいている。

安倍も福島に遊説に来た。その行程で、道端の、もとは田畑だったところに積まれている黒いビニール袋の山を見て、何かを感じたであろうか。感じてはいまい。およそ“無関係”なことなのだろうから。

その言は耳には届いてこない。

国の将来を左右するのはアベノミクスなる(自分の名を冠するその“傲慢さ”はともかく)経済政策はいわば詐術に満ちている。国の将来を決するものではない。国際情勢、世界的経済情勢が相関関係にあるものだ。

アクセルをふかす、エンジンンをふかす。意味不明なポピュリズム的アジテートで国民はまさに“局部麻酔”をかけられたような状態なのではないか。

そして野党たるものの、なんたる不甲斐なさよ。特に民進党なるところの。

党首には党首としての一種のカリスマ性が求められるものだ。

岡田にはそれが皆無だ。

選挙には向かない党首なのだ。人を引き付ける、街頭演説で聴衆を魅了するような話術を持たない。

「選挙の顔」ではないのだ。

改憲問題は「争点隠しだ」とメディアは、そこに登場する人たちは、おおよそ異口同音のように言う。
ならば改憲勢力なる政党に改憲を発議出来る3分の2を取らせてみようよ。

発議なんて出来るはずがないはずだ。

議席の問題では無い。国民投票というのが待っている。
英国の国民投票を見れば、その「恐ろしさ」がわかるはずだ。

国は「分裂」するかもしれないのだ。そんな度胸はありやなしや。

「民主主義」と言うものが何であるのか。逆説的な言い方かもしれないが、今、我々が思い描いて来たソレは”死語“にも等しい。

独裁政権が出来ると言う。それを許すほどに日本人は「異形」になったのだろうか。なっていない。

経済政策にしても安保政策にしても、改憲問題にしても、それらは「政治の力」で克服できる可能性がある。

核の問題は違う。もはや人類が人智をもって制御できないものとなっていることに認識を新たにすべきだ。

核、原発の問題に関して「正常性バイアス」を働かせるのはあまりにも愚なのだ。

選挙で問われない原発問題。国民の側からもそれを俎上にあげるべきことでもあるのに。

不作為のまま、目先のことで語られる選挙・・・。

それは何を意味しているのか。

原発を止めるのは「専門家」ではない。政治なのだ。しかし、政治はそれから意識的に逃避する。

そんな思いに煩悶しながら迎える参院選・・・。

「異形の国」と書いた。「異形」とは、津本陽という作家が田中角栄に付した呼称だ。

「異形の将軍」、その本の帯封にはこうある。

//角栄を知ることはこの国のしくみを知ることだ//

2016年7月5日火曜日

「こんな政治家が君臨する国」ということ

一昨日来た新聞の片隅に書いてあった。今朝のコラムにも書かれていた。

オリンピック代表団の壮行会で、森喜朗がこんなことを言ったという。
「国歌を歌えないような選手は日本の代表ではない」。
「口をモゴモゴしてるだけじゃなくて、声を大きくあげ、表彰台に立ったら国家を歌ってください」と。

この壮行会、国歌は“斉唱”ではなく、陸自の“歌姫”による国歌「独唱」だったという。それは式場内に周知されていた。

独唱も斉唱も区別が付かないんだね。この老害おじさんは。
なんでこんなおっさんが2020年の東京オリンピック組織委員会の会長なんだろう。

音楽を政治に持ち込むな、スポーツを政治に持ち込むな。この人たちがそのお仲間たちが最近言い出したセリフ。

ならば問う。政治にスポーツを持ち込むな。議席を確保するために有名スポーツ選手を選挙にだすな。


東京五輪に向けてのこれまでの数多くのゴタゴタ、不祥事。どこかでこの男が絡んでいる。

ラグビー選手が全員、大声で国家を歌っているか。テレビで見る光景の中にそれは無い。足元のラグビー協会で喚けよ。

この人がこの国の総理大臣だった。ITが進み始めた時代。彼はそれを「イットとはなんだ?」と喋った無知無能な政治家だったという記憶。

彼は安倍の“後見人”でもある。
お互いがお互いの代弁者であるかのような光景を何度も見た。

スポーツ界に「君臨」する政治家。それも“独裁者”のごとく。

国歌「君が代」とはなにか。
古今集にある詠み人知らずの恋歌が原型だ。天皇陛下とは無関係な出自を持つ歌だ。

日本人は長らく「国歌」を持たなかった。明治になってから委嘱された宮内庁雅楽部が選んだのが君が代。

当時の為政者はこの歌の「君」を天皇陛下に置き換えた。
勝手な推測を言えば、天皇家にとっても“迷惑”なことでは無かったのではないか。

そういう場に居れば、そういう時であれば大声で歌う。国歌「君が代」を。
歌うには難しい歌だ。途中でオクターブあげてみたり下げてみたり。
「高らかに歌え君が代」。

それはどこか校歌を斉唱した時と同じ感覚だ。今週末には大学の学員会支部総会がある。
校歌を卒業生全員が知っているか。いない。口をモゴモゴさせているOBもいる。暗唱している自分は思いっきり歌う。それは「往時」を懐かしむだけの行為だけかもしれないが。

その大学は卒業したけれど、「愛校心」があるかと問わるとさしたる愛校心なるものもない。が、その時には歌いたくなるものが校歌だ。

オリンピック参加選手は誰しも「日の丸」を掲げたいという。思っている。国旗「日の丸」が掲揚される中で国歌「君が代」の演奏を聴く。それを目指している。

2011年、ナデシコジャパンが日の丸を掲げて場内を一周していた光景は忘れない。
その他でも日の丸を名誉として、それに身を包んで喜びを表現する選手も数多くいる。
スタンドからは日に丸の小旗が打ち振られる。

なぜ森喜朗如きに国歌君が代の斉唱を強要されなくてはならないのか。
非難されねばならないのか。それに対して自分の意見をいう選手がいてもいいじゃないかと思う。
場違いな言葉に対して相手がだれであろうと異論を言う。
そんな“気概”を彼らは彼女らは持っているはずだと信じたいから。

「裏声で歌え君が代」。丸谷才一の著作がある。かれは「君」を「恋する人」と認識したうえで、国家と個人を、独特の難しい文体で綴っている。

上りのエスカレーターを逆走して恋人を追う描写。それは高度成長に浮かれる世相を、国を、比ゆ的に表現したかったのだろうとも受け止めている。

主人公の一人である台湾人との会話では、「国家」と「民衆」、国家と社会制度のありようについての理論的な議論が交わされている。

国歌斉唱は「国家的建前」なのか。「国家の理想」なのか。皆が同じようにすることが。

スポーツと国歌。混同させて考えることしか出来ない「哀れな単細胞男」よ。
この男の無知蒙昧な言葉が選手のモチベーションを下げないことを祈るのみにて。

2016年7月3日日曜日

「不」という文字に支配され・・・

バングラディデュ、ダッカでのテロ。

語る言葉を持てない。語りようがないのだ。
無差別な殺人行為、“コーラン”を唱えられなければ殺すということ。

ISという組織、集団とどう対峙し、非道な行為を止めさせることが出来るのか。
イスラム過激主義集団をどう見ればいいのか。

さきのトルコ、イスタンブールでのテロでも然りだ。

これでは地球上は全部が戦闘地域と言えるのかもしれない。
ISという集団を無くすために、過激派集団を無くすには激しい空爆しかないのか。
彼の地に住む“無垢”の民をも犠牲にすることを厭わずに。

国連をはじめ、国際社会は「無力」なのだろうか。

いま、世界を覆っていることに限りない「不安」が付きまとう。
事の重大さを思う。

JAICAとして、人々を援助しようとする人がテロのターゲットに。
余りにも、我々の常識からすれば「不可解」すぎるのだ。

英国がEUを離脱する。先行きは「不透明」だ。

「不確実性」が増す。

多くのイスラム教徒は、「排除」の対象とされるだろう。

ルペンが登場し、多くの支持を得ている。トランプが多くの支持を得る。

宗教、人種などによる差別が台頭するのだろうか。

「不寛容」な「不寛容さ」が持つべき価値観として再来する。

21世紀という時代は、後年、どんな表現で歴史の中で語られるのだろうか。

「不見識」な言葉や思考が飛び交う。

自らの身を思えば、やはり“老後の不安”なるものがつきまとう。

政治への「不信感」は増す。あまりにも「不作為」なことが多すぎる。

今の時代を読み解くことは「不可能」に近い。


論語に「不憤不啓」という言葉がある。憤せずんば啓せず。

自分が物事を理解するのに苦しんで、知ろうとする努力に燃え、発憤しなければ、自分の中の悩みを啓(ひらく)ことが出来ない、解決出来ない、知識を得ることが出来ない。そんな意味と捉えている。

墳という字は、今は“憤怒”の墳と置き換える。

理性を保ちながら、世の中の事に怒りを持って“対処”しないと、どう読み解けばいいのかが見えなくなってくるとでもいうことか。

「不」という字に翻弄され、やりきれない思いが錯綜しているのであり。

2016年6月26日日曜日

ビートルズとEU離脱、そして“飯舘”

全くの「感情」としての日曜妄語である。

ビートルズと言えばイギリス、イギリスと言えばビートルズ。そんな時代があった。
かつてのビートルズ世代は、今は中高年者だ。

彼らが一世を風靡していた頃、リバプールサウンドが世を席捲しているのを見て、「信じ難い」という感覚があった。

保守的な国としての存在であった英国。大英帝国。そこから、あの斬新な音楽がやって来た。
熱狂的に“歓迎”したのは日本の若者。中高年者はどこか眉を顰めていたようでもあった。

後年、興味を持ってビートルズの音楽に接すると、それは何とも革新的な、それまでの保守的な音楽を打ち破るような物だった。

彼らの歌う歌詞、特にジョンレノンの歌詞は、まさしく全世界の平和を求める、平和であるべきだとする強烈なメッセージを持っていた。
いわば英国単独の“音楽では無く、それこそグローバルな音楽だったのだ。

♪イマジン♪はその典型だ。

想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く
そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんなが
ただ平和に生きているって...

進取の気風あふれる英国に、いや、王室を持つ英国だからだろうか。皇太子も留学した。「テムズのほとりにて」という本も書いた。

とにかく、その英国がEU離脱を国民投票で決めた。事前の予想を覆してだ。
“離脱”に賛成したのは英国民の、グレートブリテンの中高年層が多かったという。

若者は圧倒的に“残留”を支持したという。

今の「体制」の変革を望んだのは中高年。「体制維持」を支持したのは若年層。

EU離脱を巡る当面の最大の問題は「経済」だろう。世界経済に打撃を与えるとみられる混乱。

場合によっては「世界同時恐慌」も招きかねないかもしれない。

EU離脱にしても決して悪い意味だけではなく、「自国意識」が作用している。

サイコス・ピコ協定にまで遡って考えなくてはならないのかもしれない。

植民地政策で繁栄してきた英国。

歴史はともかく、いま、世界は大きく「保守化」の、あるいは「右寄り」の姿勢が台頭している。

フランスのルペン、アメリカのトランプ現象を見るまでもなく。そして日本もだ。

あと少しで参院選がある。世論調査の結果はともかく、若者がどういう反応を示すのか、行動するのか。これまでは「投票率」が低かったことだけは事実だ。

英国の国民投票、日本の参院選。比較すべき問題ではないと思うけれど。

福島の話を重ねて見る。原発事故の「被災者」としての福島。その象徴的なところとしての飯館。

近く指示が出されるという避難解除、帰還。

帰還するのは多くが中高年、いや高齢者だ。
若年層は帰還しない。

年代によって、物の見方、生きていくことへの価値観が変わる。
英国になぞらえれば“離脱”派は若年層、“残留派”は中高年となるのか。

世界の出来事も含めて、年代間、世代間格差っていうものは「不可避」なことなのだろうか。

最近いわれる「シルバー民主主義」という表現、非常に腹立たしい。安易な言葉遊びのようだ。

国民投票が「民主主義」の最終手段として顕著な動きを見えようとしている。

英国をみても「代議制民主主義」は機能しない制度となったのだろうか。

さまざま世の中曲がり角・・・。

明日の日本の株式市場がどう反応するのか。離脱問題に。気にはなる。だって「年金運用」に密接にからんでくる問題だからだ。
“シルバー”
の一人として・・・。

移住、移民、難民、植民地・・・。そして格差。

日本だって「他人事」ではない。それに類する問題を抱えている。

2016年6月22日水曜日

「参議院」を考える

参院選が今日公示された。しばし、選挙の季節となる。

昔、駆け出しの頃、国会の中をうろちょろしていた頃、参院には「緑風会」という会派があった。保守系無所属の会とでも言おうか。

佐藤尚武。敗戦時、ポツダム宣言の文書を入手し、東京に打電したものの、”無視“された人物。後の議長の重宗雄三。

貴族院時代からの議員だった山本有三など、貴族院の”残党“や文化人、官僚がその多数を占めていた。

緑風会の流れをくんでいたのが二院クラブだとも言えようか。

あまねく政党化されていない参院だった時代。「党議拘束」などというものはほとんど存在していなかった。

やがて今の公明党が公明クラブという名称で議会に登場した。黒柳明、いつも大声で怒鳴っていた。

いつの頃からか。参院の政党化が一挙に進んだ。無所属は極端に減っていった。

かつて「良識の府」と呼ばれ、衆院へのチェック機能を果たしていた参院は、衆院の政党による「カーボンコピー」へと変遷の道をたどった。

全国区だった時代。有名人が、政治に向いているかどうかは無関係に名前が知られている人が議員となって登場した。

被選挙権は30歳。衆院の25歳を上回る規定がある。つまり、30歳にならないと「良識の府」にはふさわしくないとの判断があったからだろう。

有名人で最初に、全国区トップで当選したのはNHKのど自慢の司会アナウンサーだった宮田輝のはずだ。

その後も、鬼の大松や山東明子、扇千景・・・。
「参院は有名人クラブだ」なんて陰口を叩いていた記憶あり。

参院は独自の機能を発揮することなく、衆院に“埋没”した。

これが日本の政治の劣化の始まりだったのかもしれない。

参院無用論が謂われる昨今。

衆院議員は「代議士」だ。参院議員はそうは呼ばない。「議員」だ。参院には“解散”は無い。6年間の“終身雇用”みたいなもんだ。

すべてのケースがそうだったわけではないが、「解散」によって国民の信を問うた。選挙の争点を問うた。

“定期人事異動”のような参院選。「政党」に埋没している参院議員。独自性を発揮出来ない参院議員。参院枠と称して3人の入閣を求めるという「慣例」。

公示の日だからあえて言う。
「あなたはなんで参院議員を目指しているのですか」と。

応えられる候補者はいまい。
鞍替えありの当選可能性ありの知名度ありの・・・。

安倍政権は三分の二の確保を目指し、野党は“共闘”してその阻止を目指す。

「改憲」だからだ。その員数合わせのための参院選だからだ。

安倍はこの参院選で「国民の信を問う」という言葉を連発している。

「信を問う」と言う言葉は、政界用語は、衆院解散・政権選択・総選挙で用い有れる言葉のはず。

無知なのか、何が何でもと言うことなのか。

ちなみに、緑風会結成時の綱領の第一項にはこうある。

「新憲法の基調たる人類普遍の原理にのっとり、愛と正義にもとづく政治の実現を期する」と。

新憲法とはもちろん現行憲法を指す。

参院選に「水を差す」つもりで書いたのではありませんが。
参院の意義を為政者も国民も確認してほしくて・・・。

議員ならどこでも、衆参問いません。殿のご下命なら。ま、そういうことかもしれないけど。

そして明日は沖縄慰霊の日だ。参院選で”沖縄”が議論にされることは・・・。

2016年6月20日月曜日

「伝わらない怒りと悲しみ」

若いころから「沖縄」には関心があった。理由の一つは返還前の、パスポートを持たねば“日本”の中に入れなかったという経験。そして、なぜ日本でありながら日本でではないのかと言うこと。それを知りたいがために、沖縄に関する本をいくつか読んできたこともあるかもしれない。

沖縄返還以前は、本土復帰の前までは、沖縄県ではなく、そこは“琉球県”であり、県知事という呼称は無く、代表は「琉球主席」だった。その主席選挙を巡っての「本土」の干渉は“醜かった”。
本土の政府の意向を無視するかのように、主席には屋良朝苗氏が選ばれた。
 

沖縄の基地問題をめぐり、菅直人が首相だった時、国会の答弁で「いま、琉球処分という本を読んでいるところです」と言ったような言葉を口にしたとき、鳩山と同じように、“見切り”をつけた。

3・11後、沖縄と福島を「並列」して書いたことが何回もある。

共通する言葉は「棄民」。

昨日那覇市で行われた「元米海兵隊員事件」の抗議する県民大会。6万5千人が参加したと言われる。

自民党・公明党は参加をしなかった。それぞれの本部の意向だ。

政党とは何なのだろう。

政党人である前に県民ではないのか。所属議員ならともかく、一般党員まで、「拘束」しなくては、また「拘束」に従わなければならないというのはなぜか。

在日米軍基地に70%以上が存在する沖縄。その基地に「守られている」本土。
沖縄県民が抱える苦しみや悲しみをなぜ受け入れることが出来ないのか。

海の向こうはやはり“異土”なのだろうか。なぜ理解しようとしないのか。

沖縄戦最後の”司令官“、太田実中将。彼の最後の電文、遺言。

「糧食六月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ
沖縄県民斯ク戦ヘリ
県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」

“高配”はあったのだろうか。無かったと思う。

3日後、6月23日。沖縄にとっての「特別な日」がくる。慰霊の日だ。県民集会があるはずだ。そこに参加するのは・・・。
政党のいかんを問わず、そこに存在するのは「個人の意思」であるべきだ。琉球人、沖縄人としての。

あの3・11から5年以上。福島のことは、福島県民の悲しみや怒りはどこまで伝わっているのだろう。

「もう福島はもとにもどったのじゃないの」。そんな言葉もしばしば耳にする。
汚染物質を運び込む中間貯蔵施設。建設は遅々として進まない。

その“完成”にどれだけの人が、どいいう人が尽力しているのか。
確保されて建設用地は見込みのわずか2%。
搬入予定のフレコンバッグは未だ「野積」のまま。

その「黒い塊」のある“ふるさと”への帰還を促進する動き。
担当の大臣や副大臣、政務官は2~3年で代わる。
任期の間だけ当たり障りの無い無意味な「説明」をしていればいいということか。

福島にいる東電の関係者や復興本部の人は、福島の現況を見ているはず。
5年と言う歳月は「捨てられた歳月」と言えなくもない。

「われは一人の死の意味に長く苦しまむ 6月15日の警官として」。
「石投げて迫るを追えどつきつめて信じたしこの民衆の声」。

60年安保時の警察官だった人が詠んだ句だ。

いつ詠んだかは定かではないが、組織とは距離を置き、個人としての、ひとりの問いを発し続けた人もいるということ。

本土と沖縄の「分断」、福島とその他の地との「分断」。

どう理解し、読み解くのか。「未完成」のままで終わるのかもしれないというある種の“恐怖”。



2016年6月19日日曜日

“オリンピック”と“政治”と“第三者”

「舛添狂騒虚曲」が一応おさまった。収まったというか、「そしてだれも居なくなった」って気配だ。

以前、東京都の職員だった大学の先輩が、いみじくも言っていた。
「東京都庁って伏魔殿だぞ」。

もう何十年前に聞かされてことをふと思い出したりして。

舛添の不行状、不行跡、吝嗇さ。決して“揶揄”ではなくて、あまりにもばかばかしかった。
「SEKOI」という“言葉”を世界に広めてくれた。

政治資金の云々という批判が数多くあり、政治資金規正法は「ザル法」だとこぞって指摘されていたが、彼の政治資金団体の収入は判然としない。
無いに等しいような感じすらする。

要は「東京都の税金」の無駄遣い、不正使用ということのではないか。
その海外旅行などのバカバカしさ。それには都庁の職員も“おこぼれにあずかっている”。都議にもいるだろう。

「政治には言えない事と機微がある」。そう答弁したマスゾエのい弁が、政治と言うものの実態をいみじくも問わず語りに語っていた。

だから「伏魔殿」なる言葉を思い出した次第。

「税とは何か」。あらためて考える材料が提供されたということ。
税金というものに、納税の義務という憲法で国民に課せられた、数少ない義務。
その憲法の”理念“がまったく翳んでしまったということ。

あの鳴り物入りで導入された「ふるさと納税」なるものが、今や「一つの商売」と化しているようなこと。

それらを含めての税を考える“視点”が、バカバカしさの中から垣間見えてきて。

舛添の「延命」のための言い分、“大義名分”は、大方「オリンピック」だった。リオ五輪まではどうにか・・・。
あの次期開催地の代表者への五輪旗受け取りに執着していた。

これまでもあった閉会式での「旗」の受け渡し。その市長や知事の名前を、顔をどれくらいの人が知っているのだろうか。
旗の受け取りに何の意味ありやだ。
「デラシネの旗」を、根無し草の“経験”を持つ人が多い都民にとっては尚更だ。

オリンピックに「固執する」政治家。どこか安倍と通底しているの感ありだ。

安倍が東京オリンピック招致ではしゃぎ回ったあの醜い光景。

リオでも大統領代行が汚職問題で疑惑が取沙汰されている。
オリンピックを巡っては電通幹部の「カネ」にまつわる疑惑が報じられている。

IOC幹部へのいわば「わいろ」の問題も指摘されている。

「オリンピック」って何だい。

東京五輪をめぐる設計や施行、エンブレムをめぐるカネがらみの不祥事と疑惑の数々。

「オリンピック」って何だい。

ドーピング問題も含め、「国威発揚」のスポーツの祭典は、その理念はともかく、今やカネと疑惑まみれの祭典に化そうとしている。
政治がそれを極端にまで利用しようとしている。

こころのどこかで「オリンピック不要論」が頭を持ち上げてくる。

そして、舛添の“政治資金”の不適切支出問題。
彼が雇った弁護士が第三者。
誰かに「進言」されたものかもしれないが。

この第三者たるもの、全くのまやかしの「第三者」。主犯、マムシの善三。
ロクな調査もせずに「不適切だが違法性は無い」。

東電の炉心溶融めぐる報告書。東電が“指名した第三者委員会。ロクな調査もしていない調査報告書。

佐々木善三なるヤメ検弁護士。“輝かしい経歴”の持ち主。政治とカネの渦中にいる「闇の帝王」だ。

東電の第三者委員会なるものみも彼は名を連ねている。

報告書の提出が、何故今の時期なのか。選挙と関連しているように思えてならない。
「官邸からの指示があった」。当時の清水社長へのヒヤリング結果も「推測」の域をでていない。
官邸に問い合わせた、ヒヤリングはしなかった。そんな杜撰な「報告書」を今さら仰々しく提出なんてなんてこったい。

当時の「官邸」なるところに問い合わせの一つもすることくらいなぜしなかった。それが弁護士と言う資格を持った、検事を務めてきたもののやる仕草かい。

じゃ、マスゾエ問題も、この報告書も、数々の政治とカネにまつわることどもも。”官邸からの指示“って例え勘ぐられたって致し方あるめえと。

またまた日曜妄語と相成りました。言い訳は一つだけ。諸般私事多忙であったとしか。

それにしても、今この国は、またしても「黒い霧」と「深い闇」に覆われていると。少なくとも「第三者」なるものは公平・公正では決してないと言うこと。

あらためて納得なり。

2016年6月12日日曜日

「言いくるめる」政治。

「言いくるめる」。言い包めるという言葉がある。

辞書によれば、「言葉巧みに相手を信用させてだます。口先でまるめこむ」ということだ。

鷺を烏と言いくるめるという類語もある。明らかに正しくないのに、ものの道理を強引に言い曲げることのたとえ。

“政治”の場で、この「言いくるめる」作業が行われていることが悲しい。

参院選は事実上の選挙戦に入っている。いかにして自分たちが「権力」の場にいられるか、居ようとするのか。そのために有権者と言われる国民をいかにして「いいくるめる」か。そんなことが行われているように思えてならないのだが。

まして今度の選挙からは新しい有権者として18歳になった若者240万人がそれに加わることになる。

「エセ民主主義」の可能性だってある選挙戦で彼らを言いくるめることに巻き込んで欲しくはないと思うのだが。

東京都知事のあの「せこい」事件、これにはあいた口がふさがらないってことなのだ。

自治体に上下はないものの、やはり東京は日本の首都だ。そこのトップがなんら「倫理観」も「道徳観」も持ち合わせていなかったということ。

生粋の江戸っ子は怒りに震えているのではと。

なんとかかんとか言って都民を国民を言いくるめようとしている。不様なんだよな。

「言いくるめ」の材料に使ったのが“第三者”。なにが第三者だ。雇ったヤメ検の弁護士じゃないか。
さすが元特捜の敏腕検事。違法性と不適切なんて言葉をうまいこと使い分け、どこか「煙に巻こう」としているように見て取れてならない。

黒を白と言いくるめようと、時には高圧的、威圧的な態度にも出る。
彼の御取調べを受けた被告は、ま、お気の毒様とでも言いたくなるような。

少なくとも第三者とは、南町奉行か北町奉行のようなタマではなにといけないのに。

ヤメ検の“不行き届き”で”杜撰“な調査結果。肩書が肩書だけに「司法の権威」すら失墜させかねない問題だとも思えてくるのだが。

3.11後特にそれを感じる。当事者が当事者能力から逃れ、いかにも公正さを装うかの如く第三者という隠れ蓑の中にひそむあわれな姿を。

企業の不祥事、多発している。調査はすべて第三者とされる。

じゃ、その企業の経営者は何をしてきたのか。
無責任社会をいつからこの国は「容認」するようになったのか。

「江戸っ子をなめんじゃねえよ」とタンカを切っている御仁も見かけた。

せこい言い訳や言い逃れはもうやめようぜ。

せこい、醜い政治にはもう飽き飽きしてるはず。それを座視している悲しさ。

都知事だけじゃない、この手のこと。あのマムシの善三が弁護を引き受けてきた政治家がいたと言うこと。

「闇の帝王」と呼ばれたヤメ検の“悪徳弁護士”、田中森一。刑務所の中で彼は論語を学び続けた。論語から悟ったこと多々ありだったという。

「道徳」とか「倫理」とか。市井の民に押し付ける前に自ら学べよ、政治家さんよ。

世も末だ、なんて思ってしまうのはなんともはや間尺に合わないぜ。
出直せよマスゾエさんよ。旧知の者からの忠告にならない忠告にて。

友情ある説得なんて出来かねます。

2016年6月5日日曜日

“欺瞞”の国を生きているということ

嘘をついてはいけない。最初にうけた“道徳教育”だった。
嘘をつくと閻魔さまに舌を抜かれる。最初に受けた“罪”への戒めだった。
下される”罰“の教えだった。
うそついたら針千本の~ます。というのが友達との日常会話にあった。
嘘は罪、という歌もあった。
嘘から出た真という喩えも落語の世界ではあったが・・・。

たしか総理大臣経験者だったか。ナチスを例にとって「嘘も百回も言えば本当になる」というようなことを壮語していた人もいた。
そう、まさにナチスのゲーリングの思考がそうだった。

「国民は指導者たちの意のままになるそれは簡単なことだ。
自分たちが外国から攻撃されていると説明するだけでいい。
平和主義者に対しては、愛国心が無く国家を危険にさらす人々だと批判すればいいだけのことだ。この方法はどこの国でも同じように通用する」と。

とりあえずは外国からの攻撃を経済的危機と置き換えてみればいい。

欺瞞と嘘は意味合いが多少違うかもしれないが。
政治の世界を垣間見ていて、あらためてつくづく思う。今のこの国は欺瞞国家だと。
どちらをみても「嘘八百だらけ」だと。

「断言します。御約束します」と大見得を切ったにも関わらず、「新しい判断」だと豪語する。
“嘘”が“新しい判断”という言葉に置き換えられる。

消費税増税をめぐる最近の話し。

「正義の反対語は何か。新しい正義だ」と論壇で述べていた人もいたが。

とにかく消費税10%は2年半先送りされた。先延ばしされた。

目先を考える人にとっては、あるいは「正しい判断だ」と映るかもしれない。
しかし、2年半後はどうなっているのか。
消費者物価一つにしてもだ。

社会保障は、どうも“手抜き”されるようだ。そのための「口実」を新しい判断が示したのだから。

政治家も官僚も、マスコミもこぞって言う。「財源はどうする」と。財源は無いと。これから考えると。

財源・・・。入るをはかり出るを制する。そんな教えが、経済という言葉の日本語での出自にはある。

無駄を省くのだ。増税による財政再建。一般会計でもまだまだ“節約”の余地があるはず。
為政者の奢侈を戒めるのも一つだ。

何よりも「伏魔殿的」な特別会計。まるで不可侵であるかにような国家予算の仕組み。

何本も放った矢も折れた。もはや刀も尽きたとも思えるのだけど。

とりあえず「放った」安倍の甘言。何でだ。

彼は「経済」は単なる政策の、受けのいいと思われる取り口だ。

何を目指すか。「改憲」以外に無いでしょ。
選挙に勝つためには将来のこの国の経済まで、財政まで気を配る必要はなにということだ。とも聞こえている。

消費税問題も、まだ予想はつきにくいものの、衆院解散をめぐる「降ってわいたような」政権与党内の“軋轢”、それをめぐる報道も、どこか「出来レース」とも思えてくる。

全てを織り込み済みの猿芝居か。永田町特有のキツネと狸の化かし合いか。

みんな「ふりをしている」んだ。

「新しい判断」、この言葉だけはどうしてもいただけない。

何でもかんでも「新しい」にしてしまえばいいのだから。「古い判断」の固執したことへの謝罪のひとつもない宰相の下で暮らしていくと言うこと。

誕生日には家族そろって焼肉を食べに行こう。そんな約束を家族が交わしていた。その直前になって「ラーメンにする」と父親が言う。
家族は「約束が違う」と怒る。父親開き直る。「新しい判断だ」と。

そんな例えはいかがでしょうか。

東電も、いまだ「欺瞞」でことをすり抜けようとしている。


てなことをこのところ思ってきたのです。

前回、体調不良の「愚痴」を書いたため、どうも各方面の方々に心配を掛けました。
ようやく回復基調にあります。上振れの傾向にあるようです。

が、梅雨になって、季節変動値が加わるとまたどうなるか。
乱高下一服感のある中での「週一ブログ」でございました。

選挙の季節です。事実上の第一声は、またも「福島」でした。きっとこれまで二回も勝ってきたから縁起がいいとでも思っておられるのかもしれませんが。

2016年5月23日月曜日

不思議な国の”宰相A”

久方ぶりに書いている。書かないことがストレスになり、かえって体調不良をもたらすから。

悲観的に言うのではないが、やはり加齢というか年齢によること大なのだろうか。
どうも免疫力が著しく減退しているようだ。医者にもそう指摘されたが。

激しい偏頭痛に襲われること数日。薬でそれが治まると、今度は、身体中に強い痒みを伴った湿疹。眼の中にまで。

気力も体力も減退してくるという“負の連鎖”。

そして、見聞きする世相の動きに連日のように“義憤”を覚えるというストレス。

ざっと言えば、これが近況なのでありまして・・・。


大上段に振りかぶったようなものの言い方をすれば、今のこの国は「不思議な国」だと思う。その不思議とはアリスが住む”夢“の国では無くて、摩訶不思議な理解しがたいことが平気で起き、平気で行われているということだ。

数日前、安倍は国会でこう述べた。大音声で公言した。

「立法府の長は私だ」と。

数年前にも同じようなことを言っている。間違いを指摘されてもなんら恥じ入る気配すらない。

憲法を知っていて、あえて言ったのか。知らないで言ったのか。
小学生でも知っている三権分立を理解していない。

立法府の長は議長だ。その議長が何も言わないということの違和感。
そのことを定例である記者会見で聞かない衆院記者クラブの面々。

選挙があれば議長は終わりだ。お役御免だ。
大島君よ、いまのうちに“正論”を言っておけよ。


「三権分立がどうのこうのと言ったって、その長を決めるのは俺だぜ。
人事権は俺が持っているんだ。現実論として俺がすべての長だと言って何が悪いんだ」。

そう“うそぶいて”いるんだろうな。「宰相“A”」は。物書き一人がその“国”に舞い込んだとて、なんの「歯止め」にもならないってわけだ。

そう言えば、去年の今頃の国会でも、共産党の委員長の質問に「ポツダム宣言については、つまびらかにしていないと堂々と無知を晒して、恥じるところもなかったし。

国会での答弁、多くは紙の読み上げだが、時に自分の言葉で喋るとなると、なんでもかんでもいきなり喧嘩腰だ。

憲法を知らない首相。昭和史を知らない首相。経済政策にも疎い首相。

かつて沖縄のことを問われた時、「琉球処分」という本を今読んでいます、と答えた菅もそうだ。

一国の宰相が、おおむね無知であると言うこと。それは何党の政権であるかが問題ではない。あまねく「器量」の問題なのだ。

毎夜の如く宴席で数時間のメシを食ってる時間あるなら、家でメザシを食って本でも読めよ。国を真剣に思っていた先人にならい。

とにかく、これほど無知で、独裁的な、そして幼稚な首相を見たことが無い。


「安倍さんはずるい政治家です。安倍さんを表現するとき、無知と無恥の二つの“ムチ”に集約できると思っています。
彼はまず歴史を知らない。戦後の日本人が築いてきた歴史を踏まえていない。
過去の世代へのルスペクトが全く無いんです。
安倍さんのずる賢さは、自分の考えに同意する人を登用し、反対する人をクビにしてしまう。安倍政権のやり方は“法による支配”ではなく“人による支配”なんです。人事に手をつけて、自分に都合のいい解釈をひっぱり出してきて、後のことは考えない。実に危険な考え方であり、無恥としか言いようが無い・・・。」

こう批判しているのは、安倍の政治思想史の(履修したかどうかはわからないけど)恩師である成蹊大学名誉教授の加藤節氏だ。

先生からも見放された駄々っ子はこの先どんな道を突き進むのだろう。

御先真っ暗だ。いえね、自分の事です。目がもう翳んできて・・・。ストレスが倍加しているようでね。明日は医者に・・・。

またも暫時「沈黙」という抗議行動に出ます。沖縄県民がそうであるように。

2016年5月12日木曜日

間尺に合わないこと

間尺に合わない。損をするという意味だけでは無い。どこか納得がいかないという解釈で使わせてもらう。

自動車税の納付通知が来た。なんと7千円も高くなっている。
13年以上乗った車。排ガス規制がなんとやら。
その“公文書”の行間からにじみ出ている「お上」の言葉。

「お前の車はもう13年以上も乗っているんだぞ。この排ガス低減を目指す“先進国”にあって、そんな車に乗っていることは世の中に公害をまき散らしていることになるんだぞ。
ハイブリッド車や電気自動車に早く買い替えなさい。新車に買い替えなさい。
言うことを聞かないから”罰“として税金を上げてやる」と。

車を買い替えれば“優遇税制”が適用される。新車を買えば自動車メーカーは儲かる。新車出荷台数は国の経済指標の一つだ。
自動車メーカーは儲かるよ。いや、儲けさせねばならないのだ。

車の面倒を見てくれている整備士くんが言った。
「車は10万キロ乗ってからパフォーマンスがよくなるんですよ」。

そう、彼はちゃんと車の面倒をみてくれている。手入れもしてくれている。

まだ走行距離は10万キロちょっとだ。20万キロまでは十分乗れるはずだ。

たしかに燃費はよくない。しかし、この車が発生させる排ガスってどこにどんな“害”を与えるのだろう。

たしかに、正直言えば、新しい、さまざまな装備の着いた車は欲しい。でも、買えるわけがない。年金暮らしに毛の生えた程度の収入では。

保険料も上がった。仕方ない。補償額を下げることにした。自車両保険はやめた。

自動車税、揮発油税、道路財源に消える。

車と道路と税金と。

どこかたどっていけば、電源3法と原発立地との関係にも似ているような。

「物は大事に使いましょう」。子どもの頃の“道徳”の教えだ。

車を大事に使って高い税金を払わされる。つまり、消費文明の象徴としての日常に欠かせない車。その在り方。

高齢者の交通事故が多いという。人間が運転しないで、コンピューターに車を運転させる時代。

新しい車、バックモニターやサイドモニター、自動ブレーキ。そんな車は確かに安全には資する。
その代り、人間の”能力“は低下する。判断能力も含めて。

事故が起きないことにこしたことはないのだが。

なんとも取りやすい税金なんだ。自動車税は。

折しも、いわゆる「パナマ文書」、租税回避、タックスヘイブンの事が問題視されている、されるようになった。

違法ではないから問題ではない。“当事者”とされた人たちの言い分だ。
国家予算に匹敵するくらいの“税金”が払われていないとうこと。

納税通知が来たからってわけじゃないが、なんか腹の虫が収まらないようなきがしての“戯言”。

てやんでえ、もってきやがれ、どろぼう~って

2016年5月3日火曜日

憲法の「出自」

素人の憲法論である。

日本国憲法は昭和22年(1947年)のこの日、5月3日に施行された。
だから憲法記念日と呼ばれる。なぜ5月3日だったのかは知らない。
敗戦の翌年だ。

今年は憲法施行70年にあたる。

憲法が公布されたのは前年の11月3日だ。奇しくも明治天皇の誕生日だ。今、文化の日と称されている日。

敗戦からわずか数か月で欽定憲法にかわる新しい憲法が作られた。GHQの占領下の中で。GHOの“指導”のもとで。

それをもってして、いわゆる「改憲派」とされる人々は、「押し付け憲法」という。それこそ“自虐的”ば憲法観を持っているようだ。

小学6年生の時、サンフランシスコ講和条約、別名平和条約が締結され、「平和国家日本」が“正式”に誕生した時、それを日本国民は日の丸の小旗を打ち振って歓迎した。

小学校6年生だった少年は出された習字の宿題に「平和日本」と書いて出した。その時の日本の「空気」がそれだったと思うから。

学校の先生はそれを見ながら「平和」ということについて語ってくれた。
一言で言うなら「平和という言葉は、世界が本当に平和となればその言葉を使わないで済むようになる。そんな国を作らなければね」という話だった。

難しい答えだったが、今も胸に刻まれている言葉だ。

そして中学生になって以降、“平和憲法”なるものにのめり込んでいった。
“平和”という4文字がある憲法の前文に惹かれた。

“日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。我らは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う“

ただ一つだけこの前文の冒頭にある記述だけには、今は“ひっかかる”。
“日本国民は正統に選挙された国会における代表者を通じて行動し”というくだりだ。

今は「正当な選挙」とは何かに疑念がある。そして、それは憲法をめぐる議論の中で深く掘り下げられていない。


103条からなる憲法の中には「自由」という言葉が11回登場する。
学問の自由・表現の自由・職業選択の自由・・・。


憲法はGHQが提示した”原案“に日本人の憲法学者や政治家などが手を入れ“修正”をはかっている。日本人が起草した憲法草案も参考にされている。

その一人には相馬市の鈴木安蔵という憲法学者もいる。

そして日本人がこれを入れるべきだとした項目もある。
25条、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。も多分そうだ。

公布された憲法には天皇の御名御璽が印され、幣原喜重郎以下各閣僚の名も記されている。

それは修正を経て国会で承認され、施行にいたったものだ。

「憲法には出自はない」。

国会の“正当”な議を経て出来上がったものだ。

改憲論の焦点は「9条、戦争放棄」だ。それは勿論だが、今の政権下にあっての問題とすべきは、「国民が憲法で国に制約を課す」という立憲主義の思想が、たとえばある政治家によれば、「初めて聞く考えだ」と立憲主義が公然と否定されるということ。

「すべて日本国民は個人として尊重される」という条項を「人として」を書き換えることだ。

9条だけではない。問題視すべき点は多々あるのだ。
個人と人。雲泥の相違だ。

「たいした意味は無い」と国会で言い放った安倍。

彼らに憲法を語る資格は無い。

前文にだって、日本人の手による修正が加えられている。

70年・・・。どこかに燻っていた「自主憲法制定論」が、安倍内閣の登場と共に火がつけられた。

もはや「押し付け論」は何等の意味も持たない。

「憲法が揺らいでいる」。

改憲論議を憲法を知らない国会議員にだけ任せておけばいいという時代は終わった。

街場の民主主義という言葉を時々使う。
街場の憲法論議に、もっとそれを委ねるべきだ。

個人の集合体が民主主義であるように、国民あっての国家なのだから。

「よくわからない」「あまり日常の生活には関係ない」「専門家が考えればいいことだ」。
そんな“受け身の楽観主義”は止めよう。
最低限度の生活を保障しない国家は「憲法に違反している」と指弾しよう。

身近なものとして憲法を考えるべき時なのだ。
その導火線を敷き、引き金を引いたのは安倍ではあるからなおさらに。

素人としての国民であるからなおさらに。今の「職業政治家」にそれを委ねておくわけにはいかないのだ。面倒なことだから尚更にだ。

2016年4月30日土曜日

日本人は「忘れやすい」のか

きのう、こんな話をしてきた・・・。

4月29日のこと、その前後のこと。
話をする場に行く途中、デパートに寄った。
店員さんに聞いた。

なにせ「大型連休」、「きょうは忙しかたか」と。
「はい、肉の日ですからお肉屋さんは混んでました」。

いつの頃からかこの国では「数字の語呂合わせ」が流行っている。
29日だからニクの日・・・。

話をする場に行ってこの話をした。
さすがにそこに居た人たちは知っていた。昭和天皇の誕生日だということを。

我々の世代では、4月29日は“天皇誕生日”なのだ。崩御されてから緑の日と名を変えられたり、昭和の日とされたり・・・。

その場で「昭和天皇」にまつわるいくつかの話をした。
昭和天皇は「好戦論者」ではなく、むしろ「非戦論者」ではなかったかということ。
開戦の詔書を出すにあたり、上奏した東条英機に間接的に自分の意志を伝えた明治天皇の御製。

「四方の海、皆同胞(はらから)と思う世に、なぜ波風の立ち騒ぐらん」。

東条は天皇の真意をさとった。しかし、東条とても戦にはやる軍部を御すことは不可能だった。
国民の「空気」も軍部に洗脳されたまま、よもやあの数年後の負け戦など想像すらできず、戦争に突入していったということ。

4年後の“降伏”にあたっても、早期に“終戦”をのぞむ天皇の意志が、ある意味“無視”され、悲劇を拡充していったということ。

明治時代から、「官軍」なる勢力に天皇は神輿を担がれてきたということ。

それは今でも続く「天皇の政治利用」の具とされてきたということ。

その場で聞いた。29日の前日、28日は「何の日だ」と。語呂合わせが返ってきた。「シニアの日」だと。

4月28日は「サンフランシスコ講和条約」が締結された日だ。国際法上、正式に日本が「終戦」を迎えた日だ。
この日をもって日本は正式に独立し、主権を回復した日だ。別名「平和条約」とも呼ばれた。

本土にとっては。

この条約には明記されていることがある。
「沖縄は合衆国の信託統治領とする」ということだ。

沖縄にとっては“屈辱の日”となったということだ。

明治天皇の誕生日は11月3日。今は文化の日と呼ばれている。歴代天皇の誕生日をすべて「記念日」として「祝日」にするわけにはいかない。
しかし、少なくとも近代史として、それらが忘却の彼方にあることに「忘れやすい日本人」の残像が重なる。

ちなみに大正天皇は8月23日だ。

そして、明治天皇の誕生日である11月3日。昭和21年の11月3日には今の「平和憲法」が公布されている。

そして施行が翌年の5月3日。この大型連休という週間には、我々にとって大事な日がいくつもあるということだ。

いきおい、昨日、話をしながら、憲法についても語った。「平和」という言葉の持つ意義についても語った。

11章103条からなる憲法の中に「自由」という言葉はどれくらい登場してくるのか。

もちろん「言論の自由」も包含されている「表現の自由」。「学問の自由」。保障すると明記されている。
学問の自由の中には、考える自由、語る自由、表現する自由も含まれているはずだ。

そして権利と義務。国民が持つ権利の保障については20回以上書かれている。
国民の義務は納税、勤労など圧倒的に権利が保障されているということ。

健康で文化的な最低限度の生活を有する。それだって保障されているはずなのに。

大型連休、その“恩恵”に浴せない人も数多くいるはずだが、世の中はおおかた「遊び週間」なのだ。28日、大手のマスメディアは天皇誕生日に関する扱いは小さかった。沖縄屈辱の日については触れられてもいなかった。

忘れっぽいんだよな、日本人て。東北の片隅で、ひとりごつる老人がいた。

大手メディアの関心は、いや、ありきたりのニュースはどこの行楽地がどうだこうだ、渋滞がどうだこうだ、海外旅行の人はどうだこうだ。
「遊び」に胸はずます声だけを拾う。

これは決して「メディア論」ではないが、決まりきった“表層的”なことしか伝えない。いや、それでよしとしているんだろう。

常に、構造的、基本的な問題点にくらいついていかない限り、その役割は果たされていないと思うのだけど。

またも、例年の如く、数日、憲法や平和、そして「民主主義」について考える日々となりそうだ。

「お前はただの現在に過ぎない」。テレビジャーナリズムもことも含めて、”業界“の先輩が渾身の力を振り絞って書いた本を読み返す。

その本のタイトルが僕自身に向けられることを潔しとしないためにも。