2010年12月31日金曜日

「錯覚」なのかと

大晦日。いよいよ今年も終わり。ご来店各位ありがとうございました。

今年一年、言葉で表すってのが流行っており。大体が漢字一文字ですが。世相みるに亭主は「錯覚」の一年だったと。去年の政権交代。これってやはり国民の「錯覚」だったのではと。そして政権を担当した民主党連立内閣。政治を知悉しない人たちが政治というものに、政権というものに「錯覚」しているのではと。小沢クンだって自分の力や立場を錯覚と。

今朝も新聞が伝えています。年越し派遣村は今年は無いからはじまって、失業者が280万人。

貧困、孤族、地域社会の崩壊・・・等々。人々の絆が無くなり、つながりが無くなり、孤独なひとが多く、無縁社会なるものが生まれ。

人は皆、さびしさを抱えて。年越しの孤独感に耐えられず自死する人も出るとも。

人と人のつながり。犯罪を起こした人も言う。ネットだけが頼りだとか。ネットでつながっているとか。子供たちの間ではメールのやり取りをめぐっていじめ問題にも発展するとか。

ネット以外に居場所が無いという人多し。ブログ書いたりつぶやいたり。それにレスがあってつながりを感じるという。

ネット。偽装のつながり、架空、匿名社会での。顔を見てのつながりではなく。見えない顔につながりを求める。人は人と相対し、顔をみて話すことで絆やつながりが生まれるもの。ネットでつながっていると思うのは絆の錯覚。

なんでもかんでも地域社会っていうけど、顔の見えない、会ったこともない町内会長、民生委員。地域社会なんてとっくに崩壊している。それを金科玉条の如く言うのは、村社会が存在していると思っている、いや無いもののせいにする一つの錯覚。幻覚。

完全にデジタル化していないのに、3Dテレビがどうとかこうとか。3D。単なる目の錯覚じゃないのかと。

あと数時間で今年も終わりかい。日付の錯覚であってほしいとも(爆)。紅白見ながらたぶん思うでしょう。なんだい去年と同じじゃないかと。ここでも起きる自分の錯覚。

2010年12月30日木曜日

結局「エコ」がわからない

歳末でございます。なんか慌ただしい。嫌いなんです。この雰囲気。サラリーマンは大方休み。自営業の方は明日までというとこも多々。世の中様々。

買い物で駅ビルへ。郡山駅の中に食品館ピボットというところがあります。魚、寿司、肉、野菜その他・・・。そこそこ上質な物を取り扱っており、暮れの買い物客できょうも大にぎわい。なにせ駐車場が満車だったのだから。

どうもここで買い物する気になれない。隣の輸入食材ジュピターは大好きなんだけど。どうしてピボットが嫌いかって。レジです。

「買い物袋持ってますか」。判で押したような事務的、マニュアル的応対。もし「無い」とでも言おう物なら無理矢理っていうくらいに一枚5円でポリ袋買わされる。持ってない人を睨むようにして。

この「エコバック」導入、だいぶ前からなんですが。まるで持ってない人は悪人のような。会社帰りのサラリーマン。無理矢理買わされるポリ袋。弁当買っても。あの袋が一枚5円もするの。まるで罰金のよう。ヨークベニマルってスーパーは3円。欲しい人はその旨書かれた札を籠に入れる。強要はなし。

レジ袋一枚って1円以下。4円以上はピボットの儲けなんでは。

エコを逆手に、いや大義名分にした営利。

役所が発表するエコにかかわる数値。信用出来ず。エコポイントなども要は電化製品作っている会社をもうけさせたようなもの。テレビ至っては言語道断。誰も望まぬデジタル化。

エコということで儲けた人達多いんでしょうね。2010年の回顧(爆)。レジ袋廃止で、エコバッグなるものが売れたし。風が吹けば桶屋が儲かるの論法か。

鳩山前首相が唐突に言い出したCO2,25%削減。意味無しだった。挙げればキリがない偽装エコ。

ゴミはポリ袋に入れてゴミ置き場に出しているんですよ。袋に入れておかねば回収もしてもらえない。レジ袋廃止、塵も積もればってことなのでしょうが。

余得に預かっている商売のやり方が気に入らない。食品館ピボットの経営主体はJR。

2010年12月29日水曜日

「工事中」なのです

官庁の御用納めとやらも終わり。街のあちこちで見られた工事中の看板はなくなったようですが。

当からから亭、目下「工事中」と相成りました。見られないって問い合わせや”抗議”もいただきまして。恐縮です。

サーバーの変更というかブログをこれまでのムーバブルタイプというのからグーグルのブロガーというのに替えるとか。合わせてホームページ、トップページその他も更新ということのようです。

なんか他人事のような書き方ですが、はい、当店、管理人さまがいらっしゃいまして。「そろそろ更新しましょ、書きやすいし、写真や動画の貼り付けも簡単だし、スパムもなくなるから」って言われまして。「はい、よろしく」ってことになった次第です。一応新年から新規開店ということなんですが。

書くことは出来てもシステム系はさっぱり音痴の亭主。管理人さんにお任せ。なんだかんだと管理人さん頼り。

とうことでここまでたどりついていただけた方はここを「お気に入り」にでも登録していただければと。

携帯から覗いてくださっている方がどうすればいいのか。年明けに管理人さんからいろいろ説明受けることにしていますが。

写真貼り付け簡単ということなので何かとも思ったのですが何も用意できておらず。コメント投稿が容易なのかどうかも試して居らず。すんません。無責任で。

これから事務所の掃除にチャレンジしてみます。面倒だけど仕方ない。書類や紙切れの山をどうすればいのか。一番の悩み(爆)。

ああ、政界も大掃除ってことにならないのかな。

とりあえずのご挨拶で。

2010年12月28日火曜日

なんとなく・・・

この余りにも漠然とした言葉。曖昧模糊とした雰囲気をかもしだし、確固とした意思を表せない言葉。「なんとなく」。
その「なんとなく」にとりつかれています(笑)。年の瀬、なんとなく慌ただしい。なんとなく気ぜわしい。大掃除はおろか小掃除を終えていないことへのアセリ(爆)。
なんとなく体調優れず。気力湧かず。そりゃ昨夜の酒のせいだ(爆)。つがれるがままの熱燗に。作られるままのお湯割りに。若干二日酔いの症状かもしれない。
テレビ見てると、新聞読んでいるとなんとなく腹が立ってくる。イライラ感さえ伴って。なんでこんな話題しかないんだよって。画が音が耳に障り目に障る。こりゃ不定愁訴だ(爆)。
なんとなく「ぼんやり」してしまう。ぼんやりした頭に浮かぶ言葉。「将来に対するぼんやりとした不安」。そう芥川龍之介の"最後の言葉"。もちろん、それは健康問題だったようなんだけど、今は社会に対して抱く思い。ぼんやりとした不安。将来への不安。
なんとなく暮れを迎え、大晦日になって。なんとなく新年を過ごすのか。はは、のんきだね(嗤)。

2010年12月27日月曜日

凋落するのか新聞は

新聞の発行部数が大幅に減っているという。2010年。5,000万部を割り4,000万部台へ。一年間で100万部の減。

新聞がつまらなくなったのか、必要とされなくなったのか、テレビが台頭したのか、購読料がはらえないのか。巨大メディアの凋落を見る思い。

新聞・テレビ・雑誌・ラジオ。広告収入低下の一途。経営難、経営難。とってかわるネット。新聞は読売まあまあ、朝日はその後塵を拝し。毎日・産経は・・・。

ニュースはテレビで見ればいい。ネットでみればいい。ネットも携帯で十分。そんなご時世。その日のニュースや出来事はそれで知るのだけで十分でしょうが。

まだまだ、というか、やはり。新聞でなければ果たせない役目がある。ネットでは見られない記事に意味がある。特集ものや企画物。十分な紙面を割いて書かれたルポ。今を考えるヒントを提供してくれるのは新聞と。

ツイッター含めネットの速報性は群を抜くし、テレビも然り。新聞社も勢いネットにシフトしているけれど。

新聞社も人材確保に懸命とか。テレビへの「天下り」もろくでもない奴だけ。ましな奴は大学教授などへ転身とか。

もし新聞が無くなれば。日本人の「知」はどうなるのか。繰り返すようだが新聞でなければ果たせない使命ありと。

新聞の凋落は日本人の「知力」や「考える力」の凋落につながりかねない。最早メディアの棲み分けは不可能になったのか。

そんな中、元日の紙面は各紙どんな記事や特集で飾るのか。それが来年一年間の新聞界の趨勢を占うことにもつながるかも。そして来年は購読料値上げもあるのかな。

新聞を世帯の半分もとっていないという現実。それも新聞人の自業自得と切り捨てるのはちと哀しいかも。

2010年12月26日日曜日

白の光景

歌では聴きなれた光景。ホワイトクリスマス。今年はまさに歌を地でいったようで。木々も街中もすっかり白の光景。心も白く出来たかな。
慣れたもんだとはいえ、やはり雪景色は冬の本格化を告げる。冬といえばこの政界。しらけきった冬。やることなすこと寒々しく。連合なんていう労組がしゃしゃり出て菅と小沢の仲を取り持とうと。怨念対決ひた走っているような二人。弱体労組が何を出来るっていうんかい。昔の社会党と総評の関係ならいざしらず。
白い雪景色の中で行われた愚か事。歴史は夜、作られる。連合主催の会談で何かが生まれるわけなし。ポーズ。ポーズ。しらけきった雰囲気だったとは当たり前。
誰も知らないところで何かが進行してるかも。
きょうも一日白の景色。きのう知り合いが会津でつぶやいていた。車に閉じ込められて帰れないって。郡山まで8時間だったとか。そしてきょう判明したのが300台の立ち往生。いまだ道路通行止め。
被害者にとっては雪は魔物。窓から見る雪景色は絶景。天国。どこにいるかで白の意味が変わる。
さ、年の瀬。一年間を真っ白にして真っ白な手帳に替えるのか。
白が消えた道路は黒に。泥水の道に。
白い犬をより白く。雪の中、シャンプーに出してきました。
垣間見るとホワイト犬電話での、つぶやき多し。

2010年12月24日金曜日

指の話

一昨日は坪井病院のクリスマスロビーコンサート。佐藤眞人さんのフルート演奏。よせばいいのに亭主はカフォン持って飛び入り、押しかけ、強制参加。多少練習はしたのですが。

頭に描いたリズムが指に手に伝わらない。やりたいように出来ない。どうにかこなしたものの終わったあと「ほろにがビール」。なぜって喉がからからだし。

そして昨日。手も腕も指も痛いのです。

病院ですれ違った顔馴染みの看護婦さん。また言われた。「タバコ臭いですよ。1月にはお薬入りますからね。禁煙成功を期待していますよ」。おもわず思いだしたCM。小指を立てて。「私はこれでタバコをやめました」(爆)。「会社を辞めました」ってのもあったっけ。

携帯電話の調子がイマイチ。傷だらけだし。替えようかな。スマートフォンに。流行を追いかけたがる亭主の悪い癖がまたもや。お悩み中なり。

携帯でメールやってる人を称して誰が名付けたか「親指族」。さっき登場したiphne4所有者。タッチパネルの操作は全部人差し指。

かつてみゆき族とかタケノコ族ってのがいたけど今は死語。親指族も放逐される運命か。変わって登場、人差し指族。なんかピンと来ないな。誰かが上手い命名をするかな。

年を経るごとに痛感している指のこと。指紋が摩耗しているのか。本のページを繰ったり、新聞のページを繰ったり。紙をいじるときは親指を舐めている。無意識に。ブザマだね。指を舐め舐め金勘定なんていうのは夢のまた夢。(爆)。

脳の指令が行き届かない指はパソコンのキーボードも打ち間違える。
きょうはクリスマスイブ。神の御手にすがってこようかな(笑)。

2010年12月22日水曜日

落とす「腰」もないのでは

横綱白鵬が官邸訪問。菅総理を"激励"したとか。土俵際に追いつめられた時の極意を伝授。

「腰を落とす」。

うまいことを言うもんだ。横綱はそれで何回も危機を救って来たことでしょうが。

土俵際、崖っぷちの菅政権。

それで乗り切れ、逆転も可能なら腰を落としたいところでしょうが。落とす腰も無いのでは。
一部報道機関の調査では「反小沢」の旗幟鮮明にしたことで支持率上昇とか。
この小沢問題、言ってみれば党利党略、私利私欲。

どっちもどっちの泥仕合。

党の攻撃の仕方だって然り。国会対策、統一地方選対策。ありきたりですが国民不在。
打ち出す政策は、いかんせん愚策の数々。

そしてマスコミ。今朝の某紙。「菅の昼飯は"孤食"だ」と。

どうでもいいじゃん。

メシを一人で食べようと秘書官と一緒に食べようと。
で、孤独だとか孤立だとか。
変わった視点の記事のつもりなんでしょうが読んだ方はバカバカしくって(爆)。
孤食の若者、都会にはうようよだよ。そっちに目を向けるのが先かと。

腰を落とせないなら、どうせ腰がひけているんだから、世間をあっと言わせるようなことやってみれば。
世間が腰を抜かすようなことやってみれば。
そうです。解散、総選挙。小沢除名。民主党解体。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。相撲の極意。

うっちゃり。

保身じゃダメ。

身を捨てる覚悟ないと。そこまで言わなかった白鵬はやはりやさしい横綱だ(笑)

2010年12月21日火曜日

市役所の窓口

健康保険組合からの指示で「被扶養者の非課税証明書」とやらを貰いにいかなけらばならず。久々市役所に行ってきました。市民課の窓口。どの用紙に何を書いたらいいのかわからない役立たずの亭主。多分、案内人のようなひとがいると思いきや。いない。


困惑した表情できょろきょろしていたら窓口の女性とたまたま目があった。「誰か案内係の人いない?」って大声の亭主。その女性、後ろの方にいる職員にこえかえるんだけど誰も無反応。パソコン画面にむかったり書類見てるようなふり。そう、ふりにしか見えない。


まさか「怖いおじさん」と思ったのかどうか。その女性がカウンターまわって飛んできてくれて。彼女はやるべき応対"客"はいるはずなのに。事情説明。健康保険組合の書類見せて。書くべき書類を出してくれて記入欄に鉛筆で印つけてくれて。「番号札を取ってお待ち下さい」。亭主の番号121番。その人の前には120番の電光表示。その"客"終わり呼ばれて。


笑顔で応対してくれましたよ。その女性。窓口にもいい人いるもんだって。思わず名札見たら「臨時職員、なんとか妙子」。なんとかっていうのは覚えたつもりが忘れてしまう亭主の"老化現象"(爆)。


市役所の臨時職員ってどんな位置にいるのかしらないけど正職員でないことは確か。給料も安いだろうし一年間の更新かもしれないし。でも、その臨時さんが"客"の方からすれば一番役に立ってくれているし親切だし。うしろで鼻毛引っこ抜いたり、仕事してるそぶりだけ見せている正職員ってなんだい。


なんとか妙子さんのお陰で亭主も笑顔になれたし、一日不愉快な思いをしないで済んだ。市民課窓口の手本。これって役所の教育ではなく個人の素養の問題なのか。


市民を"客"呼ばわりしないでいいから、もっとまともに仕事しなさいよ。正職員さん。正職員に亭主の知り合いも多々おり。この人達はまともだけど、やはり典型的お役人体質の人はいるってこと。


市役所は現場の臨時職員でもっている。市役所だけでは無し。こんな例各所で多し。民間だってそう。派遣社員の受付嬢の応対の仕方でその会社の評価、評判が決まる。窓口は顔なんだ、顔。


原市長さん、このなんとか妙子さん「慰労」してあげてね。今度会ったらまた言うけど。



2010年12月20日月曜日

金持ちの「区分」

年収いくらが金持ちなの?ってことです。
税制改正で配偶者や扶養者の控除を減らすことになった問題。政府の提案しているのが年収1,500万円以上は「富裕層」ってことで控除を減らす。いわば"増税"。
政府は決めたんです。年収1500万円以上は金持ちだと。さ、議論百出。年収1500万円以上の給与所得者は1,2%。50万人。ごく少数。1500万円以上のサラリーマンが声をあげた。「俺たちは金持ちじゃない」って。
難しい金持ちの区分、線引き。家族構成にもよるだろうし、生活様式にもよるだろうし。単身赴任者なんて出費は二重だし。
こまった海江田くんは新語を持ちだした。「中間層」だって。笑える。1500万以上。たしかに中間管理職多いし。
バブルの時代は決して富裕層に数えられなかった年収の方々。今のご時世。やはり1500万以上は金持ちというか富裕層に入りのでは。いいじゃない。富裕層なんて言われるのは出世した証拠(笑)。
給食費を払わない親が激増。こども手当で天引き出来ないかと模索する政府。天引きというか相殺というか。当然のこと。1500万以上の給料貰っていて給食費腹払わない親もいるとか。
家にオカネが無くて給食袋を学校に持っていけなかった亭主の小学校時代。あれは辛かった。数日遅れの支払い。親も懸命に給食費を稼いだ。給食費は払えなかったけど貧乏人とは思っていなかった。だって家があってメシも食えていたもん。
個人情報がなんとやらで所得ランキング公表されなくなったけど億万長者ってのもいっぱいいるはず。たとえばユニクロ社長、たとえば携帯会社の社長等々。
政府が勝手に作った金持ちの区分。それぞれがどう受け止めるのか。

2010年12月18日土曜日

すべてのことに「時」がある

天の利、地の利、時の利。この時とはいわばタイミングということでしょうか。すべての事柄には為すべきタイミングがあるのです。それをはずしたり、間違えたりすると同じ事をやっても意味がなくなる。いやかえって逆効果になる。


戦国武将は、この天の利、地の利、時の利を考えた。間違えたら勝つべき戦も負け戦になるから。民主党政権のやっていること、おしなべて時の利を心得ていない。タイミングを間違えている。


なんでいまさら小沢の政倫審なのだ。やるならもっと早くに動くべきタイミングがあったはず。参院時の消費税発言とて然り。税制改正大綱出来たら、マスコミはこぞって消費税論議をすべきだというのに。あの時はコテンパンだった。


強制起訴控えた小沢には「司法の場」という大義名分が出来てしまった。政倫審なんてちゃんちゃらおかしいって理屈が筋が通っているように見えてくるから不思議。


沖縄問題も然り。今では遅すぎる。尖閣問題もタイミング間違えた。


そして月曜日には菅・小沢会談だとか。明日では遅すぎるってことになるはず。


菅さん、碁打ちのくせに三目先までも読めないへぼ碁なのか。小沢は八目先まで読んでいるはず。


亭主も「時」を間違えないようにしないと。死ぬ時はまだちょっと先だと思うけど、どうも一日の段取り含め「時」を間違えているようなこと多々ありのようで。

2010年12月17日金曜日

東京日和

昨日当からから亭は休業。亭主、東京へ行っていました。三月に一回の慶應病院センセイ表敬と初台への"センチメンタルジャーニー"。


新幹線大宮駅。ふと車窓みて気づく。鉄道博物館ってのがある。そう言えばそうだった。子供の頃、よく万世橋にあった交通博物館に遊ぶに行ってたっけ。毎週のように。兄弟や友達と。なけなしの小遣い使って。


東京都というけど、埼玉県というけど、神奈川県というけど。行政区画は分かれているけど、自宅、勤務地同じ圏内。千葉だって。みんな県は東京都を中心とした小惑星みたいなもんじゃない。大宮だって東京じゃないか。変な思いにとらわれる。なんで、今更って(爆)。


JRでお茶の水乗り替え。神田川沿いの光景は昔と変わらず。ちょっとした一角だけだけど。壊れてしまいそうな小さな家が数軒、軒を連ねている。大学生の時と変わらぬ風景。なぜか、なごみ、ほっとする。この光景、芥川賞受賞作、「ひとり日和」の光景に似ている。なんって言ったっけ、あの作家、女性。そうだ青山七恵って言う人だった。主人公の知寿と遠縁のおばあちゃん吟子さんがしばらく暮らした駅の見える、電車の音が聞こえる家。小説は京王線だったけど、読んだ時思い浮かべた光景はお茶の水だった。


初台。あった筈の建物無くなりビルに。空き地やシャッター商店が目に付く。テレビが映し出すあの雑踏の中を行く人達って結局どこへ帰って行くのだろう。新宿の隣の駅前は閑散としているのに。東京に集まって千葉や埼玉、神奈川に帰っていくのかな。


寒く冷たい空気の東京でした。とても想い出にひたる日和じゃない。日和にはもうひとつ意味が。「事の成り行き」ってのが。そう言う意味での東京日和。



2010年12月15日水曜日

それにしても変な政党だ

言わずもがな民主党。世論調査なるものの信憑性、正確な民意性はともかく。つるべ落としの秋の日の如く、その支持率、信頼性の下落には眼を覆いたくなる。人材がいない。政治がわかってない。組織としての体を為してない・・・。


幹事長が一兵卒に会いたいと言っても御返事無し。上官の命に背いておとがめ無し。三顧の礼を尽くしたかどうかはともかく。会いたいという申し込みも直接出来ず職員に依頼とか。一兵卒転じて雲上人となり。


幹事長には会わないが夜な夜な側近とは飲み食いかつ喋り。人嫌いじゃないんです、多分淋しいのか。そして側近なるバカ共は声を揃えたようにいう。「政権交代を成し遂げた立派な人を、力のある人を政倫審に引っ張り出す、お白州に引き出すなんてのは許せない」。あなた達が決めた、作った議会の中の機関でしょ。小沢くんだって一度ならず「決まれば何処にでもでも出て行く」って言ったはず。あなたたちは議会人であるはずなんです。民意に背いているのです。言動、行動が。


"小沢擁護"で日夜駆け回っている議員さん。あなた達の本分は何なの。当選させて貰ったという恩義だけに支えられているの。次回選挙落選決定。


あげく飛んで行ってしまう筈だった鳩が舞い戻ってきて、日々鳴き声をあげる。意味不明の。総理大臣経験者は終わったら一線退きなさい。みっともないよ。


そして言葉を知らない政権側。総理大臣が仮免なんていうかと思えば、あの影の総理と言われる三百代言長官がなんと。沖縄県民に基地を「甘受」しろって。言葉を知らない人達がうごめいている言論の府。日本国民も諸外国もあきれているはず。


なんか言ってはすぐ撤回、謝罪。だから売れている本。「日本語が亡びるとき」。閣僚は毎朝7時半に官邸集合。小学生並みに「朝読書」やりなさい(爆)。



2010年12月14日火曜日

カフォン

ついついいたずら心を起こしてしまった亭主。親友サトウマサトが来週病院のクリスマスコンサートをやるのでつい飛び入り参加を言ってしまった次第。毎年やっている坪井病院の入院患者さんへのロビーコンサート。


このカフォンって楽器です。やはり友人のドラマー佐藤喜一くんから拝借。昔取った杵柄いかにあいなりや。ちょっと練習してみたのですが、手が指が、思うように動かない。年寄りの冷や水。頑張ってみるぞ(笑)。


このスピーカーみたいな箱の面を叩く打楽器。南米ペールーの楽器です。スネアドラムの音やバスドラムのような音が叩く部分でいろいろ出せる。マサト先生もボサノバ練習中だとか。音楽を壊さないように上手く乗れるかな。


書き物たまり締め切り迫っているのに楽器をいじくってる亭主。Pearl Primero Box Cajons カホン PBC-507



2010年12月13日月曜日

言葉あれこれ

先日は恒例の紫酔会。忘年会かねてほぼ全員集合。からから亭主はその前にも一件忘年会。もう無理です梯子は(爆)。


その紫酔会。「知的」な人が居られて。飲むほどに何か遊びを企てる。今回はいきなり漢字を書こうと。「は」という読みの字をって。端から「は」と読む漢字を書いていく・・。わかんない、むりだーといろいろな叫び伴って。若いメンバー。密かにipnoneを。「検索」。ダメ!!(笑)。漢字とか言葉とか、咄嗟になるとけっこう書けないもの。盛り上がってしまって。


イッペイちゃんから思わぬ贈り物が。自書の「柊木犀」の書。額装されて。はい、澪への贈り物。当からから亭日乗を見て密かに書いて送ってくれた。感謝、感激。お陰で酒量が・・・。酩酊で帰って写真と遺骨の前に供えました。


柊。ちょっと崩した漢字の字だったけど読めない若者がいたり。うん、木へんに冬かって納得してもらい。


しばらく馬鹿馬鹿しくて遠ざかっていた当店政治ネタ。あの菅がまたやった。言葉を知らない音痴が。「仮免許運転中」だって。なんだいそりゃ。余りにも貧困な語彙。


民主党の御方、その他も言葉遣い知らない方多く。政倫審招致は「人民裁判だ」とわめいたり、「北朝鮮みたいだ」と言ったり。「議会制民主主義の破壊だ」と叫んだり。なんだい、この言語力は。


きのう新聞の書評欄みていたら「語感」という本があるとか。勉強になりそう、面白そう。だけど三千円以上の価格。手が出ない・・・(笑)。欲しいけど。


さっきの言葉検索の話。なんでも検索。便利だけど言葉を覚えない。覚える必要ない。手書きしないと字も言葉も覚えられない・・・。ちょっと気になる今の風潮。亭主もずいぶん言葉や字を忘れています。書けなくなっています。



2010年12月11日土曜日

"i"に席巻される世の中

iphoneに代表されるスマートフォンというのか多機能携帯がとにかく流行っています。からから亭亭主主宰の粒々塾でも塾生の半数はiphone。指を伸ばしたり挟んだり引っ張ったり。アプリケーションは多数だし、検索にも優れているし。画面は見やすいし。ああ、食指が動く(笑)。音楽性能も優れており。使いこなせればとんでもない遊びも含めたツール。地図も見やすいし。写真も動くし。


あげく、塾生の一人大ちゃんはipadも所有。千円余りでダウンロードしたソフト。なんとキボードのついたシンセサイザーのような楽器にも。演奏はもとより録音まで。深夜ひそかに楽しんでいるとか。


ソフトバンクだけでなく、auも。docomoも類似商品ありとか。シムカード使えばiphoneも使えるとか。亭主の携帯もそろそろ痛み激しく買い替えかとひそかに思っているところでなんですが。


彼らのほとんどはその携帯や電子ツール使ってツイッター。何を食ったからはじまって今どこにいるとか風邪ひいたとか・・・。どうでもいいんだよお前らがどうしてようと(爆)。そう思いながら彼らの「つぶやき」をパソコンでチェックしている亭主。


ああ、"i"が世の中席巻しているんだ。"愛"ではなくて(笑)。


そして電子書籍も本格化。なんとコンビニで購入できるシャープ製の端末「ガラパゴス」。ipadに対抗した商品とか。


いっかい試してみたくなる誘惑。


でももろもろ使いこなせる自信無し。


ふと気付く。iphoneなどちょっと従来の携帯よりも大きめのもの。皆ストラップつけてない。あれほど流行った携帯ストラップ。ぬいぐるみからアクセサリーぽいものまで。名札のものまで。次世代携帯はもうひも付きではないのか(爆)。


ソフトバンクは田舎では電波の通り悪いとこいっぱいあるよ。それにしてもつい数年前まではドコモのフオーマがどうのこうのと言っていたのに。


ついていけないよ。でもほしいかも。でもまだいろいろ変わるかもしれないから我慢しようかな。いまさらお年玉もらえるわけでもないし(爆)。


"愛"が無くなって"i"に席巻され支配されそうな世の中。きょうもホワイト犬がなぜかぐるぐる回っている。「何かが変だ」と吠えながら。上戸彩の右腕が上にあがったままになっている・・・。



2010年12月10日金曜日

宮内庁って変なとこ

歴史のロマンというべきか。斉明天皇の墓の傍に孫にあたる大田皇女の墓もみつかった。日本書紀の記述通り。この乱開発された国土の中に、未だ存在していた古代の歴史。発見。時空がさかのぼる思い。


研究者って、その執念含め凄いもんだすな。牽牛子古墳が斉明女帝の墓だったことがより信憑性を持った。


昔の天皇の墓がどこにあったなんてどうでもいいやって人もいるだろうけど、古墳の謎や天皇家の墳墓のことは、やはり知っておきたい歴史。


なのに。宮内庁は未だそれを認めず。斉明天皇の墓は近くにある車木古墳だと主張しているとか。


宮内庁のお仕事。天皇家に関することを取り仕切るとこでしょ。この際あらためて歴代天皇家の墳墓の再点検やってみたら。時の経緯はいざ知らずではあるけど違ったところを指定されていたんじゃちょっとね。


もっと専門家を入れて、旧弊にとらわれず、現代の"技術"を駆使して、正しい歴史を万世一系のものとして権威あるものにしたらいかが。我説に拘泥する宮内庁ってなんか変。皇太子ご愛飲の酒は「百年の孤独」ではなく「天孫降臨」にしてみたら(爆)。


野次馬根性なれど面白い歴史ロマン。



2010年12月9日木曜日

柊木犀

またも犬の話で恐縮ですが・・・。


我が家では飼っていた犬が死ぬ度に、庭に思い出の樹を植えてきました。初代のプードル、「プーサン」。なんて単純な命名。その子が死んだ時に植えたのは月下美人。花言葉は「はかない美」だとか。


次がキャバリアの「漠」。この子には金木犀を。今でも芳香を放ちます。花言葉は「謙遜」だというけれど我が儘いっぱいだった。


人づてに貰われて来た子。真っ黒なスコッチテリアの「雷太」。この子はひめうつぎ。花言葉は「秘密」。うん、どこか神秘的雰囲気のある子だった。澪が一番懐いていた。


やはり貰われ子の「りょうくん」。この子にはにほんうつぎを。花言葉は「風情」だとか。澄んだ眼にたしかに風情があった。


そして澪。たまたま知り合った犬の家にあった柊(ひいらぎ)木犀。それを澪の記念樹に決定。手配しました。花言葉は「想い出の輝き」。それもぴったりと来て。


なんか感傷的な亭主、女々しい亭主とお笑いくださるな。とにかく犬には弱いのです。昨夜はどいう加減か。ゲンキが亭主のベッドに入ってきてしばらく一緒に寝ていました。犬は犬で、絶対に何かを感じている。何かを思っている。


澪の死を悼んで塾生の一人が送ってくれました。星の王子様の一節。「誰かが、何百万の星のどれかに咲いている。たった一輪の花が好きだったら、その人は、そのたくさんの星を眺めるだけで幸せになれるんだ」。


今夜は曇りか雨、雪の予報。雲の彼方には星がきっといっぱいあるだろうと。



2010年12月8日水曜日

1千万が250万に

なんとも哀しい話しじゃありませんか。破綻した日本政策投資銀行への初めてのペイオフ適用。1,000万円までは保護されるけどそれを超えた預金は・・・。1,000万円が250万円にしかならない。みすみす無くした750万円。制度は制度だから仕方ないだろうけど、預金者はたまったもんじゃないでしょうね。


もっとも1、000万円を超える金を持ていた人達、金持ち。この銀行だけでなく他の銀行にも預金してたかもしれない金持ちの部類。この銀行で1,000万超の預金者は3,400人。額にして107億円とか。


早稲田から日ハムに行った斉藤祐樹くんは1億円プラス出来高払いって契約金に「ゼロの数を数えるのが・・・」といったけど庶民にとっては1千万は大金。


この銀行作った木村剛、逮捕されたけど先日保釈されたとか。かれの資産はそれくらいあるのか。戦後の光クラブじけんじゃないけど、金という欲にむらがった人達の一つの"物語"か。


1千万超える預金ないからいいけど、ある人は「分散」させましょうね(笑)。


1千万が250万円になっちゃうっていう「悲劇」。やはり「詐欺」にひっかかったとばかりにあきらめるのか。


他人の財布が気になる年の暮れ(爆)。



2010年12月7日火曜日

四馬路

四馬路。スマロと読むのか。スマルゥと読むのか。上海の"地名"。繁華街だそうです。子供の頃に流行っていた歌。


♪青い夜霧に火影が紅い どうせおいらは独り者 夢の四馬路か紅口の街か ああ、波の音にも血が騒ぐ♪


確か夜霧のブルースって曲。


菅総理大臣様、またぞろ夜の外食が増えたようで。公務もあり夫人とでもあり。自分の給料で美味いメシ食っていてどこも悪いこと無いのですが。まさか官房機密費で飲んだ食ったやってるわけじゃ無いでしょうから。


新聞の片隅に載る首相動静。昨夜は銀座の寿司屋でメシをくって四馬路ってバーに行ったとある。どんなバーかはしりませんが。総理大臣が行くとなると周りは大変。店の周りは私服警官、SPが取り囲み。お馴染みさんでも入りづらくなるのではと余計な心配。


四馬路。中国、上海。尖閣問題にはじまり、なにかとやっかいな中国。その名前を冠した店。あえて選んだ店なのか。(爆)。


で、思わず浮かんだ昔の歌ってわけで。ちょっと歌詞を変えれば今の菅さんの心境にぴったりか。孤独だろうし、野党の攻撃には血が騒ぐだろうし。中国には相手にしてもらえないし。


余り夜に出歩くと麻生太郎化なんていわれますよ。


昨日の記者会見。朝5時に起きて勉強してると自慢たらたらの愚痴。田中角栄さんは4時には起きていましたよ。(爆)。


 



2010年12月6日月曜日

郡山のサッカーチーム

すっかりサッカー好きな国民に変身した日本国民。Jリーグも終わり、ワールドカップの招致はならず。1月にある侍ジャパンの国際ゲームが待ち遠しい。


郡山にはあるにはあったけど、無かったようなサッカーチーム。亭主が知っているだけでも郡山FCという教員主体のチームが昔あったけどやがて解散、ついでビヤンコーネというのが出来たけどこれも解散。そしてバリエンテというのが2年ほど前にできたけどこれも消え・・・。


Jリーグ一部残留が決まった仙台のベガルタとまではいかないけど、福島市を本拠地とするチームはそこそこ活躍。郡山地元にもという声もあり。


てなことでシャンオーレ郡山というチームが出来上がり。しかし、まだまだチームとしては知られておらず。社会人リーグでも二部だし。運営資金にも事欠くし。で、友人の肝いりでNPO法人を立ち上げてこのチームを支援しようということになり。


シャンオーレ。造語。フランス語で歌を意味するシャンと、水を意味するオー、それをサッカーの応援掛け声オーレにかけて・・・。


チームは試合だけでなく、少年達を育成するジュニアサッカースクールも開設。どうにか地元に認知して貰おうと躍起。


先頃NPOの認可が決まったのを契機に活動開始ってことで。


亭主もそのNPOの役員に入ってしまいました。なんの役にも立たないけど。(爆)


音楽文化はそれなりに活躍中の郡山。スポーツでもという小さな願い(笑)。「地元紙のスポーツ欄の小さな記事にも眼を通してください」と選手の一人がささやかな"お願い"。


気が向いたら覗いて見てください。


http://chaneaule.org


賛助会員募集中。一口1万円。



2010年12月3日金曜日

なんで童謡が・・・

早寝をしたせいか。尿意催し眼をさます。時間みたら丁度夜中の12時。なんだい、こんな時間に、いつもと違うって思っていたら、突然"童謡"が浮かび。


♪今は夜中の三時頃、隣のおじさん飛び起きて、便所と寝床を間違えて、あっというまに大ションベン。それを見ていたオカミサン、ふんどしまるめてひっぱたいた♪。はい、ご幼少のみぎりに覚えた替え歌。


♪今は山中、今は浜、今は鉄橋わたるぞと、思うまもなくトンネルをくぐりぬけたら広野原♪が"原曲。


トイレに行っても、もう、この歌が頭から離れず。なんで、幼少時に覚えたことっていつまでも記憶にありそらんじること出来るのか。不思議なもんですな。人間の脳って。そういえば、いまでも小学校の校歌や中学校の校歌、高校、大学までも校歌を歌える、覚えている。


なのに、今は・・・。きのう出会った人の名前が浮かんでこない。もちろん初対面だったのですが。とにかく物忘れがひどいのに。


不思議だ。脳の働き。


朝になってもまだ頭の中は♪今は山中、今は浜♪状態でした。そしてしばらくすると別の童謡が浮かんでいる。これって何???。原点回帰かい(爆)。


     夜半に覚め 来しかた思い枕辺を つつむ静寂に憎しみや覚ほゆ


たしか高橋治の小説の中にあった句。童謡を消そうとしたらこれが浮かんできた夜中。そうだ、夜中の闇の中にはたしかに何かが潜んでいる(爆)。


目覚めずに7時間熟睡してみたい・・・。



2010年12月2日木曜日

ゲゲゲー

流行語大賞。ゲゲゲーだって。驚き。ゲゲゲーですな。NHKの陰謀(笑)。ゲゲゲの意味は知りませんが、そんなに流行ったのですかね。世相をどれくらい言い当てているのか。非現実への憧れか。現実からの逃避か。


ゲゲゲと言いたくなるのが、相変わらずのテレビ。歌舞伎役者の喧嘩騒動。どれくらい時間費やして報道しているのか。エビゾウくんには悪いけど、単なる酔っ払いの喧嘩騒ぎってことじゃないの。顔が商売の人の顔を傷つけたから罪っていう人もあるけど、顔が名実ともに大事なら夜の六本木など徘徊しなければいい。自らを律する気持ちが切れたのか。


酔っ払っての乱暴狼藉。古今東西枚挙にいとまなし。テレビも週刊誌もなんであんなに大騒ぎするの。


たとえワイドショーだってメディアがやるべきこともっとあるはず。


とにかく芸能人お好きな日本人の国民性か。ブラックホールがぶつかるぞ。日本の安全保障が脅かされてるぞ。高齢者はますます住みにくくなってるぞ。政治家は品位のかけらもないやつらばかりになってるぞ。メディアが糾弾しなくてはならないことが山ほどあるぞ。


芸能人の喧嘩騒ぎに取材費かけるなよ。


劣化、劣化。亭主の頭も劣化してくる。している。なじょすっぺ。ゲゲゲーだ。「おい、鬼太郎、どうにかしろよ」(爆)。



2010年12月1日水曜日

ネットは"光"なのか"闇"なのか

当からから亭もネットのお陰で成り立っているものであり、恩恵に浴しているものではありますが。


デジタル化された通信手段としてのネットの急速な進歩発展。戸惑い面食らっている人も多い筈。亭主だって最小限の作業しかできない。


ネット業者に頼んで整備される公共機関や企業のネットインフラ。


一部の手練れの人達だけは自在に操れる、最早日常生活に溶け込んだネット。


尖閣ビデオ、警視庁の極秘ファイル流出、そして今回のウッキリークスによる米国公文書の大量流出。秘密が秘密でなくなった。しかもウッキリークスは米・英・仏などの既存メディア、新聞とある意味手を組んで・・・。


ネットは既存メディアを凌駕した。ネット信奉者は快哉叫んでいるでしょう。内部告発、意図的リークのいかんを問わず。


小沢一郎だって、既存メディア、マスコミは相手にせず。ネットの動画サイトにはニコニコ顔で出演。ネットは今世紀に人類のもたらされた"光"なのか。


ネットという匿名社会で、チャットでおしゃべり、ツイッターでつぶやき。それらがあらゆる情報源だとしている人達。「もう図書館もいらなくなるよ」と電子書籍に期待する人達。なんか人類はおそろしい知的な"闇"に到達してしまったのか。


ネットをめぐる様々な動き。何をどう見てどう考えればいいのか。亭主の見方さっぱり定まらず。翻弄されるのみのようで。



2010年11月30日火曜日

人相

人相。人の顔ですが。最近の若い人達見てると、テレビですが、いや、街でもそうかな。皆同じような顔に見えるのです。特に女性は化粧のせいか。


テレビに出ている人達も誰がなんて言う名前かわからない。同じような顔、髪型。男とてしかり。


AKB48なんて見てると皆同じ人だと思えてしまう(笑)。なんか顔に「個性」が無いような。就職活動に奔走する若者見ていても同じような顔に見える。とびきりおおきいとか小さいとかなら区別も出来るけど。


政治家の人相。これも参ったね。だいたいがどうみてもうさんくさいオジサンにしか見えなくなってきてしまった。菅総理。ますます表情が無く、言うことも生彩を欠き。


顔つきが悪くなった典型。仙谷長官。眉間の皺数も増えたような。悪党面になってきた。苦労が多いからとお察ししますが。


政治家とは好んで苦労を買って出た筈の人。このお二人だけでなく与野党問わず政治家の人相が良くない。なんでだろう。なんかイキイキとしていた人達がいなくなったような。


なんでこんなこと書いたか。髭を剃るために鏡に映った自分の顔を見て変な人相って思ったからだけなんですが(爆)。



2010年11月29日月曜日

シンクロ・・・

久々事務所。日常を取り戻そうとするのですが、なかなかシンクロしてくれない。体調は風邪をこじらせたまま。犬の去ったことが実感出来ず。犬中心だった生活といなくなった生活とがシンクロしない。


シンクロ。同調って意味なんでしょうが。おととい、サトシくんの誘いで「アブラクサスの祭り」という映画の特別試写会とやらにちょっと顔を出して。


主人公の僧侶でハードロッカーだった男が叫ぶ日常。「シンクロしない」。寺で飼っている犬。まさに死期を迎えている。その死と彼のライブをシンクロさせようとする主人公の言動と行動。


アブラクサス。アブラカタブラ。天使か悪魔かわからない創造主。まさか犬の死がかかわる映画を見ようとは。シンクロし過ぎて怖い。


映画の原作者は、三春の福聚寺住職、玄侑宗久。かれの芥川賞受賞作の受賞後第一弾の作品。玄侑宗久さんのお話しもあって感心するところもあったのですが。


シンクロしすぎちゃった風邪。治って欲しいな。呪文となえてもいいから(笑)。



2010年11月27日土曜日

その後・・・

きのう澪の野辺の送りを済ませました。骨のなって帰ってきて、いっぱいの花に囲まれて鎮座しています。はい、写真も。


"弔問"にきてくれた方ありがとう。からから亭日乗を見てお花を贈ってくださった方ありがとう。特に愛想がよかったわけでもなく、媚をうることもしなかった犬ですが、なんか気にかけていてくださった方々が多いようで。幸せな犬です。


動物病院の先生もスタッフとともに仕事の半ばでかけつけてくれ、傍にしばし居てくれました。


ゲンキがいまいち不調。事態が呑み込めていないのか。わかっているからなのか。


23日、澪の急変の前に知人が亡くなったそうです。きょうはその方の告別式。そこへ東京時代の同僚が亡くなったという社友会からの知らせ。そして次々届けられる喪中葉書。


亭主はすっかり風邪をこじらせ。ダウンです。明日あさって、当店は閉店させていただきひたすら寝ようかと。


それにしても。澪が亡くなった夜、訪問客を見送りに表に出ると煌々とした月が。それに満天の星が。次の日の夜もそうでした。


月明かりと星明かりと。うん、澪はタダものではなかった(爆)。


ま、いい人生、いや犬生、一生だったのでは。


以上、とりとめのない、その後の生活の記でありまして。



2010年11月24日水曜日

澪、旅立つ。

長い間、闘病生活というか、老いて病んでいた澪。今朝、すーと息を引き取りました。いつ死んだのかわからないくらい。全く自然に。もちろん苦しみもせず。声をあげるわけでもなく。大往生というところでしょうか。


朝7時頃、大便小便の気配ありで、それをふき取った時には体は動いていたそうです。昨日は、もちろん流動食ですが、朝も夕方もしっかり食べて。そして一夜。


急変わからず。抱いていたら、どうも頭のあたりがちょっと冷たいような気がして、心臓触ってみても鼓動を把握できず。きょうはたまたま動物病院休診日。ちょっと不安になって病院へ電話。もちろんつながらず。で、病院の裏の先生の自宅を訪問。すぐに連れてきてください、点滴しましょうってことで連れていくと聴診器に反応無し。点滴しようにも血圧なくて針がささらない状態。


「いま、澪ちゃんの魂はたぶんこのあたりをさまよっているのでしょうね」と先生。先生にもかわいがられていた澪。先生も泣きながら最後の始末を施してくれました。病院の飼い犬モーくんも心配そうに。


連れて帰ってくるとゲンキに異変。すでに朝の段階で吐いていたそうですが、遺体をなめたりかじったり。よみがえりの努力をしているのか。あきらめる様子無し。そのうち吠えたり走りまわったり。


目は開いたままの状態。どう見ても死んだようには見えず。死ぬ前のかくんと首を垂れるような様子もなかった。いつ臨終をむかえたのか。わからずのような自然死。


「稀有な例です」と先生も言っていたけど・・・。飼い主にお別れ言ったのか。昨夜は夢の中でずっと左の胸に澪がいる夢をみていたのですが。お知らせしてくれていたのかも。


寝顔は穏やかです。いつまでたっても生きているような。なんか今にも動き出しそうな。苦悶の表情などどこにも無く・・・。


今は花に囲まれています。


今朝、澪がどうなっているのかわからずに新聞を読んでいた亭主。先頃亡くなった歌人の河野裕子さんの亡くなる前日に呼んだ最後の一首に涙していました。


    手をのべてあなたとあなたに触れたきに 息が足りないこの世の息が


もしかしたら、澪もそう思っていたのでは。夢といい、その時間といい。悲しいけどお互い十分やりつくした。そんな思いの別れです。開いたままの目は澄んでいます。たぶん、澪も思い残すことはなかったかも。


明日一日は家に置いてやるつもりです。そして荼毘に。骨はもちろん家に持って帰ってきます。物言わぬ澪とあいさつを交わすあらたな日常が生まれます。


 



2010年11月22日月曜日

筋が違うんでは

柳田法相辞任。致し方ないこと。遅すぎた"決断"。タイミング。何の為の辞任かと。「補正を通すため」。辞任の理由をそう述べる。首相も補正を引き合いに出して辞任迫ったとか。これって筋が違うのでは。あくまでも発言の責任を取り、その任に非ずと己を責めて辞めるのが筋。国会対策に大臣の首が。そりゃ裏では国対でそういう話は当然ありだけど、それをご本人や総理大臣が口にしたんじゃ通る話も通らなくなる。何たる稚拙な政局運営。


どうせヤメさせるならもっと早い時期にやるべきだった。今日では遅すぎる。野党は「納得」なんて言わない。どうせ差し出す首ならばもっと有効に使わないと。往年の政治家はそのへんの呼吸が巧みだった。首一つで政局の大転換計れた。


お粗末。菅政権。


そして後任はなんと仙石だと。法相の地位ってそんなに軽いのか。兼務ですませられるものなのか。仙石攻撃は拍車増すだろうし。


政権運営稚拙。国会対策も稚拙。外交含めてどこともパイプなるもの持たない政権。まるで破れかぶれの泥まみれってかい。


菅さんには期待はずれ。お引き取りいただきたいところ。なれど代用品見当たらず。世論調査で支持率上昇っていう自民だけど、まだ国民には"アレルギー"あり。


イライラ募り亭主の体調また悪化(;.;)。


とにかく、全てに筋が違うことばかり。芸事ではよく言う。あの子は筋がいい。もともと筋が悪かったんだろうか。筋を違えても安藤美姫は頑張った(笑)。亭主も運動してないせいか。背中の筋が痛い。(爆)。



2010年11月19日金曜日

「妄言」汗の如し

孔子の有名な格言に「綸言汗の如し」というのがあります。皇帝がいったん発した言葉は取り消したり訂正することは出来ないという意味。君子の発言は、かいてしまった汗のようにからだにもどすことは出来ない。軽率な発言や訂正を戒めた言葉です。


柳田法相、仙石官房長官。彼らの発言が物議をかもしている。もちろん彼らは君子でもない、ただの陣笠代議士。よって綸言とはおこがましくて言えず。まさに妄言。されどそれとても汗の如し。取り消したり、訂正して済む話じゃないって。


「個別の事案についてはお答えを差し控えます」。これはいい文句ですよ。これを使う。これがいいんです。分からなかったらこれを言う。これで、だいぶ切り抜けて参りましたけど、実際の問題なんですよ。しゃべれない。「法と証拠に基づいて、適切にやっております」。この二つなんですよ。まあ、何回使ったことか。


こりゃ誰だって怒る。罷免要求も当たり前。政治家っていうのは講演などでいわゆる「うけねらい」で自分を道化ぽく見せようとする。これもその典型か。


ふと思いだした竹下登の迷文句。戦後、中学の代用教員をやれって言われた時。英語は全然わからないと任用を拒否すると「PTAとDDTの区別さえ教えられれば大丈夫だ」と校長に言われたという本人発の"逸話"。笑い話でウケを狙った竹下流話術。


仙石発言。「自衛隊は暴力装置」。かつての左翼がよく使っていたが、仙石からはまだ昔の左翼かぶれが抜けないのか。もっとも、警察や軍隊など暴力装置を合法的に使っているのが国家の定義という政治学的位置づけもある言葉なんですが。自民党の石破クンも使っていた。議論としては成り立つ定義なんですが。すぐ謝罪してしまうことに、発言者のうすっぺらさがある。


謝罪、訂正して反省っていくら言ったって許せない。かいた汗は元には戻らないのだから。それが妄言であっても。だいたい、謝罪って口でいっても顔はこわばり、口をとんがらかし、表情は全然謝っていない。


政治家の言葉が軽くなってしまって舌禍事件ばかり起こしてしまうのはいつの頃からか。余りにも多すぎる菅政権。言論の府に身を置く者にはあるまじき言動。


文民統制の大本、官邸棲息者に暴力装置って言われりゃ、そりゃクーデターもんですよ。


言葉もやることも軽い、軽い内閣。


国会答弁では「ある意味」「ある種の」を連発。真意わからぬ曖昧な接頭語。曖昧な人達が曖昧な言葉で国民を操ろうとする。過渡期、失われた政治の時として早く過ぎ去って欲しいかも。


 



2010年11月18日木曜日

"格差"あれこれ

一票の格差。参院選での格差をめぐり東京高裁が違憲判決。そりゃそうだ。当然。1:6なんて、とんでもない。「清き一票を」と連呼する候補者、一票じゃないですよ、0,5票だったり0,25票だったり。「この格差で少数の有権者に選ばれた多数の国会議員が法律や予算をつくっている」。高裁でも最高裁でも違憲判決をだされても動こうとしない立法府国会。国会議員が憲法に違反している。あらゆる法の頂点にある憲法に違反している。誰も処罰されずに。おかしな法治国家だとあらためて思うのですが。


憲法25条。国民は健康で文化的な最低限度の生活を・・・。これだって国のやってることは憲法違反。国民の権利侵害。


昨夜、あるビール会社のフレンド会。その会社のビールが好きな人を集めての会。会費。男性6,000円、女性5,000円。今にはじまったことではなくずっと続けられているのですが。もう一つのビール会社の友の会も同じ。会費に男女の「格差」。で、実態は。女性の方がよく飲み、よく食う(笑)。「格差」の訳は何?。とにかく女性が強いこの時代に(笑)。


「ずっと前からのしきたりなんでしょうね。いわれればそうですね・・・」。と支店長。"悪しき"風習は変えましょう。参加した男性からこぞって出ていた意見です。亭主が関係する酒の会。酒道会、紫酔会などなど。男女、年齢、全く関係なし。酒席はすべて同格と。


高齢者の自動車保険料を上げる動き有りとか。これだって格差。乱暴で事故多発させているのは若者。自動車税高から軽自動車に買い替える年金高齢者・・・。格差とは言わないけれど。


格差に怒り、段差でよろけ・・・。きょうのからから亭(爆)。



2010年11月17日水曜日

言葉の"貧困"

今年の新語・流行語。その候補語60点を見ています。その中から「大賞」が来月発表されるということですが。


世相を反映しているのか、テレビの影響大なのか。納得!という言葉に出会わない。一年を言い当てる言葉に相応しいもの無し。ネット系用語や略語数多く。しかも哀しい言葉も多し。名ばかり高齢者だとか、無縁社会だとか、終活だとか、待機老人だとか。


"貧困社会"の中では言葉までが"貧困化"してるような。


所詮、消えゆくであろう新語・流行語。なにも目くじらたててあげつらうこともないのですが、カタカナ語の蔓延、略語の闊歩にはうんざり。これらが「現代用語の基礎知識」って本に載るんだから。なんかオカシイな。


まともな日本語は何処へ行ったのだ。


言葉を弄(もてあそ)んでいるのではなく、誰かが作った言葉に多くの人が弄(もてあそ)ばれているような。


文句を言いながら、その60語を覚えようとしているからから亭亭主はやはり変だ(爆)。



2010年11月16日火曜日

木鶏に至らず

横綱白鵬についに土。63連勝でストップ。双葉山の69連勝に及ばず。話題をさらっています。マスコミはこぞって双葉山の座右の銘「我、いまだ木鶏たり得ず」を引用。「木鶏」。名言です。


荘子の言葉と言われており、安岡正篤氏が双葉山に送った言葉だといいます。


「紀渻子という人が闘鶏の好きな王のために軍鶏(しゃも)を養って調教訓練しておりました。そして十日ほど経った頃、王が"もうよいか"とききましたところが、紀渻子は"いや、まだいけません、空威張りして「俺が」というところがあります"と答えました。さらに十日経って、またききました。"未だだめです。相手の姿を見たり声を聞いたりすると昂奮するところがあります"。また十日経ってききました。"未だいけません。相手を見ると睨みつけて、圧倒しようとするところがあります"。こうしてさらに十日経って、またききました。そうすると初めて"まあ、どうにかよろしいでしょう。他の鶏の声がしても少しも平生と変わるところがありません。その姿はまるで木彫の鶏のようです。全く徳が充実しました。もうどんな鶏を連れてきても、これに応戦するものがなく、姿をみただけで逃げてしまうでしょう"と言いました」。


これが安岡さんの語った話だそうです。この話を聞いてから双葉山は木鶏たらんと欲し、日夜精神修養に努めたとか。


良い言葉です。木鶏クラブとか木鶏会とかいう名前の勉強会も各所にあるようです。木鶏たらんと学ぶ人もあり。もちろん、それになりうるような人物は輩出されていないようですが。


少なくとも木鶏になろうとした、目指した白鵬に賛辞贈りたい。敗れてこそ己を知ることができたのではないかと。双葉山は連勝が止まったあと連敗したとか。白鵬の今日の一番、連敗しなければ双葉山を越えたことになるかもしれない。


翻って政界。木鶏はおろか軍鶏もいない。居るのは風見鶏だけ。風見鶏、これは中曽根康弘につけられたあだ名だった。菅は何の鶏か。鳥か。渡り鳥でもないし・・・。鳥にたとえたら鳥に失礼か。


倫理、道徳、哲学を学ばずして政治を語るなかれ。人心の離反、♪誰のせいでもありゃしない、みんなおいらにせいなのよ♪。



2010年11月15日月曜日

これも"談合"だ

朝、玄関開けて郵便受けへ。新聞取りに。無い。はっと気づく。きょうは休刊日なんだ。とかく、このところ失念事多しであり。


で、自分の無能わきまえず、何となく腹が立つ。いったい新聞休刊日って一年に何回あるんだろうって。しかも中央紙、地方紙こぞって右へならえの休刊日。一部スポーツ紙以外「新聞が消える日」。休みたけりゃ各紙それぞれにやればいいのに。これって「談合」ですよ。購読料値上げもそう。談合値上げ。そのくせ他業種の「談合」のは目をひんむいて正義の味方とばかり襲いかかる。自分たちのやってること棚に上げて(笑)。


休刊日だからといって記者が全員休みではなく。ネットには速報の記事が流されているが。どうもこの休刊日、ネタを提供する側に取っては大きなイシュー。休刊日狙っての行動とか、休刊日だからやらないとか。うまく使いたがる特に政治家さん達。


談合とは言わないけれど、たとえば尖閣ビデオ流出問題。"犯人"とされる保安官の手書きのメッセージ。「あなた方が大勢いるから海保の建物からボクは出られない」。ほんとなんであんなに大勢の報道陣とやらがお目当ての場所に集中するのか。


国会で総理に渡したメモを望遠レンズが撮影したとかでsengokuは「盗撮」とおっしゃった。民主党が野党の頃から、共産党もよく使っていた、予算委員会室でのカメラに向けたフリップ出し。大臣席に見せるのでは無く反対側のカメラに向けての掲出。これだって露出、アピールの仕方での政治家とマスコミの"談合"じゃないの。都合悪くなると取材規制だとか。


じゃ、休刊日談合も公取法違反で規制したら(爆)。



2010年11月13日土曜日

非日常ということ

なんとも大仰なタイトルですが。ここ数日「非日常」に悩まされほとほと参っているようです(笑)。


病犬はますます甘えが増し。寝ていると床ずれがするせいか、立ち上がっての抱き寝を所望され。いつも腕の中に犬が。はい、これもある意味非日常。


先日から始まった自宅の風呂場の工事。すべて段取りよく動くという物ではないのが世の常。新たな故障箇所発見ありで部品取り寄せとか。工事が延びる。


昨夜一時帰宅。なんと部屋中、いや、家中が埃だらけ。触った所にはすぐ指の跡が。その埃を吸ったままの一夜。風邪が治るわけ無い!!。


修理・工事。はい、まさに非日常。不謹慎のようですが"天災"にあった後のような家の中。掃除しなくっちゃ。体力、気力伴わず。どうにかしないと・・・。焦る。ストレス。原稿締め切り迫っているのに事務所行けない。


やっとさっき事務所へ到着。おひさしびり~~~(爆)。空気を入れ換えていなかった部屋はなぜかかびくさいような。そこへもって来てパソコンが急に不調に。踏んだり蹴ったりだわい。


そして気づく。車にガソリンが無い。焦る。原稿書かねば。頭がそっちに向かない。頭が日常に戻らない。どうにかして集中させないと。夕方まで取り組んでみます。明日は明日の風が吹くさ(嗤)。と言いながら・・・。


非日常を楽しめない。



2010年11月11日木曜日

「正義」の話しか

海保の保安官によると言われるビデオ流出。流出の真意はまだ明かではないが。国を守ることを使命としている人間の正義感のなせる業か。そう思いたい。


一昨日の亭主が主宰する粒々塾でハーバード大学のマケルサンデル教授の講義をネタに正義の話しをしたばかり。国家の正義。保安官の現場としての正義、政治家の正義いろんな観点からの論議必要と。。


もっと堂々と己の信義を語ってほしいと思うけど。保安官。彼を支持する世論多い。仙石はそれを否定。この政権、いささかうんざりって思う亭主は正義の人に非ずか。


このビデオ、メディアが入手して"暴露"していれば展開変わっていたはず。保安官が本当の"犯人"ならばメディアに持ち込めばよかったのに。伝播の力はネットの方が強いとしても。読売テレビの記者はこの保安官と接触していたとか。でも時すでに遅しだったか。


「白熱教室」でとりあげてほしいこの話題。



疎開中

我が家の風呂が故障。
工事につき犬共々疎開中なのです。
大ちゃんのipad借りてにわか書込み。悔しいipad。
楽しいけど欲しくないもんね(笑)。ていうか買えない(泣)。
てな事情で事務所にもいけず引き篭もりなう。。


2010年11月9日火曜日

官僚たちの"反乱"

連日、ネットを含めメディアを賑わし、国会でも連日の議論。世をあげてこの話題。尖閣ビデオ流失問題。


あらためて思うのですが、こりゃネットオタクの犯行ではなく、れっきとした官僚たちの反乱じゃないかと。


sengoku38。このハンドルネームにしても然り。それにしても、流出元は海保の関係者としか思えないが、プロキシ使っているような、なかなか身元特定できないようなネット精通者。こりゃ政治家はとてもじゃないがツィッターでネット族気取っているような方たちには立ち入れない世界。それがネットの闇かどうかな別問題として。結構使いこなしているじゃん。ネットという魔物を。


ビデオ公開が「国益にかなう」との判断ありの犯行かと。中国に気を使い公開をしぶり、中国におもねるような政府にほとほと嫌気がさしたのじゃないかな。海保の人間、国益とは何か。それなりに真剣に考えての危険覚悟の日夜の業務。


民主党の一枚看板のような事業仕分け。官僚はかしこまりましたってような顔しながら裏では反乱。仕分けの骨抜き。


統治能力がどこにもない国のような。


まてよ。裏があるかも。政府が「公開」ってのは中国様の怒りかうから「犯罪」に見立てて「流出」をさせたのでは。流出、犯人探し、クーデターだなんて言っていれば中国も表立って文句言えない。公開を求める国民の声にも多少はこたえたことになる。怪人sengokuの考えた高等戦術か(爆)。いや、ありうるかもよ。長妻ほど官僚たたきはせず、すり寄りさえ見せている仙石さん。官僚の使い方もずるく考えたのか。


官僚いじめ、決していじめではなく、政治主導っていいことなんだけど、天下りなど大方の国民はイライラさせられているけれど。


「この国は我々が動かしている」。入省時に叩き込まれた官僚魂。国を憂うるのは我々だという自負。まだまだ"反乱"の萌芽ありと。



2010年11月8日月曜日

クマと「領土問題」と

熊からイノシシからカモシカまで。自然界の住みわけが出来なくなった生態系。熊はイノシシは、自分たちの領土を求めて人間界を脅かす。尖閣も北方領土も、ある意味資源問題。餌のあるところに動物は浸食してくる。


異常気象、異常気性(笑)。脅しても麻酔銃を打っても射殺しても解決にはならない。領土を浸食してくる東の野獣にどう対処するか、住み分けするか。野生動物対策は外交政策に似たりと。


変な論法かも(爆)。


TPPー環太平洋経済協力協定。関税撤廃、開国か鎖国化。結論出せぬ政権。国家の中長期的展望持てぬが故の"迷走"。業種によって賛否両論。熊退治にも似たり。


打撃受けるといわれる第一次産業。農業。関税で保護された産業。歴史的にはそれないりのゆえんあり。さりとて。このご時世、世界情勢、国難の時期にあっては・・・。農業は再集約、構造改革、再編、大規模化しか生き延びられないという。これまでと農業、林業の形が変われば・・・。


里山崩れ、人間と動物との境界線より無くなる恐れあり。熊は、より、まさにクロフネの如く来襲の危惧あり。はてさて如何せん。熊に学ぶ領土問題、外交通商問題とも。外国から持ち込まれる、やってくる外来種の驚異も然り。


すでに統治能力を喪失しているような現政権。動物学でも勉強してみたら(爆)


我が家の"クマ"。ただ今は睡眠中。



2010年11月7日日曜日

多忙な週末

日曜日を週末というのかどうか。カレンダーでは週の初めにありますが。それはともかく。昨日、今日となにやら会合だらけ。風邪は治まらず。犬の介護。はい、大変であります。


昨日は福島新樹会の研修会。安岡正篤の「日本精神の研究」。大正末期に書かれた一文。抜粋。


「人々は皆、群集の陰に隠れて切実なる自己の反省を失い、道徳的勇気も残るかたなく銷磨して、互いに卑陋な小我を固執し・・・」「現代のかくのごとき頽廃はその縁由を物質文明に有すると思う・・」「現代人の大いなる禍は帰するところ、人間の機械化に依る人格の破たんにある・・・」。


なんか、今のこの平成の世の中を喝破してりるようで。つい、笑えてしまいました。笑い。それはリリーフランキーの小説、「東京タワー」の中の一節と酷似していたから。言わんといするところが。


日進月歩、道具は開発され、延命の術は見つかり、私たちは過去の人類からは想像もできないような「素敵な生活」をしている。しかし、数千年前の思想家や哲学者が残した言葉、大昔の人間が感じた「感情」や「幸福」に関する言葉や価値は、今でも笑えるくらいに、なんにも変わっていない。


そうなんです、この"笑"なんです。


早帰りしようとしていたら知り合いの某上場会社の社長とぱったり。ちょこっとお付き合い。美味い寿司御馳走になり。対価は話を聞くこと笑い。爺も歩けば人に当たる(爆)。


今日はこれから一平ちゃんの主宰する玄粒書道会の設立10周年記念大会。酒、ふんだんに用意してあるといわれるものの、昼間からこの体調では飲むわけにもいかず。夕方帰ってきて、また"犬介護"。そして、夜は、なだめすかして寝ないと。犬も亭主も「天命、天命」(爆)。



2010年11月5日金曜日

ネットが・・・

朝起きたら尖閣漁船衝突事件のビデオがネット流出との報。パソコン立ち上げユーチューブ見たけど「ユーザーにより削除されました」とばかり。しかし、あっと言う間に伝播している。


テレビはもちろん最初のきっかけはいざ知らずビデオ入手。驚きましたね。流出。どうやっても海保か裁判所の関係者しか持っていない映像。


流出させた意図めぐり議論盛ん。


警察の捜査ファイルがウイニー使って流出され大騒ぎになっている折も折。ネットの"闇"なのかネットの"威力"なのか。


政権に与える影響甚大。中国の反応は。


ビデオ公開論が各方面から言われている時。時宜にかなったことと言えるのか。それの是非はともかく警察資料も含め「意図的」に、「何らかの目的」あってやらたこと。


この国の危機管理、情報管理はもはや三流国以下。ネット礼賛者は快哉を叫んでいることでしょう。ネット以外は真実を伝えられないと。


小沢一郎もネットには積極参加。持論をまくしたてるし。


あらためて、流出の是非はともかく。ある程度は予測されたことでもあるが、ネットを使って世の中を混乱に陥れることなんてもはや当たり前の世の中。いいのか、悪いのか。


ネットが世界を翻弄する。ネットに席巻される世の中。やはり「怖い」。


少なくとも中国外交は展開の先読めず。外交戦略打つ手なしかと。


流出させた"犯人"は割れると思うが。ある意味「英雄」扱いされるかも。日本の反中勢力は勢いづく。


ネット信奉者は快哉叫んでいることでしょう。怖い。どうなる、どうする・・・。



2010年11月4日木曜日

仲間とか親分とか

ほとんど興味無いけど野球。


でも、昨日の六大学決勝戦、早慶戦。終わったあとの斎藤君の言葉よかった。「斎藤はなにか持っているといわれてきたけど、今わかった。持ってるものが。それは仲間です」。感激居士の亭主。思わずグッとくる。「仲間」っていい言葉だと。世の中、仲間意識が薄れていく中、それを実感できた斎藤君は幸せもん。寄り道ではなかった大学4年間。勉強したかどうかはともかく4年間に大きな意味があった。大学とは学問の府だけではなく人間形成の府でもありうると。


亭主も数はともかく、いい仲間に恵まれていると。もちろん毎日顔を合わせるわけでもなく、電話でしゃべるわけではないけど「仲間」に支えられている。老いも若きも。その仲間を大事にしているかどうかと問われると忸怩たるもの有りですが。


「親分」。これもいい言葉。人間関係の中で。親分肌なんてかつては良く言われたが、今の世の中、たとえばサラリーマン世界で「親分」と呼べる、思える上司がいるのか。


野球の大沢親分。破天荒な行いを強いるけど弟子の面倒見がいいタケシ。ヤクザの世界だけかと思ってしまっていた「親分」という言葉。彼らはもはやあまり使わないような。兄弟とか組長とか兄貴とかは使っているが。


親分・仲間。単純だけど人間関係を言い表すにはこんな良い表現は無い。「最後に一言言っていいですか」と言って言い出した斎藤君発の「仲間」。社長が社員を「仲間」だと認識している企業はたぶん苦境も乗り越えられるかも。


人は必ず人とつながっている。学生時代にさかのぼるのもなんだが、亭主の胸の中に芽生える「仲間」への思い、よびさまされる仲間意識・・・。



2010年11月2日火曜日

前門の虎、後門の狼

虎は中国。狼はロシア。とてもじゃないが今の政権では太刀打ちできないような「外交問題」が次々と。


意味不明な敵対意識で会談拒否したり握手さえ拒否したり、難題もちかける悪虎、中国。そこへ来ましたね。狡猾な狼ロシア。大統領が国後島訪問。ほんとずるがしこい嫌な奴。人の弱みに付け込んでくる。


終戦時。ポツダム宣言受諾して8月15日の終戦を迎えたにも関わらず、千島列島を攻め、北方4島を占拠したソ連。


日本はアメリカがアリューシャン海峡から来ると思っていた。直近まで"友好関係"にあると思っていたソ連がまさか・・・。読みの甘さはあったとしても勝ち馬、尻馬にのるソ連、ロシア。


先日浅田次郎の終わらざる夏読み終えたところ。終戦後の戦地、千島。


アメリカとは普天間問題抱え、もうどうにもならない袋小路に入ったような日本外交。ロシアは鈴木宗男の力借りないとダメか。中国は小沢一郎か。(笑)。


虎や狼に囲まれて「抗議」ぐらいしか言えない政権。かつて国会論戦。仮想敵国。ソ連だった。いまはそれに加えて中国だとか北朝鮮だとか。どうするんだい。


あげく熊やイノシシやカモシカまでが人里を徘徊、乱暴する自然界。クロをシロと言いくるめようとする中国。ネズミを捕る猫は何色でも良くなったのか。


ほんと寒気がしてきます。国難相次ぎなんです。頭の中も体の中も寒気、寒気と・・・。



2010年11月1日月曜日

曲がったままのカーブミラー

近所の住宅街の細い道。交差点。一時停止の標識はあるもののもちろん信号は無し。


先日そこで衝突事故があったとか。とにかく車がカーブミラーの柱にぶつかった。ミラーは以後上をむいたまま。何の役にもたっていない。空だけを映している・・・。もうかなり日にちが経っているけど。誰かがどこかが直す気配なし。


きょうも雨空を見上げているような。その役割果たせず上を向いたまま。直すのはどこの責任。警察?交通安全協会?自治体?


曲がったままのカーブミラー。いつになったらその機能回復してくれるのか。気になって。そこを通る時は細心の注意を求められる。


曲がったままのカーブミラー柱。今のこの国の有り様を象徴しているような(笑)。


一進一退、長引く亭主の風邪。治らない。ミラーと同じか(爆)。


一日一回なぜか気になるカーブミラー。



カーブミラー.jpg



2010年10月29日金曜日

アルファベットが席巻して

これって国際化ってことか。グローバル社会ってことか。ニュースを見ているとやたらアルファベット、横文字の略が登場。


TPPからはじまってEPAだのASEMだの。


TPPとは環太平洋パートナーシップのことでEPAは経済連携協定だとか。ASEMはアジア・欧州会議だとか。英語の頭文字をとった略称。


いったいどれほどの人がわかっているんだいって。新聞やテレビによっては「日本語に訳してくれている」ところもあるが政治家はさも知ったげに横文字羅列を得意とし。


やってらんね。もっとも日本の企業でも社内の公用語を英語にするってとこもあるらしいから。英語とかその略語知らないともう通用しないのかな。


公用語を英語にすると言ってからは楽天とはおさらば(爆)。ユニクロも控え(笑)。


慣れない横文字略語使っていると、間違えたらとんだ事にもなりかねない。あまねく日本人を相手にしてる商売の人達は正しい日本語を使ってよ。


医者に行っても横文字略語。PTSDだのCOPDだのMRIだのCTだの。無学な亭主は困惑する(爆)。PET。犬か猫かと思ったし(笑)。薬だってほとんど横文字。そりゃ年寄りに薬の名前くらい覚えなさいって叱っても無理。誤服十分ありうる。


野球もサッカーもバレーもスポーツもやたらとカタカナ氾濫。車の名前も横文字だし。意味がわからないと嫌な性分の亭主。車の名前のいわれをいちいち調べる始末。


古都京都。先斗町。由来はポルトガル語のPONTOだそうな。「先」っていう意味だとか。


もうすぐASEANだのAPECだのの国際会議が始まる・・・。



2010年10月28日木曜日

毎朝読

この三文字。誰だって有名な新聞三紙を想起するでしょうね。業界では朝毎読。ちょうまいよみ。って呼びならわされていますが。


「毎朝読書をする」ってことだそうです。この三文字の正解は。「する」といった方がいいのか「させる」といったほうがいいのか。


きのうから秋の読書週間とかが始まったとのこと。朝の読書、朝読(あさどく)を学校の活動に取り入れている小中高校が全国で2万7千校になったとか。全体の七割だとか。朝に本を読むことで読解力や文章力が向上するらしいです。積極性や思いやりの心が生まれるといった効果があるとか。朝読推進協議会ってとこの調べだそうですが。


ただし読書の時間はおおむね15分くらいだとか。それだけで効果あるのかどうかは疑問だけど。たしかに亭主も15分本を読むと目が疲れ眠くなるし。


で、いったいどんな本を読んでいるのか。好きな本をただ読むだけっていう"指針"ありとか。漫画だって立派な"読書"。家で読んでると親に怒られる。「漫画ばかり見てないで勉強しなさい」。あは、これは昔の光景か。今は親が率先して漫画フアンだったりして。(爆)。


親の持っているiponeやipadを持ってきて"電子読書"やってる子供がいたら笑えるかも。先生は嫉妬に狂うかも(笑)。子供手当で十分買えるし。いいな、今の子供は。


で、このタイトル。順番に経営悪化。朝日は購読者800万人割って大騒ぎ。読売の一人勝ち1,000万部維持だとか。


朝読の中身を新聞にしてみては。そんなぼやきが新聞社からは聞こえるかも。でも、新聞取ってない家庭が増えている。そして週刊誌は徹底して朝日攻撃。


朝日か毎日でプロ野球球団持ったら(笑)。昔は毎日オリオンズって球団あったはず。読売の牙城は野球のおかげかもよ。テレビの中継は大幅減だけど。



2010年10月27日水曜日

お題目

別に日蓮宗の南妙法蓮華経や浄土宗の南無阿弥陀仏のことではありません。


最近の政治。やたらとマニフェスト、マニフェスト。どうもこれが世に言う「お題目」のように思えていたのですが。


民主党はなんとまたやってくれた。このお題目違反。宗派を破門されるような(爆)。企業・団体からの政治献金受け入れに転じたと。どういうこったい。


個人献金・政党助成金でやっていくってのが「お題目」だったのでは。「政党助成金、つまり税金頼みの政党っていわれるのは嫌だ」ってことなのか。個人献金が集まらないのか。台所は火の車なのか。下世話な勘ぐり。


どうもこの政党のやってることがよくわからなくなってきているような。そう思っている人が多くなってきているような。だんだんかつての自民党と似てきたような。


「空き缶」はいっこうに埋まる気配無く。てなとこか。


「政治とカネ」。これも野党のお題目のように。円高経済対策どうにかしてよ。これ国民のお題目。やらねばならない課題多すぎる。もはや「缶」のキャパ越えているような。ドラム缶いっぱいの知恵詰め込んでも解決できないようなことばかり。


高齢者問題もより深刻だとか。


信徒ならお題目唱えていて救われるかもしれないけど政党のお題目信じていても何にもならない(爆)。それにしても寒い、寒い。風邪が治るわけがないって。



2010年10月26日火曜日

三日間の御無沙汰でした

「一週間の御無沙汰でした・・・・」ってしゃべりではじまる歌番組が昔あったけど。からから亭三日間の御無沙汰でした。亭主の行状書いても致し方のないことですが。


土曜日は関係している会社のゴルフ。今年三回目のゴルフ。その割にはまずまず。混んでいたゴルフ場。プレー進行滞り。表彰式に出る時間もなくぶっとばして帰宅。澪さまを病院。すぐさま夜の酒飲み定例会。これで完全にやられましたね。酒席の途中で貯まらずにごろ寝。


もう翌日は風邪ぶりかえし。おまけに発生した頭痛。厄介な時々起きる持病。頻繁におきる走るような痛み。熟睡不可能。日曜日から月曜日にかけて。安眠障害(笑)。ロキソニンという痛みどめの薬飲んでつかの間収まるものの切れると激痛。頭。


月曜日も同じ。


てな具合で開店に至らずでした。きょうも症状変わらずですが、やっと・・・。澪様が様態急変。昏睡とまではいかないもののすこぶる悪し。抱き寝をご所望される。老老介護転じて病病介護(爆)。


きょうは歯医者の予約あり。どうにかこなさないと。歯もいささか調子悪いし。まことに神経過敏な亭主なのであります。そんな中昨日大学時代の親友が郡山にちらっと立ち寄り。「痛い、痛い」と頭を押さえる亭主に「俺もそうだったよ。同じようだったよ。調べたら頭から首にかけての帯状疱疹だったよ」。何たる不吉なご託宣(笑)。


三日間のさぼり。これを三日坊主とは言わないけれど。三すくみだの三太夫だの三又だの三日月だの三ケ日だの三、三、三。三にこだわり始めた塾生のメールが想起され。休業は三日が限度かと思い、意味なし事を記した次第。ルル三錠なんてCM思い出しながら三時間の昼寝敢行しようかと。


てな言い訳。予定はいろいろあるのにこなせない。ま、こういう時もあるさ(爆)。



2010年10月22日金曜日

長屋のクマさんはぼやいており

ご存知、粗忽長屋に住むクマさんは最近憤懣やるかたなし。


「おい、なんでえ、このところテレビ見てたら、やたらにクマ、クマって声がして。オレが呼ばれているのかと思って返事したけどどうも違うらしい。でね、ご隠居のところに行ってみたら、なんと本物の熊が山から下りてきて人に危害を加えたりしているってえ話じゃねえか。驚いたね。俺が若い頃はそんなことなかった」。しゃべりだしたクマさん勢いはとまりません。


「親がね、俺にクマって名前つけたから俺はその名前を後生大事の持っているんだ。たしかに若いころは鬼熊とか、暴れ熊ってあだ名を頂戴したこともあったけど。最近はめっぽう大人なしくなったのに。とにかく毎日、毎日テレビで呼ばれているんじゃたまったもんじゃねえ」。


「テレビ見ているとなんか涙出てくるね。かわいい小熊を母熊が守って一緒について歩いている。人間様の世界じゃ虐待だの放棄だのと言って子供がおいてけぼりにされてるっていうのに、熊の世界ちゃ見上げたもんじゃねえか」。


「その熊をよ、猟友会っていう人たちが鉄砲で撃てやがる。しょうがねえて言えばそれまでだけど、なんか俺が撃たれたようで、どうりでこのところ案配よくないわけだ。だからじゃないけど、俺も名前が名前だから君子危うきに近寄らずってことで、この長屋からは一歩も出ないことにしてるんだ。盛り場なんかに酒飲みに行ったら、それこそお姉ちゃんに"あらクマさんが来た"なんて大声出されたら途端に警察や消防来てしまいそうだし。しゃれにもなんねえや」。


「ご隠居に聞いたら、なんでも里山ってのが無くなって熊も食い物が無くなって人間さまのところに顔出すようになったっていうじゃないか。里山が無くなったのは人間様のせいだっていうじゃないか。どうも腑に落ちねえ」。


「山に食い物無くなって行き倒れになりそうだから下りて来たっていうじゃねえか、それで下りてきたら生き倒れってことになるのけえ」。


季節がめぐり冬眠の季節になるまで長屋中にはクマさんのぼやきが聞こえそうです。



2010年10月21日木曜日

それでも検事は主人公

「村木裁判」で証拠品改ざん。大阪地検特捜部検事が、結果3人も逮捕され、検事の権威失墜、大いなる検察不信を招いているのに・・・。


テレビ欄見ていると、テレビのドラマにやたらと多い検事もの。今夜は「京都地検の女」。他にも毎日のように放映される検事もののドラマ。赤かぶ検事とか、女検事何のたれがし。検事・鬼島なんとかとか。


時流は、検事はヒーロー。「ヒーロー」と言えばキムタクも主演した検事ドラマもあったっけ「HERO」。前田特捜副部主任検事を「内部告発」したのもキムタク似の若い検事と女性検事だったという。テレビドラマとは関係ないけど(笑)。


前特捜部長、副部長、前田主任。言い分が全く違っている。どっちかが嘘をついているし、どっちかが他人のせいにしようとし、身の保全をはかろうとしている。言語道断なり。いやしくも「検事」という職にあったものとして天にそむくこと許されがたく。


検察が指弾をうけているっていうのになんでテレビは競ったように「検事もの」のドラマばかりやるのか。解せぬ見識、解せぬ乖離。登場する主人公は皆正義の人。


米倉涼子の「マルサ」系ドラマも始まる。以前の「交渉人」、よかったですね。警察上層部の"腐敗"描かれていて。とかくテレビのドラマ、警察モノや検察モノ多し。勧善懲悪のすすめ(笑)か。


視聴者は戸惑うばかりかと。放映やめろとは言わないが、解せない感覚。検事礼賛。ドラマでもニュースでもメディアはメディア。ジャーナリズム精神持ち合わせているはずと思うのですが。



2010年10月19日火曜日

冷静と激情の狭間

中国各地で繰り返される「反日デモ」。メディアでどれだけの実態が伝えられているかは不明だが。それなりに実態、実情を伝えようと努力はされているのでしょうが。


それにしても不可解な国、不可解な国民の多くが存する国だと思うのです。今の中国。共産主義の経済大国ががむしゃらに我が意を通そうとしている。そんな印象さえ持ってくる。


「日本製品ボイコット」、結構。しかし、日本企業が現地雇用をしているおかげで雇用がある程度確保されているんじゃないの。


「尖閣は我が領土」。歴史を学んだのかい。あげく「沖縄(琉球)解放」だなんて。付け焼刃の反日プロパガンダの踊らされている哀れな若者。


「暴動」を見て見ぬふりの警察。群集心理の塊みたいに、すご暴徒化する若者。扇動者は誰。


一つの見方ではあろうけど、行き詰っている国内政治。敵を外部に求め、不満吸収、ガス抜き目指す指導部としか思えない。毛沢東戦略の基本。


おりしも指導者の後継選出。関連ありと見るべき。


中国人民にとっての愛国とは何か。ノーベル賞受賞者を獄につなぎ、反体制を許さない一党独裁政権。


貧富の格差、閉そく感。希望が持てない国。それに反抗する勢力がたまたま選んだ日本。不満のはけ口。ついついかられる激情。暴れる。内心は自国の政権に向けての不満。


懐柔をはかる政府。冷静さを求める。常に何が得で何が損かの計算。どこが発信元で、何を狙うのか不可解なネットの存在。ネットが愚かな民を扇動する。およそ民主主義という言葉の通用しないあの国に幅をきかすネット・・・。


日本政府もひたすら冷静、冷静を連呼。日本人が激情にかられないという補償は無し。政権に不満を持ちながらも眠れる子羊の如くネットと携帯だけをいじくる日本の若者。中国を頼りに景気回復をもくろむ人たち多く。表と裏の使い分け。


冷静と激情の狭間で次ぐに何が起きてくるのか。


武力。そんな言葉が頭をもたげてくるのが一番怖い。



2010年10月18日月曜日

長引いているのです

悪女の深情けっていうか、なんていうか。うまいたとえはみつからないのですが。風邪が一向に治る気配をみせてくれません。とりあえずからから亭開店させねばと。


ある人からメール。「きっと居心地がいいから風邪さんが居座っているんでしょう」って。褒めてくれているのですが、どうも・・・。


この長引く風邪、今季の流行のようだとも。回復力は著しく低下している実感。薬効あらず。寝るのにも飽きた(笑)。でも突如眠くなったり。


抜けるような青空。さわやかな風、空気。体内、頭脳さわやかならず。迫る原稿締め切り。秋の気配、より忍び入り。田はほとんど稲刈り終了。刈り取られる前の稲穂、皆、頭(こうべ)をたれていた。実るほどではなく、夏バテ状態で。体から倒れれ込んでいた。


刈られたお米。結局品質劣化、劣化と言ったら申し訳ないか。品質よからぬ様子。稲作農家大打撃とか。とにかく農家は大変。JAも打つ手を持たずというありさま。


消費減退にもってきて「不作」では。戸別補償制度の是非論まで。新米より備蓄米の方が値段も高く美味いとなったらどうすんだい。新米って「季節の御馳走」だったのに。


長引くのは風邪だけに非ず。農業政策も曲がり角に来て曲がれぬまま。不況も長引く、円高も長引く。中国の威嚇、恫喝も依然続く。長引きそう。


おっと、飛行機雲が長く尾を引くように・・・。この絶好な秋の光景、気候だけは長引いてほしいのに。長引く風邪は健保財政悪化に作用させていると自己嫌悪なり(笑)。



2010年10月15日金曜日

「腰」はいろいろ使うもの(笑)

国会予算委の論戦。熟議だのと菅が言っても議論は深まらず。今更ながら「言論の府」という"妄想"の悲しさ思うのみ。


野党自民党はまさに「ケンカ腰」。舌鋒鋭いというのか、いちゃもんつけているというのか。ヤジも含めて怒鳴ってばかりではガキのケンカにもならない。


売られた喧嘩は買えばいいのに、尖閣の対処含めて「逃げ腰」の内閣。そういえばなんとなく「及び腰」の野党もあったような。


下劣なヤジは話の腰を折るし。


極めつけ。仙石官房長官サマがひとくさり。ほんと呼ばれてもいないのにしゃしゃり出てきて意味不明のことをなんだかんだとよく喋る。こういう人を昔は三百代言と言った。三百代言。明治時代の古い言葉。代言人のことを言った。代言人とは即ち弁護士。


尖閣問題の延長で曰く。日本は「柳腰外交」だって。その意味を問われると「しなやかに、したたかに」だそうな。腰が抜けそうになるのであります。


柳腰って、たしか、楊貴妃の腰遣いを言ったのでは。くねくね、しなしな、腰で男を"誘惑"するようなそぶりの俗称ではないの。


さすがに自民党議員が攻める。撤回しろ、辞めろなどと。罵倒されても柳に風と聞き流し。


そして何もやらない、出来ない内閣。重い腰が上がらない。全てが腰だめ。目くじら立てることもないと思うけど、余りにも言語力の不足している永田町。今更ながら。歴代総理含め。


かくいう亭主。犬のお世話で腰が痛くなってきているのであります。



2010年10月14日木曜日

智・智・智、利・利・利

南米チリ共和国に日本語では「智利」という字をあてるという。


落盤事故。被災者33人、全員救出。助け出された人は地上にあがって叫ぶ。「チチチ、リリリ」と。なぜ智利という日本語があてられたのかはわからないが、救出劇、まさに智と利の賜物だったような。救出されて人の「チチチ、リリリ」は「智・智・智、利・利・利」という字を伝えているように聞こえる。


まさに奇跡の生還。智の勝利とも。科学技術、先端技術の進歩が貢献した。技術力の勝利。しかし、根底にあったのは「生きよう」とする人たちの意思。そして人同士の連帯。精神力。


地上で出迎えた人たちは大統領をはじめ、みな、涙とともにチリの国家を歌う。


もし・・・。これが日本であった事故。そして救出劇だったとして全員帰還の暁に、こぞって国家を歌うのだろうか・・・・。


技術の進歩、ITの力。世界中に救出劇がテレビやインターネットを通して生中継される。世界中が喜びの声を上げる。世界中が一つになっている・・・。


生還に涙する人々。その裏側で今、まさに、理不尽な「死」に遭遇している人もいる。「生」とは、「死」とは。


33人の作業員。もしかしたら一時は死を覚悟したかもしれない。それを希望に変えたものは・・・。


カトリック教徒が国民の7割を占めるというチリ。最後に救出されてリーダーは言う。「神に感謝」と。


天・智・人。天の利、地の利、時の利。人の利。


地中で暮らした69日。耐え抜いた精神力。この先、たとえPTSD症状があろともきっと彼らは乗り越えるのではないかと。


彼らにあやかろうとしてきっと売れるであろうチリワイン。彼らがそれで乾杯する時も近い。それにしても何で智利だったのか。不思議なのであります。



2010年10月13日水曜日

スピードに・・・

世の中の速さ、スピードについていけない(泣)。


たとえば、ニュース。凄いスピードでニュースなるものが伝えられる。昨日まではニュースだったものが、きょうはもうニュース、話題で無くなり。その出来事について考えているうちに、次の考えねばならない事象が・・・。ついていけないのです。


それだけニュースが多様化しているのか。生まれるのか。つくられるのか。伝達手段が発達したからか。


まるでパソコンの「ゴミ箱」に入れるっていうワンクリックの作業のように。消えていくニュース。戸惑い、めまいまで。


IT機器とくくっていいのかどうか。iphoneにipad。昨夜の塾。両方持ち込んで活用している若者も。羨ましいという羨望の気持ちありともいえ、使いこなせないという自己能力の限界も悟り。液晶画面に単音だけどピアノの鍵盤出てきて音楽を奏でることまで出来る。


技術の進歩、スピード。ついていけない。それがあることを知ることで精いっぱい。


それに引き換え。風邪の治るスピードは短くなった。長引く風邪。アナログ風邪かい(爆)。


時間は誰にでもどこにでも"平等互恵"で流れていて、それは悠久の歴史に比べても同じなのに、ものすごいスピードで去っていっているような。


老いも若きも「時がたつのが早い」と嘆く。


みんな速さだけを求めているような。速さの違う時計ってのがあってもいいのに。


きのうの塾。「死と文化」をテーマに。故事や風習、伝統をもとにした話をしたけど、今の世のスピード感と死との関連については思いを致さなかった。難しすぎるし。


デジタルという手法のもとにスピードと便利さを手にした我々。その「わな」に気づいているようないないような。


秋空はアナログの光景。デジタルカメラで撮るなって(爆)。



2010年10月12日火曜日

それは突然に・・・

はい、またもや突然に来てくれました。訪れてきてくれました。何の前触れもなく。はい、風邪です。数日前の朝方、寒気を覚えて以降、風邪、風邪の日々と相成りました。


風邪は亭主にとってはいわば恒例行事のようなものなのですが。老犬を気にしながらも寝ている日々。一向に快方に向かう気配なし。


年齢とともに落ちる回復力。


きょうは塾。レジメまだ未完成。寝ながら気になって、気になって。どうにかやらないと。気から、気からと言い聞かせ。


風邪がはやっているようです。ツイッターのぞいていると発熱含め風邪の人多いよう。気候としか言いようないんですが。


風邪をひくと途端に「脳幹縮小」(笑)。思考能力途絶。寝るのには飽きたものの起きているのも辛し。


医者処方の薬も効かず。胃が・・・・。


「風邪に効く薬が発見されたらノーベル賞もんだ」。昔、そんなことがよく言われていたっけ。パソコン起動させるのも久しぶりみたいな。


てな現況。塾は乗り切ります。終わったら体調良くなっているかも(爆)。


突然、偶然、自然。全然(笑)。風邪はどれにもあてはまり。



2010年10月9日土曜日

ノーベル賞と「正義」と。

ノーベル平和賞、中国の反体制作家、劉暁波氏に。予想通りの向きも、そうでない向きも。


ノーベル賞を誇りととらえる人にはまさに受賞は「正義」であり。ノーベル賞委員会の「正義」が中国と言う覇権国家に"挑戦"した。歓迎するものなり。


受賞報道を遮断するといったまさに北朝鮮的手法を用いての愚挙。中国国民の目をそらせるとでも思っているのか。国家としての「拒絶」の意思表示なのか。中国政府にとってはそれが「正義」。


ノーベル賞には政治的意味もあるという。政治的という表現をした時、そこにはなにか「うさんくさい」という雰囲気を醸し出す。


政治的意図が介入した時にそれが「正義」となりうるのかどうか。正義という言葉にはひとそれぞれの概念はあっても定義無し。勝手に解釈される正義。


ノーベル賞委員会の見解。毅然、決然とした意思表明。それに「脅し」をかける中国。国際正義とは如何。


オバマも腰だめな感想。菅総理さまのコメント。「ノーベル賞委員会のメッセージを受け止めておきたい」だと。何たる反応。事なかれ主義。中国共産党の顔色窺うような。


「人権」をめぐる議論、見解。どこの国に正義があり、どこの国に正義がないのか。日本人の人権。ちゃんと守られているのか。


ノルウエーとの外交問題にまで言及し、我が意を押し通そうとする中国政府。国際社会の糾弾も恐れず。その国に媚をうるような他国。


日本人受賞にはこぞって喜んだ日本人。他国民の受賞も喜んで然るべきかと。さにあらざる人はその意見通すべき。


さて、中国はこれから如何に処していくのか。「孤児」になるには「大国」になりすぎた



2010年10月8日金曜日

「舘ひろし」効果

値上げに伴い禁煙を模索中の亭主。はい、まだ「在庫あり」なんで通常なんですが。


禁煙外来も担当している"主治医"とお話。「在庫切れたらやってみようかな」。「そうですね、どんなもんかいっぺん試してみてはいかがです7か」と先生。そして曰く「舘ひろしの禁煙CMを見てやめようとする人多いですよ。患者さんの大半があのCM見て決心したと言ってます」。


驚いたね。凄いですね。芸能人、俳優の訴求力。彼のワイルド風なキャラが余計訴求力を高めるのか。いかにもヘビースモーカーのような風体が。


「ほんとに止めたのかどうかわからないけど・・・」。未練たらしい亭主(笑)。今も左手にはタバコ。(爆)。


コンビニには以前と変わらずにタバコが置いてあります。「煙草買うお客減ったかい?」って聞くと「変わりないですよ。買う人は買って行かれます。売上ダウンってことないみたいです」との店員さんの返事。


テレビでは煙草売上減の話題しきり。ついで買いで飲み物買っていた人も来なくなったと。コンビニ業界は「冬」かって。地域差あるのか。テレビが伝える実態と肌身で知った実情との差。


いずれにしても・・・。CM含めてテレビの"効果"は依然大なりと。病院の先生はCM大歓迎のご様子。


決断すべきか、せざるべきか。悩める秋進行中。秋空見上げての一服はうまい。至福なんですが。


「煙草銭」。ちょっとした手間賃。こんな言葉もやがて死語となるのやら。「ここらで一服」。職人さんの休憩の合図はどうなるのか(笑)。昔はたばこ差出し。今は缶コーヒーか。このCMも舘ひろしがやっていたような。



2010年10月7日木曜日

「知」と「死」と

ノーベル化学賞、日本人二人が受賞。列島喜びにわいております。


ノーベル賞の"内幕"など知る由もなし。30年も前の研究成果だとかなんとか言われても、とにかく研究成果が国際社会で認められたということは事実。佐藤栄作の平和賞のだけは"疑義"あるものの。


それにしても。化学、科学の世界には全くの門外漢の亭主。なぜだか中学時代から理数系を避けてきた亭主。「有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップ」なる業績は全く理解できず。お恥ずかしい限り。世の中は広い。炭素と炭素を結合させて医薬、農業、液晶などに広範囲に利用され飛躍的発展のもとが築かれていたとは。


鈴木さん、根岸さん。まったくもって「知」の人であります。資源の無い日本。科学者育て知的研究で世界と勝負する。なんとなくわかっていたありようではありますが、あらためてびっくり。称賛!!。


鈴木さんは80歳。根岸さんは75歳とか。その風情といい、ものいいといいとにかくお若い。


後に続く若者云々の話あり。若者の理数離れが多く、研究や学びを避けているとの評あり。はたしてそうなんだろうか。いるはずなんだけど。学ぶ楽しみを知っている若者いるはずなんだけど。どっかでその芽が摘まれているのでは。


高齢者の域に入っても「知」の人は「知」の人。身を立つるにものうい亭主は羨むばかり。あなどるなかれ高齢者。


野球界の大御所、大沢親分突然の訃報。あっぱれ、喝が懐かしい。78歳だったとか。おめでとうととおくやみの「知」と「死」の日。


大沢親分も「知将」と言われた人。


人の生きざま、運命測りがたし。ただいま高齢犬がなにやらわめいており。知とは無縁のお世話に参ります(笑)。



2010年10月6日水曜日

すべてが「しらじらしい」のであり

大阪地検特捜部のFD改竄事件。日が経つと共になぜか白々しさだけが。


逮捕された副部長の佐賀某。接見禁止措置もとられず。弁護士に言ったという。高検による取り調べを可視化してほしいと。聞く耳疑った。開いた口がさらに大きくなった(笑)。


あれだけ可視化に反対してた地検特捜部の方々が。被疑者になると一転。自己保身に汲々としかうつらない。さんざん人をお白州に引っ張り出しておいて、自分がお白州に引っ張りだされようとすると言い分変える。思想信条やいかにあり。


菅・温会談。たまたま偶然にやあやあやあという感じで。たまたま廊下に椅子が置いてあったのかい。そりゃたしかに王宮の廊下は広いだろうけど。しらじらしい。


小沢一郎強制起訴。与野党ともに建前ばかり。しらじらしい限り。赤じゅうたんの上でのお白州ごっこかい。


しらじらしいこと、その他数えればキリが無し。


しらじらしいのは秋の夜明けの風情だけで結構なり。



2010年10月5日火曜日

「首肯」し難い

小沢一郎を強制起訴の持ち込んだ東京第五検察審査会の議決。その議決文にある「検察官が説明した起訴基準に照らしても不起訴は首肯し難い」。


「首肯」。いったいどれだけの人がこの字を読め、意味を理解できるのか。この日本語力が落ちたご時世に。「しゅこう」。酒の肴の「酒肴」や趣味の「趣向」ならわかるけど。


検察審査会。"素人"の一般市民。しかも今回の議決出した審査会の構成人員、平均年齢30歳ちょっとくらいだという。どこのどなたが選ばれたのかは全くもってわからず。その人たちが首肯って文言書くなんて。


どうみても裁判、司法の専門用語ぽい表現。あの議決書って誰が書いたの?法律専門の事務局でしょう。"専門家"の恣意十分なりと。


首肯。うなずくこと、納得することって意味。肯定の意味でうなずくこと。納得できないって書けばいいのにあえて"専門用語"。首肯できない(笑)。


そもそも検察審査会に告発した市民団体ってどんな団体?行政書士や元教師、元新聞記者で作る「真実を求める会」だというが、実態不明。全くの匿名。


審査会のメンバーも全く匿名。どこのだれだか。


裁判員制度も原則匿名。実名出す人、顔だしする人もあり。これは首肯できる。


審査会委員は最近の改選組。「小沢報道」十分刷り込まれているはず。裁判員とはちと違う。裁判の前にして、この決定ですでに離党勧告だの議員辞職だのと。裁判で「シロ」だったらそうするの?


だから小沢の狙いを忖度する人も。「裁判では証拠不十分で無罪になるにきまっている。天下晴れてのシロ」。お墨付き。それが裁判を利用した小沢の高等戦略だとも。うん、いささか首肯の向きありか。


時々署名記事はあるもののマスコミも匿名記事、匿名報道が"基本"みたい。おまけに捜査関係者って匿名情報が流布され。


匿名とはいわば空気みたいな。なんか嫌ですね。匿名社会。はい、当からから亭、亭主の氏素性まで公開されてます(爆)。


この文、小沢擁護にはあらざることご理解を



2010年10月4日月曜日

「立場」によって見方はかわる

なんとも陳腐なタイトルでありますが。


タクシーの減車の報道。福島県でも減車やったか、やろうとしているか。とにかく全国的にタクシーは供給過剰のようであります。


郡山駅前でも客待ちのタクシーが並んでいる、並んでいる。多いことは間違いない。


国の行政の立場からみたタクシーの台数。タクシー会社かたみた台数。運転手から見た台数。客から見たタクシー問題。その立場によってさまざまな見解が。


しかし、究極は「客」をどうする、どう思うってことと。


バブルの時代の銀座。タクシーが道路埋め尽くし。乗れない。無線で呼んでもこない。タクシー難。短距離乗車は露骨に嫌な顔をされ。拝み倒して乗せていただいたタクシー。


いつの間にやら・・・。企業の接待減り、タクシーチケットは廃止され、とにかく利用者は減っている。「健康のため」と自分に言い聞かせ歩く。自転車にする。その他いろいろ。


たとえばの話。我が家から駅前までタクシー。2,000円。往復4,000円。車で行ってどっかの駐車場にとめて、いや事務所にとめて歩いて10分。酒飲んで帰りは運転代行。1,700円。どっちを選択。代行と相成る。


時々利用するタクシー。運転手さんに聞く。月収は10数万だとか。これじゃ生計維持できない。兼業者がほとんどとか。


世の中需要と供給のバランスというものの。


運輸政策と市民感覚と経営感覚。これが一致してこない。減車になれば乗務員数も減らされるのか。経営は圧迫されるのか。まともな給料もらえるようになるのか。利用者の利便性は・・・。


航空業界も格安航空会社がもてはやされているとか。


「立場」によって何をどう見るのか。難しいですな。検察も、尖閣も然りかと。



2010年10月3日日曜日

日曜妄語

おお、なんと天気予報がはずれてくれて、きょうの日曜快晴。秋晴れ。早朝から「お仕事」。市内一斉のクリーンアップ作戦。


町内会から渡された燃えるゴミ、燃えないゴミの袋持って参加。家の界隈や道路などが対象。近隣の会社が月に一回社員総出で清掃活動をやっていてくれるわけか、そんなにゴミは無し。


あるのは放置された犬の糞。一番の困りもの。目星をつけている常習犯いるのだが。現行犯逮捕しない限りは。お、そこに登場。常習犯と目される犬と飼い主。うさんくさいやつ。ところが・・・。清掃デーと知っているのか。糞しない、させない。素知らぬ顔で行き過ぎ。拍子抜け(爆)。うん、「見立て」間違った(笑)。


秋の早朝。快晴。気分よし。清掃終わって我が家のワン公。走りたいとのご所望。ああ、走ってみたけど走れない。息切れ、筋肉痛(爆)。


なんかいい光景。あちこちの家から人が出てきて働いている姿は。


しかし、この糞の放置。どうにかならないものか。大型犬のはとてつもなく大きいし。見つけたらとるべきかとらざるべきか。我が家のは違和感全くないが、他犬のはどうも・・・。これってけっこう論争のネタ。


稲刈り終わってない田んぼ。その中に投げ込まれている缶コーヒー。車の窓からの投げ入れ。犯人見つけて殴りたい。見かけないのが煙草の吸殻。ポイ捨てしないのか。吸わない人が多くなったのか。


配布されていた国勢調査記入作業。なにやらわかりにくい個所も。適当にやっつけるのもいかがと思うけれど、お茶ならぬエンピツで濁し。(爆)。新聞の川柳欄にあり。


「国勢の衰え調べるまでもなし」。


新聞ゆっくり斜め読み。数日間分も。見出しに躍る「検事逮捕、前特捜部長逮捕」。前田の供述を大坪・佐賀らは否認。


上司と部下、身内、同じ釜のメシ食った仲。どんな取り調べが行われているのか。敬語が行きかうのか。検事対検事。最高検の「見立て」で調書作られていくのか。自白を強要していた人が強要されている。笑えますね。


「来るなら来い」と大坪が言ったとか。お、すごい。暴力団の出入りだ。


逮捕されたからと言って「処分」の話は聞いておらず。検事さんのままの被疑者。給料もらっている。大坪、佐賀、起訴されるのかどうか。有罪になるのかどうか。いずれにしても早晩検事はやめるでしょう。そして弁護士かい。ふざけんな。


そして、どっかの雑誌かなにかに「暴露」する。「我れ、最高検と闘えり」。そんなタイトルだったりして。


巨悪は眠る。特捜は指弾の的。特捜マターの巨悪は安堵の胸をなでおろし。そして巨悪とは。検事個人の立身出世欲だけにはあらず。「正義」とはあくまでも概念。検察という権力機構、組織が巨悪なり。


放置されているのは犬の糞だけに非ず。検察の横暴も放置されてきた。


放置がまかり通る法治国家(爆)。


ただ今、澪くん就寝中。つかの間の平穏。平穏は突如破られる。澪が起きだした時、権力が牙をむいた時。


可視化論議は別にして見てみたい検事対検事の取調べ風景。


攻めるものは守りに弱いという。一転守る側になった逮捕検事。どうやって詭弁弄しているのか。攻める方は攻めまくっているだろうし。


マスコミとて同じ。取材するという「攻め」の行為には強いが「取材される」っていう守りの側に立つと脆く弱い。つい何でもしゃべってしまう。はい、往時、亭主経験ありです。相手の気持ちわかってしまうからついつい言ってしまった。(爆)。もちろん取材に対してですよ。ネタがほしいのは皆同じかと。妄語ですな。



2010年10月1日金曜日

東京雨情

きのうは東京さ行ってきやした。雨、雨、雨の都。


   都に雨の降る如く、我が心にも涙ふる。心の底に滲みいる、この侘しさは何             ならむ


ベルレーヌではありませんが詩人の心境になったようなならなかったような(笑)。


久しぶりの上京なのになんで雨。恨む気持ちが先(笑)。カバン持って傘もって。電車の窓は湿気で曇りガラス。車窓の光景、東京風情楽しめず。


信濃町の慶応病院。混んでました。外来待ち時間長し。人間観察。本を読みながら。気がつく。とにかく高齢者が多い。そして高齢者はほとんどがある意味饒舌であり。文句が多く、待たされることを忌み嫌う。時間はたっぷりあるはずなのに「待つ」という行為には耐えられないようで。年をとると気短かになる。


そうかも。持ち時間が残り少ないのだから。


やっと呼ばれて先生と会話。先生も大変。午後3時までは続く診察。懇切丁寧が為せるゆえん。郡山銘菓をちょこっと差し入れ。「あ、僕このお菓子大好きなんです」。うん、なかなかかわいいやつだ(笑)。前回の採決結果。問題なし。肺年齢問題。「大きな声ではいえませんが厚労省のやり方ですよ。メタボ問題と同じ。数値で人をはかる。一種の、やってますよっていう無責任官僚行政の"ヒズミ"」。いい事いうな。


濡れた傘を持って院内うろうろ。傘が邪魔。外へ。行きかう人同士で傘のぶつかり合い。今の東京には「江戸仕草」など存在せず。江戸仕草の一つ。「傘かしげ」。傘を持った人がすれ違う時にそっと傘を斜めにずらす。ありえない光景。傘と傘とがぶつかり合い(爆)。


電車乗り継いで弟が入院している病院へ。世田谷区三宿。道すがらの光景、街並みはすっかり変貌。往時をしのぶよすがとてなし。涙、涙。


前日開頭手術終えた弟。もう一般病棟、ベットに。笑えるししゃべれる。成功。涙。よかった。


当からから亭に立ち寄り、通りすがる従兄弟が記事見ていて、毎日のように見舞に来てくれるとか。うん、こいつには亭主も入院時世話になった。病院が好きではないだろうに。心根優しいのか。


手術は煙草のせいで痰がからんで麻酔大変だったとか。「二週間入院してればやめられるじゃん」。他人のこととて無責任な亭主。弟無言(爆)。


無事確認後、入社同期生たちとの会合へ。高田馬場。雨の中その店探すのに一苦労。この時点で疲労困憊なり。途中で必死に探す喫煙所。550円、不味いコーヒー店、喫煙OK。コーヒーのうまいまずいよりまずは一服。度し難いバカ。


したたか飲んでお開き。雨の中駅へ。山手線の乗り場探し。だって駅の界隈の光景昔と全然違うんだもの。JR湘南新宿ラインを池袋で探し。大宮へ。そして新幹線。電車はそこそこ込み合っていて。一日の仕事を終えて帰宅する人たちか。座れず。酔った身にはカバンと傘がこたえる。はい、まことに辛ろうございました。


今朝起きたみたら当地雨は上がっており。今は快晴。東京はいかならん。東京行がきょうだったらもう少し風情楽しめたのに。体感したのは雨情だけ。(爆)。


はてさて、老犬、きょうはどんな一日をお過ごしくださるか。昨日の疲れもあり。晴れた秋の日はどこか気だるい。



2010年9月29日水曜日

「声明」のコラボ

声明。仏教の宗教音楽のようなもの。あは、なんて安易な理解。「せいめい」ではありませんよ、「しょうみょう」です。


友人のフルート奏者佐藤眞人の年一回のコンサート。毎回趣向を凝らしてくるのですが、今回はなんとフルートと声明のコラボ。僧侶5人が声明をやるのに合わせてフルートがからむ。「洋」と「和」。


コンサートのタイトルは「饗和」。声明の後は琴。


音楽家のいろいろな試みは面白いものです。


声明もじっくり初めて聴きましたが、これまたなんとも素晴らしいもの。男性コーラス、ハーモニーの美しい響き。ドプラーのハンガリア田園幻想曲がからむ。


宗教には音楽がつきもの。教会での聖歌隊の調べを聴いているような気分。


声明を演じたのは郡山にある真言宗のお寺、如宝寺の僧侶。ここには三宝会という声明をもっぱら"修行"している僧がいると。


誰が名付けたか。芸術の秋。その小さな秋の光景。


僧侶に合わせて紋付羽織袴の眞人さんのステージ衣装。似合っていたのかどうかは・・・・(爆)。


往時の「日中共同声明」は、その精神は、その文言は、今どう生かされているのか。うん、仏教とて中国伝来のもの。当時の中国は今の人民共和国とは大違いだったんですが。


「しょうみょう」の重々しさ。「せいめい」の軽さ。



2010年9月28日火曜日

嗚呼、煙よ、煙。

来月からの煙草値上げを前にテレビも新聞も特集、特集。煙草税の仕組みから始まって健康問題。税制の在り方まで。次は酒税とやらで消費税議論にまで。喫煙者、それをなぜか愛煙家と呼ぶ。亭主は喫煙者。されど愛煙家と呼ばれると甚だ抵抗あり。


そして、世の流れの恐ろしさ。喫煙者は「悪人」。健康被害への「加害者」という位置づけ。


喫煙の是非を問うのでは無く。一箱410円。もはや経済的に出費不可能と。一日一箱。一か月30箱。1万2千円か。無理無理(笑)。


コンビニでとりあえずまとめ買い。数カートン。それが無くなる頃。かねがね言われておりました禁煙外来のお世話になるっきゃない。悲しい(笑)現実であります。


メディアの煙草値上げ特集を紫煙をくゆらせながら見ている(爆)亭主。


昔話をしても何の意味もないけれどー。シケモク拾ってきて巻きなおし。煙草の煙や煙草をくゆらす姿はテレビでも映画でも意味を持った映像としてよく使われた。


テレビの煙草報道。喫煙者の映像は大方アップ。口元。いかにも「毒」をふりまいているような「恣意的カット」。あ、これは僻目です(爆)。


昔のつかわれ方はとにかくサマになっていた。足元に落とした吸殻の本数。彼女を待っていた時間の無言の表現とか。


ああ、お別れ近づいたのか。煙よ、煙よ、煙さん。(爆)。昼飯、300円以下のもので済ませよう(笑)。



2010年9月27日月曜日

弟の入院

亭主には弟がいます。妹は二人。なんと年子(としご)。死語かな。一つずつの年齢差。


この弟、なぜか兄に似ず"優秀"なのであります。長じてからはけっこう無口であり、物を書かせれば饒舌なんですが。今も半分現役で仕事しているらしい。


長じて顔も頭の薄さも似てきて。お互いに嫌だ、嫌だといっているのですが。孫一人おり。どうも孫守りに専念している様子。


その弟がなんと大動脈溜とかで。本日より入院の知らせ。脳ドッグみたいなところで見つかった瘤。もちろん破裂していないので日常生活には問題なかったんですがついに入院、治療を決意。頭を数センチ切った瘤のある血管をクリップで止めるってことらしい。止めておけばよしんば破裂しても大事には至らないってことらしく。


その手術を明後日やるとか。本人もけろっとしているし。ま、問題なく終わると思うのですが。


高血圧だの糖尿だのと「高齢者」になれば大方は持っている持病。頭の中に瘤とはちょっと想定外。


「しばしの入院、楽しんでこいや」って電話で言ってやりましたが。本と落語のCD持って入院するそうです。退院したらそのCDをコピーしてもらおう。


顔が似てくるということは病気も似てくるのか(笑)。いや、亭主にはその気配無し。先頃の検査では「梗塞痕」は散見されたと言われましたが。年をとるとだいたいあるものですよって言われて。脳みそは活性化を止め、物忘れ、失せ物多々の日々ではあるのですが。「お前もちゃんと脳の検査は定期的にやれよ」と弟様の説教あり(笑)。


きゃつのことだからたぶん闘病記、入院観察記どもコマメに記してくるんでしょう。退院後に会ったらひとくさりありそう。


「病院ではからから亭見られないのが残念~」などと殊勝なことを言いやがって(爆)。


手術の翌日は亭主も東京行きの予定あり。たぶん集中治療室にいるであろうきゃつの顔を見に行って来ようと。


見舞に行ったら「ついでに検査しましょうか」なんていわれないようにしないと(爆)。


動脈溜の出来る原因は知らず。やはり一般的には年の為せる故か。老犬介護の身。何かと年と健康には折に触れ気になるもの。気にはなるけど不肖の兄、風邪ひく程度でなぜか元気。


肺の病気で背中切られ肺摘出。背中を切って肺を摘出され、盲腸切られた経験はあれど頭を切られた経験無し。どんなんだろうね。頭を切られるって気分。髪も亭主に似て薄いから、剃られてもそんなに異形になるとは思えないけど。


2,3週間入院とか。出所してきたら頭見て笑ってやろうっと。



2010年9月26日日曜日

「脅し」は一度では済まない

中国漁船(?)の船長釈放。特別機で帰国。空港でVサイン。やってらんね。これにて一件落着と思いきや。はい、石原都知事はたまにはいいこと言う。「やくざと同じ」。そうです。なんだかんだと脅しをかけてきて、これだけ飲めば、この要求を飲めば終わりと思っての政治判断。外交音痴。やくざと同じ手口。はい、次なる要求。謝罪と賠償。いったん屈すれば要求をエスカレートさせるのは「脅し」の常とう手段。


相撲界の野球賭博でやくざが要求をエスカレートさせたのと同じじゃありませんか。


外交音痴の菅政権。駆け引きさえ知らず。経済制裁だとか、このままでは戦争だとか。そんな話に惑わされ。温の顔の中には冷あり。


外交音痴の菅政権に一泡吹かせようと画策した奴もいるという「うがった」見方の方も。不可解な国中国と話が通じるのは大訪中団で乗り込んだ小沢君だけか。


脅しに屈する日本。諸外国の評価定まれりかも。


司法が政治判断するおかしなこの国の仕組み。司法に大局的判断あってはいけない。ついに衝突時のビデオも明らかにならず。


完敗。中国は乾杯。脅しや威嚇はまだまだ来ますよ。もう切るカードないでしょ。人質までとられて。


世界制覇もくろむ中国。交流やめてみたら。そう言いたくもなるような。「オソマツクン」だけですめばいいのですがね。



2010年9月24日金曜日

秋相落日

司法の根幹を揺るがしかねないFD改竄事件。どうも「組織ぐるみ」のような様相すら。正義とは何かがさっぱり解らなくなり。


秋霜烈日ともじって秋相落日って新語作ってしまう始末(笑)。作ってみたら何となく季節感あり(爆)。検察の実相を言えているような感もあり。


秋の装い、気配が一挙に。たった一日で10度も違うってどういうこと。体調も追いつかない。着る物にも困る。あわてて取り出す毛布。


秋の相、顔が現れると日が落ちるのも早い。秋の日はつるべ落としとはよく言ったもんだ。突然訪れた季節の変化。明日のことはわからない。


突然と言えば。何だろう。あの中国の態度、やり方。裏あり。裏のまた裏あり。「外交交渉」裏でやっているんだけどさっぱり見えない行方。中国の真意めぐる憶測も千差万別。理解し難い中国政府指導部。日本政府は「粛々と対応」の一点張り。粛々って意味が不明。「つつむさま」「静かにひっそりとしたさま」「おごそかなさま」と辞書にはあり。


検察の権威は地に落ち。まさに落日。


突然不具合起こすパソコン。まさか気候のせいでは無いんでしょうが。


せめて見たい。真っ赤な夕日を。燃える落日の瞬間を。自然の営みのですよ。



2010年9月22日水曜日

今宵は月も出ぬような

本日は中秋の名月。お月見です。旧歴で八月十五日。十五夜。風情がある暦です。習わしです。


月下に酒宴を張り、詩歌を詠じ、すすきを飾り、月見団子・里芋・枝豆・栗などを盛って、神酒を備え月を眺めて楽しむ・・・。


ところがどっこい。今夜は雨の予報。どうもお月様は雲間に隠れてお出ましにならない様子。昨夜、前日の月をしばし眺めました。宴は無しですが。煌々と輝く月。傍にお供のような風情の星が一つ。無粋な亭主も詩情にかられるような。



  待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月の出ぬそうな


竹久夢二の句に思いを託し。今夜は出ないようだから。待ち人はいないけど(爆)。


多分、お月さまも人間社会に呆れかえって、顔を出したくないのでしょう。検察官が「悪事」を働く。それも、もしかしたら組織ぐるみかもしれない。正義の味方月光仮面だったのに。月と正義は結ばれていたのに。


正義の失せた人間社会に仮面だとしても月は遠慮したいのだ(笑)。


なぜか思い出す「竹取物語」、かぐや姫。月からの使者。


明日はお彼岸。彼岸に行った人を思い、此岸にいる自分を思う。かぐや姫は月に召された、彼岸に旅立った人のメタファ。


たぶん食べないと思うけど、すあまの月見団子だけは買ってみました。お彼岸に手向ける花を探しました。団子、お供え出来るといいけど。


   月も雲間の無きは嫌にて候。


たしか、村田珠光の句かと。お茶でも点ててみっかい(爆)。


 

 


2010年9月21日火曜日

「秋霜烈日」はいずこに

たまたま先日書いた検察官のいわば矜持、愁霜烈日。むなしい限りであります。


朝日新聞のスクープ。大特ダネ。久々新聞の新聞らしさを見た。お見事であります。


村木元厚労省局長の郵便不正事件。大阪地検特捜部の前田恒彦という奴が証拠品のフロッピーディスク改竄していた。とんでもないというか許せないというか。検察庁とは「罪人」をつくりあげるところと見たり。


検察庁総懺悔。前田は「処分」程度では済まされない。徹底的にやらねば。まともな検察官の中には無念の涙ながす者ありとか。特捜解体の勧め。特捜とは特権階級捜査部との異称も。特権階級をやるのでなく自分たちがそう思ってしまっている。


亭主の知人に検察官おり。特捜に行きたがっていた。検察官は概して功名心の塊。大きなヤマ一つあげれば出世。自己満足。パソコン駆使してデータ改竄し、証拠にしようとは。盗人にも五分の理というがこの件、一分も「理」はない。


前田恒彦。大物を担当してきた経歴ありとか。守屋防衛庁次官とか田中森一とか陸山会事件の秘書とか。どうりで。みな公判で否認する。


法治国家日本はこういう奴らによって維持されているのかと思うと・・・・。正義ってどこに。


正義ついでに。尖閣列島沖での中国漁船と海上保安庁船との衝突事件。この中国の反応っていったいなんだい。とんでもない「覇権国家」。政治問題にすぐ民間を巻き込む国。日本を抜いた経済超大国。


中国市場に参入して大儲けした企業、大儲けを企んで居る人達・・・。さてさて困っているでしょうな。中国人に物を買って貰い、景気浮揚の一助としたいとしていた政治家含めて関係者。めんくらっているでしょうね。


「領土問題」。宗教戦争を除いてあまねく国際紛争の火種。それはかっての我が国とて同じ。人類はどこまでも領土欲が強いのであり。


北方領土、尖閣。我が国が抱える領土問題解決の道筋は付け難し。されど乗り越えねば。


小泉判断。尖閣の政治的解決。これが悪しき慣例となったとかならないとか。外に敵をつくり内部統治。毛沢東の手法。いまだその呪縛から抜けられない中国かとも。菅にいかなる策ありやと。


早く衝突時のテープって公開したら。正義はどちらか解るのなら。



2010年9月20日月曜日

「高齢者」と「個人情報」と

はい、今日は敬老の日ですね。全然敬われてはいないと思うけど(爆)。


高齢者、65歳以上を言うのだそうですが、毎年増える一方。なんとも言い難し。


年寄りの孤独化だとか、孤立だとか。所在不明の100歳以上問題だとか。死んだのを隠して「年金」受け取るこどもだとか。


何とかしなければ。そう、みんな思っています。行政では手がまわらずとかで「見守り」「見回り」を地域社会で。民生委員にとか。民生委員さんてみんなよくやっていると。


支えあう世の中。支えあわねばならぬ世の中。どうもそれを阻害しているのが個人情報とかプライバシーとかって気が。高齢者の情報を役所はなかなか民生委員含めて民間に出さない。


個人情報保護っていったい何の役に立ち、どれだけ良い制度、法律なのか。どっかでは"漏えい"しきりだというのに。


"闇社会"のネットではなんでもあり、個人情報なるもの行きかい。"表社会"では法律盾にいきわたらず。町内会の連絡先まで伏せられるこの世。「保護」することが社会の成育のためにいかほどの役割をはたしているのかと。


高齢者の範疇に入っているけどおかげさまでいちおう五体満足の亭主。高齢者としての意識欠如(爆)。


亭主が抱える高齢者問題は「犬」だけ。人間なら100歳近いであろうワン公の面倒。家族支えあいってか(爆)。徘徊の日々。顔面をどこかにぶつけるらしく顔は傷だらけと。「かかりつけ医」も献身的に面倒みてくれている。この高齢犬は「運」強いかも(笑)。


顔面防護のためにヘッドギアならぬガードを施された犬の写真を、敬老の日の「お笑いぐさ」に。 敬老の日の「プレゼント」は特に無し。
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書評と広告と

日曜日の新聞。「楽しみ」の一つが書評欄。とりあえずいろんな「本」に出会える。紙面の広告も本の広告がやたら多く。少々ゆっくり紙面に目を通すと本を10冊以上読んだ「感覚」にとらわれ(笑)。


書評欄を読んでいると無性にその本が買いたくなってくる。困ったもんだ。カネは無いし、いくら買いこんでも読破できる時間と気力、体力の限界あり。だけどほしくなる。


今も未読の本が数冊たまっており、読んでるうちに書き物の参考や何やらで書棚の古い本をあらためて読みなおさねばならず。なかなか読破出来ない。


死ぬまで傍から本を手放したくはないが、一体、後どれくらいの本がよめるのだろうかと。


書評は亭主にとってはなにやら購買意欲をそそるもの(爆)。うん、まさに良質の広告だ(爆)。


書評欄ではないけれど。朝日には惜別という最近亡くなった方への追悼文がある。旧知の記者が、元三和銀行頭取の川勝堅二さんを書いていた。相当の読書家だったらしい。「本をむさぼり読み、いつも時代を考えていた」とある。亡くなったのが86歳。今年の7月。86歳の誕生日の日記にはこうあったと。「これからの日本の途は険しい。体力、気力、知力を養い、人生に向かってほしい」と若い人に期待する言葉があったとか。そして、亡くなった日。読みかけの都留重人著作集が開いたままだったーそう記事は閉められている。


亭主は何を開いたまま死ぬのか。予定するわけにはいきませんが。こういう死に方っていいな。


もうひとつ。読書欄に、画家の安野光雅さんの一文あり。アンデルセンの"即興詩人"を森鴎外が訳した話。


安野さんの文。森鴎外の訳で、「的」が一度も使われていないことが勉強になった。今は「○○的」と概念をひろげて、話が率直すぎるのを緩和しているむきがあるが、文字通り的(まと)がぼんやりとする。私は以後、「的」の字を使うまいと心に決めている。


「ワタシ的には」「自分的には」。そんな日常語氾濫。粒々塾でも「曖昧語」の典型だとして問題提起したばかり。亭主の日ごろのうっぷんを晴らしてくれ、しかも的確に言ってのけてくれたことに我が意を得たり。


日曜の新聞はけっこう楽しいかも。



2010年9月18日土曜日

「小沢神話」の呪縛

菅改造内閣発足。そして踊る「脱小沢」「小沢はずし」の文字。言葉。メディア。やれ小沢グループがどうしたとか小沢に投票した人だとか。色分け楽しんでいるようで。


小沢神話、小沢伝説。もう飽き飽きうんざり。なんでも小沢を基軸に考えればいいという呪縛から解き放たれていないマスコミ。


菅内閣の命運も、今後の政局も、国会も。すべて小沢次第ってな話に。


「小沢神話」。マスコミが作り出したもの。別に神様でもないのに。それに乗っかったのが永田町棲息者。寄生虫。小沢を中心に世の中回っているんじゃないよ。乗せられた国民までもがインタビューでいっちょまえの小沢解説。


菅内閣が脱小沢だとか、脱小沢だからいいとか悪いとか。そんな解説もうけっこう。何の腹の足しにもならず。「脱」っすべき、はマスコミが小沢神話から解き放たれること。


新聞の社説。「いつまでも脱小沢、親小沢だとか言って党内抗争に興じている暇はない」。はい、そう論じた新聞の解説記事には「小沢神話」のごとき、まさにマインドコントロールされたような視点でしか政界を見られない記事が散見されているし。


小沢基軸政局パラダイム。その視点が出発点だから、その先はおして知るべし。政治家も与野党問わずそれに乗せられ。


小沢に「神話」が出来るっちゅうことは、他に「人」がいないってことの証左かも。漂流する政界、とどまるところをしらず。


メディアは神話の呪縛にいつまでとらわれるつもりか。視点を、基軸を。軸足を変えない限りあなたたちの"崩落"が始まるよ。



2010年9月17日金曜日

落葉霜風

季節はずれの言葉のようですが。友人の増子哲舟さんが主宰する書道会に彼が出品した作品。


「落葉霜風を逐い、幽人松竹を愛す」。落葉逐霜風幽人愛松竹。出典はわかりませんが、人の世を季節になぞらえると、なかなか含蓄がある言葉。風は落葉をどこかに持って行き、浮世離れして静かに暮らしてる人は動かない松や竹を愛でているってことか。すごい直訳(爆)。


この書展、テーマは「書きたいものを書く」ということだそうで、出品した122人がそれぞれ自分が書きたいと思う字を書いたとか。


ということならば、増子哲舟氏はこの句で何を訴えたかったのか。まさか猛暑に耐えかねて一挙に晩秋を望んだのか(笑)。自らを幽人としたのか。


いやだね。宿題出されたみたいで(爆)。


この句を見ていて思い出した言葉。秋霜烈日。秋の冷たい霜や、夏の烈しい日差しの気候に例え、刑罰、権威が極めて厳しく、厳かであることを言った言葉。検察官のバッジ。検事の職務の理想をいったもの。


過日の厚労省村木局長裁判。ずさんな検事調書。無罪の判決に控訴断念。胸のバッジが泣いているっていいたくなるような。


霜の如き厳しさばかりでなく、春の日差しのような暖かさも必要って意味も込められているという説も。


頭髪霜を覆い。年を取ると「霜」って字が気になるもんなんです(爆)。はてさて政界人に秋霜烈日の如き気概ありや。



2010年9月16日木曜日

「掃育」だとか

何かで見たのですが、今、小学校などでは「掃育」というのが取り入れられているそうです。


掃育。つまり掃除教育ってことでしょう。なんでも略語化する当世の言語事情。それはともかく。


これの極めつけはトイレ掃除だそうです。決して悪いことではない、大賛成。結果を子供たちも喜んでいたり遣り甲斐を感じているとか。はい、直接見聞きしたわけではありませんが。


おりしも。「トイレの神様」って歌が静かなブームを巻き起こしているとか。植村花菜さんとかいう関西弁のシンンガーソングライター。彼女と彼女のおばあちゃんとの物語を綴った歌。


おばあちゃんの教え。「トイレには神様がいて、トイレをきれいに掃除すると、あんたも綺麗になれるんやで」。長い曲で単調なメロディーなんですが心を打つものがあります。


トイレ掃除で思い出したこと。今はどうかはしりませんが10年以上前にはやっていた社員教育。京都の一燈園というところがやっていたトイレ掃除。参加者は全員作業服に着替え、掃除用具一式を持たされて街へ。


いきなりの訪問。「トイレ掃除させてください」。参加した知人曰く。「何がつらいかって、掃除じゃなくて、なかなか家に上げてくれないこと。そりゃ見知らぬ人が突然来て、掃除させてくれって言われりゃ誰だって怪しむ。断られて次に家に向かう。その時が一番つらかったかな。運よく掃除させてもらえたらすごく嬉しかった」。


掃育がこの一燈園の"修行"に影響されて行われているかどうかはしりませんが。


振り返って小学校時代。たしかに掃除当番ってのがありました。教室から便所まで。たまたま当たった便所掃除は嫌だった。あの頃は洗剤とかブラシなんて無かったし。教室の掃除は机の移動で任務ごまかしていたし。床掃除は勢い女子の担当だったような。


「トイレの汚れは心の汚れ」。だれもそんなことは言ってないようですが、たしかに綺麗なトイレを見るとその家や店の心意気がわかる。


あ、そうだ。大学時代のアルバイト。喫茶店のボーイ。最後のお仕事はトイレ掃除だった。誰が使ったかもわからない汚いトイレ・・・。仕事のうちと割り切ってやっていただけ。気持は籠っていなかたような。ママのチェックは厳しかった(笑)。


事務所の古い和式トイレ。しばらく掃除しておらず。掃除したあとはピカピカにはならないまでもどこか気分爽快だった。


そろそろ汚れが目に付き始めた。朽ちた木枠にゴミも落ちている。そろそろやらなくっちゃ。しかし面倒。決心必要。ああ、だれか・・。


トイレ掃除夫。掃除婦ただいま募集中。ただし無給(爆)。玄関い張り紙してみようかな(爆)。自助努力の全く欠けているからから亭亭主。


日本国の「大掃除」には興味があるというのに(笑)。



2010年9月15日水曜日

「代表選」と「空気」と

民主党代表選が終わり。やっと永田町にも秋風が。頭冷やしてくださいね。


菅再選。茨の道か。混濁の道か。とりあえず試される人事の手腕。人事の妙は経営の妙でもあるとか。人事で菅政権の帰趨が占えるかとも。それは小沢を取り込めるかどうかということでなく。


菅再選。それは「空気」に支配された結果かとも。積極的菅支持ではなく「空気」による支持。小説の世界の「空気さなぎ」とは違うとしても。


「政治とカネ」。その数文字が作った空気。「安易に総理を変えるべきでない」。そんな空気が作った結果。真実や実態とはややかけ離れた漠然とした空気。それを「悪」とする空気。そして「クリーン」というこれまた曖昧模糊とした空気。


一兵卒だとか命を賭けるとか。まさに戦時中の時代遅れのような言葉が躍り。そう、あの敗戦に至る戦争もいわば「空気」のなせる業だった。国民は空気に踊らされ、命を捨てた。


今日から永田町を覆う空気はどんな空気か。官邸に漂う空気はどんな空気か。メディアはその通気口であり、もしかしたら製作者でもあり。


政界を覆う空気が、不景気という字の中にある「気」を追い払うことができるのか。目下、円高加速とか。これも空気か。


戦い済んで日が暮れて。双方陣を引いても「戦」の余韻は永田町空気の中に澱んでおり・・。



2010年9月14日火曜日

分裂、再編の奨め

朝はもう秋の気配。Tシャツ一枚肌寒く。ゲンキと恒例の散歩。ゲンキが小用を足した草むらの脇に可憐な野の花が。たぶんツユクサ。数輪手折って持ち帰り。朝の食卓の風情に。野の草、やがて夕方には枯れるのか。


いつものように澪を病院に迎えに。亭主のベッドに寝かせ。とりあえずは寝ている、寝ていたようで。


今日は民主党の代表選。泥仕合も終わり。小沢か菅か。どっちでもいいと言えばどっちでもいい。特に何が変わるってことじゃないだろうし。剛腕期待と言ってもあくまでも期待。幻想とも。


数カ月で総理変えるのは国際信用にもかかわり、政策が遂行できない。続けたからといって何かが遂行されるのか。何も見えない。


メディアは票読みに必死。菅がやや有利というのが大方の下馬評。あと数時間でわかる結果。朝から詮索しても意味なし。


ただ、思い出す故事。角福戦争。党大会本番。多くの票が田中から福田に「寝返った」。大平に回した"余裕"の裏目もあっただろうが。田中陣営は驚いた。


福田と大平の戦い。下馬評は完全の福田優位。後藤田正晴指揮下の軍団。予備選の票をひっくりかえし。「天の声にも変な声がある」と福田に言わしめた。


小沢、菅、双方に間者、スパイ、サクラ、いろいろ潜り込んだり陽動したりって当然ありだと。あけてびっくり玉手箱ってなるのか。


テレビでの連日の双方代理人の論争。とても一つの政党とは思えぬくらい。与野党って感じ。選挙後は挙党態勢っていうが、あれだけののしりあい、スキャンダルぶつけ、共に天を戴かずの様相だった両陣営。元の鞘に収まるてのは「まやかし」以外の何物でもなし。サッカーのノーサイドとはわけが違う。


どっちが勝っても政権運営おぼつかないことこの上なし。政治空白よろしくないと識者は口を揃えるが、どのみち空白な政治しかしてこなかった。


思い切って分裂、政界再編の道を歩んだほうが国民には分かりやすい。挙党態勢なんて口先だけのつじつま合わせ。政治家だから言える"特殊用語"。怨念を引きずるのは人の世の常。


分裂、再編、総選挙。はい。すっきりさせましょうよ。


無心に咲く野辺の花は人の世の「喧騒」には目もくれず。ただ黙って目をこころをなごやかにさせてくれおり。一炊の命だと教えてくれおり。



2010年9月13日月曜日

「頑張れ」が蔓延する国

「頑張れ」「ガンバロウ!」。特に「頑張ろう」はちょっと前までは労働者の合言葉だったような。「ガンバロウ。突き上げる空にくろがねの男のこぶしがある。燃え上がる女のこぶしがある。戦いはここから、戦いは今から」。一世を風靡した労働歌。三井三池炭鉱闘争。1960年。東の安保、西の三池。


以来、この「がんばろう」という歌は労働運動、反体制運動のシンボルともなった。メーデーでは必ず歌われ、各所で起きたストライキでも皆が唱和した。こぶしを突き上げ鉢巻き姿で「頑張ろう」を三唱。


それから50年。いやもうちょっと前から。この頑張ろうが"復権"。日本中至る所でガンバロウの嵐。


明日に迫った民主党の代表選。小沢も菅も"老いた"こぶしを突き上げて、これほど似合わないポーズはないこと百も承知の上でみんなでガンバロウ!!。


もちろん自民党大会でも最後は頑張ろうコール。


頑張る。困難に耐え、努力してやりとおすこと。辞書にはそうある。語源は「眼を張る」。眼張るや目張るが転じたと。目をつけてやる、一定の場所から動かないというような意味。我を張るっていうのもあるとか。


集会でもテレビでもどこでもここでも候補者は頑張ります。頑張っていきたいと。


使われすぎてあまり大きな意味を持たなくなったような言葉にされてしまったような。


別に代表選だけではない。あらゆるところで頑張ろうが言われる日々。おはよう、こんにちは。日常の挨拶よりも多く使われているような「頑張って」。


きょうも一日頑張ります。頑張っていこう。職場で、私信で交わされる言葉。


長い間病床に伏す人を見舞い。うまい言葉が見つからず思わず言った「頑張ってね」。「俺はもう十分頑張った。これ以上何を頑張れっていうの」。


災害地を見舞。「頑張ってくださいね」。「もう十分頑張っているさ。これ以上何をすればいいんだよ。そんな言葉聞き飽きた。何の足しにもならない」。これらの返事なんと聞く。


思い出すこの二例。「頑張ろう、頑張って」という言葉にしか思いを託せないこのもどかしさ。幅広い日本語、語彙の中からもなかなか見つけられない励ましの言葉。


政治家が突き上げるこぶし。ガンバロウの合言葉。自分たちの士気を鼓舞しようとするだけのもの。国民のために頑張りますって言われても、いまさら何をと言いたくなる。


亭主も日々、思わず使ってしまいます。頑張ってねと。そして、その無味乾燥さ、その言葉を発したあとから襲ってくる虚脱感のようなものにさいなまれます。


労働歌を歌いながら「ガンバロウ!」ってやっていた時には妙に充実感があったものの。結果は何も生まなかったものの。


「前畑がんばれ、前畑がんばれ」。あのアナウンサーの実況が初めて聞いた頑張ろうだたのか。「お国のために頑張ってきます」。そう言って出かけた出征兵士の言葉を幼心に覚えているような、いないような。


とにかく、今日も「頑張って」が日本中に行き交っています。



2010年9月10日金曜日

「シャツはズボンの中に入れなさい」

いわゆるTシャツでも、Yシャツでも、ポロシャツでも、ズボンの中に入れる。そういう装いが正しいとされてきました。そう親や先生に言われて「きちんとした服装」をしてきました。


ゴルフ場でもポロシャツは裾をズボンの中にしまうのが正装。ダランと着ているのはマナー違反でした。


子供のころの運動会。上に着ているものは運動ズボンの中に入れていました。パジャマも上着をズボンの中にしまい。それのほうが腹を冷やさないし。


いつの頃からか。シャツを上に出すのが流行りになったようで。もうずいぶん前。病院に入院した時。患者さんは皆パジャマの裾を上に出している。これには驚きました。初めての体験。はい、上に出して着ていましたよ。違和感感じながら。


とにかく今はシャツはズボンの中に入れない。上に出す。それが当然のように。スーツの時のワイシャツは中に入っているようですが。亭主も世の流れに従い。家にいる時や散歩の時は、Tシャツから何から裾を出しています(笑)。シャツをズボンの中に入れているのは学校の先生の運動着姿くらいか(爆)。


何のCMだったか。電車の中でキチンとした格好の高校生が本を読んでいる。同級生らしいのが乗ってくる。シャツを上からたらし。ズボンも腰まで下げて。とたんにその真面目そうな生徒もシャツをあわてて出す。


スポーツジムでのおじさんも今は皆シャツは上から出している。お姉ちゃんはおへそ出している。


「服装の乱れは心の乱れ」なんていわれて育ったけど。やはりCM。キムタクがおじいちゃんに言われているのは服装ではなく「部屋の乱れは心の乱れ」。


シャツ一枚の着方も時代によって変わる。あのずるんとした男の子のファション、だらしないとしかみえないんだけど。彼らにすれば格好いい。


大人が若者の真似をする時代。シャツはズボンの中に入れたほうがなんとなく身が引き締まる思いがするのですが。


あまり意味のないきょうのからから亭。秋風のなせる業か(爆)。



2010年9月9日木曜日

ポイント、ポイント。

なんだか世の中、「ポイント」って言葉が氾濫。エコポイント、ポイントカード、そして民主党代表選までポイント制。


ポイントー。得点、要点、地点とかいう意味。要は得点ってことか。片や、印刷業界というか、活字の大きさもポイントといいます。フォントとポイントどう違う。よくわかりません。


飽き飽きはしないまでも、報道は連日小沢対菅のポイント報道。なんか「民意」、それは実際には大方の民意ではなく、民主党関係者のクローズドな"民意"なんですが、意思がポイントという数字に置き換えられる。これしか方法は無いのか。


スーパーなどの買い物ポイントは貯めればなんか特典あり。カードの類もポイント制あるし。代表選のポイントは。なにか特典ありや(笑)。


両陣営、ポイント稼ぎに大わらわ。なんとなく滑稽にも見えてきて。ま、しっかり稼ぎなさい。どの道、何かが大きく変わるわけでもないだろうし。


代表選さなかの鈴木宗男上告棄却。やがて収監。受刑者。なんでこの時期の最高裁決定。ムネオが押す小沢。ポイント減と嘆く向きありとか。なにやらきな臭いと指摘する向きあり。まんざら見当はずれとも思えず。


「政治とカネ」「政治とカネ」。クリーン、クリーン。何がクリーンで何がクリーンでないのか。「クリーニング屋じゃあるまいし」。真紀子のダジャレもうなずけないこともなし。


ポイントはカネ使わないと、買い物しないと貯まらない。代表選、ポイントをカネで買ってるてことまさか無いとは思うけど。ポイントって聞くと思わずいくら買うといくらもらえるのって貧乏人根性丸出しになってきそう。


急激な秋風。身にしみおり候。ポイント報道でメディアはポイント稼いでいるのかな(爆)。



2010年9月8日水曜日

「干天の慈雨」なのか

干天の慈雨。日照り続きに降る待望の雨を言う言葉。まさに久しぶりの雨らしい雨。気温も昨日に比べて一挙に10度近くも下がり。田畑や動植物にとってはまさに恵みの雨でしょうが。


台風がもたらしている雨。台風は今、福井県に上陸とか。どうも進路が東寄りに変わり、関東、東海直撃の様子。列島横断。大雨とのこと。東北も。


熱中症の次は台風被害かと。お天道さまのなさることは人知抗せずして。


頭(こうべ)をたれかかっている稲穂にも日照りとは別の被害あるかも。体調も意のままにならず。気温変化に即応出来なくなっており。


このまま慈雨で終われば良いのだけれど。


「待ち望むことがかなえられること」とか「困難に陥っている時に助けがくること」って意味が転じてあります。待ち望むコトってとりあえずは確たる事無いし。困難にも究極陥ってないし。なまくら中途半端の亭主の人生。


久方の雨をどう捉えるのか。恵みの雨と歓迎すべきなのか、被害の予感におびえるべきなのか。ハーバード大学のサンデル教授じゃないけれど「正義」としての雨をどう考えるか。


昨夜は粒々塾の例会。「うどん供えて母よわたしもいただきまする」って話をしたけれど。「おかあさん」っていう普通名詞に込められて深い固有名詞的意味について話をしたけれど。


山頭火はこの雨をどう詠む・・・・。